時代とともに「敬意が下がってしまった言葉」がいくつかあり、「貴方(あなた)」もその一つ。現代では「あなた」と呼ぶこと・呼ばれることに、違和感を持つ人が増えており、使用頻度も減っているようだ。相手に対し敬意を示す「貴」という漢字が使われているにもかかわらず、なかなか使われないのはなぜだろうか。
本記事では、貴方の読み方と意味、語源について解説する。また、貴方の敬語表現についても併せてチェックしてほしい。
貴方とは
はじめに貴方の読み方と意味、語源について解説する。語源を知ることで、時代とともに言葉の意味が変化する面白さを感じられるだろう。
読み方により意味が異なる
貴方の読み方は、音読みの「きほう」と熟字訓の「あなた」の2つがあり、読み方によって意味が異なる。
「きほう」は(相手に敬意を持って)、住所や住居の意味を持つ。また二人称代名詞として、主に男性が同等の相手を敬って言う場合に用いられ、現在は文書で使用されることが多い。
一方「あなた」は、自分と同等程度または目下の相手に対し、軽い敬意を持っていう二人称代名詞。妻が夫に対し親しみを込めて呼ぶ場合にも用いられる。また、砕けた表現として「あんた」とも言うが、元々は尊敬の意味を含み、目上の相手に対して用いられる言葉だった。現代では敬意の度合いが低いため、目上の相手に使うことは相応しくないとされている。
語源は「彼方」
彼方は「かなた」や「あちら」と読まれることが多いが、「向こう」の雅語的表現として「あなた」とも読む。彼方(あなた)は本来、話し手・聞き手から遠いものを指す指示代名詞で、話し手に近いものを指す「此方(こなた)」、聞き手に近いものを指す「其方(そなた)」に対するものとして平安時代から用いられた。また、時間的に隔たっているという意味で過去や将来も表し、この用法は『枕草子』や『源氏物語』などにも見られる。
遠くのものを指す”あちら”や向こう側といった意味から、尊敬の意を含む三人称代名詞の”あの方・あちらの方”に転じた。近世には目上や同等の人を指す貴方(あなた)の用法が生まれ、先述のとおり現代語よりも敬意が高かったが、時代とともに低くなっている。貴様(きさま)や御前(おまえ)なども本来は敬意を表す二人称だったが、近世後期・末期には自分と同等か目下の相手に用いられるようになった。このように、時間の経過とともに言葉の敬意が薄れていくことを「敬意逓減(けいいていげん)の法則」と言う。
「あなた」の敬語表現
現代において「あなた」という言葉に含まれる敬意は軽いとされているが、「あなた」を丁寧に伝えるにはどうすれば良いだろうか。ここでは、「あなた」よりも敬意の高い言葉について紹介する。メールや電話、手紙での使い方や性別による使い分けについて、理解を深めてほしい。
貴方様(あなたさま)
「貴方様/あなた様」とは、口語や電話で面識がなく相手の名前や役職がわからない場合、またメールマガジンやダイレクトメールなど大勢の顧客への案内等で用いられる、あなたの敬語表現。ただ、相手によってはよそよそしいとか大げさと感じることもあるため、必然性がなければ使用しないのがベター。なお、面識があり名前も役職も知っている相手に対しては、名前に様を付けるか役職で呼ぶのが一般的だ。
【例文】
「あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「あなた様のご意見をお聞かせください」
貴殿(きでん)
男性が、目上や自分と同等の男性に対して用いる二人称の敬語表現。本来は目上の男性に使う尊称だったが、時代とともに同等の男性に対しても使われるようになった。メールや手紙など文書の冒頭の挨拶文や結びの挨拶に使われることが多く、ビジネス文書で目にしたことのある方も多いのではないだろうか。貴殿は個人に対して使う表現のため、複数を表す場合は「貴殿方」「各位」を用いる。
【例文】
「貴殿におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます」
「貴殿のますますのご活躍をお祈り申し上げます」
貴女(きじょ/あなた)
貴殿が男性に使われる言葉であるのに対し、自分と同等および目上の女性に対しては「貴女」を用いるのが一般的。貴女には「きじょ」と「あなた」の二つの読み方があり、身分の高い女性という名詞の意味と、手紙などで女性に対する敬意を表す人称代名詞としての意味がある。あなたと読むことから、貴方と同様に敬意の低い言葉と捉え、「貴女様」という表記を見かけることがあるが、貴女は敬称のため二重敬語になってしまう点に気をつけよう。
ちなみに、手紙などで自分と同等または年上の女性に対して「貴姉(きし)」、男性に対しては「貴兄(きけい)」という敬称があるが、男性が使う言葉とされている。
文/oki