「庵野秀明展」を巡って、これは「走馬灯」なんじゃないかと感じた。
そう、ひとが死ぬ時に見るという、アレだ。
いや、勘違いしないでほしいが、庵野監督はもちろんご健在だし、2023年の『シン・仮面ライダー』公開も発表されたばかり。
これから先も、素晴らしい作品を我々に届けてくれるのは間違いない。
しかし、この展示の圧倒的物量と、「過去への憧憬」「現在への追求」「未来への継承」と連なる時間の流れを見ていくと、僕には1人の天才の「走馬灯」を、国立新美術館という巨大な空間に擬似的に現出させたように感じられたのだ。
僕は、これと似た経験をしたことがある。
それはイギリスのミュージシャン、DAVID BOWIEが亡くなったあとに催された「DAVID BOWIE IS」という回顧展だ。
BOWIEが影響を受けたもの、BOWIEが作り上げたもの、そしてBOWIEが残していった影響。
それは整列を拒否するかのように渾然一体となって展示され、訪れた人々は処理しきれない無数の情報から断片をかき集めて自分の中のDAVID BOWIEを再構築した。
まさに「DAVID BOWIE IS(デヴィッド・ボウイとは…)」を見つける空間だったわけだが、言うなれば今回の庵野秀明展は、「HIDEAKI ANNO IS(庵野秀明とは…)」を来場者が自分の中に再構築する展覧会なのだ。
「早すぎる回顧展」であり、言い方は悪くなってしまうが壮大な「生前葬」のようでもあった。
おそらく庵野秀明監督について、いまさら説明はいらないだろう。
社会現象になった『新世紀エヴァンゲリオン』、日本アカデミー賞を受賞した『シン・ゴジラ』。
「庵野秀明展」では、庵野監督が携わってきた作品の資料が大量に展示されているだけでなく、幼少期から庵野監督が影響を受けた作品にまつわる貴重な展示品や、アマチュア時代に残した創作物、公開が控える未来の作品の展示もある。
第1章「原点、或いは呪縛」
まず驚くべきは、冒頭の第1章「原点、或いは呪縛」というコーナー。
不意打ちだった。
庵野監督が愛してやまない、特撮作品やアニメ、漫画作品に関する展示によるカオスが来場者を飲み込む。
『ゴジラ』や『モスラ』を生んだ東宝特撮、『ウルトラマン』はじめ円谷プロ作品、『仮面ライダー』を筆頭とする東映特撮作品などに登場するプロップ(劇中小道具やミニチュア)、さらに永井豪作品、『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』といったロボットアニメの資料。
庵野秀明少年の脳内をそのまま召喚してしまったような空間である。
その少年が、のちにロボットアニメの歴史に名前を残し、『ゴジラ』『ウルトラマン』『仮面ライダー』のすべてに関わることになることを知っている我々にとっては、少しばかり特別な意味合いも加味される。
この展示は、庵野監督が理事長を務める、「ATAC」(アニメや特撮文化を保全継承を目的としたNPO法人)の面目躍如と言えるものだろう。
壁面には、『ウルトラマン』シリーズ、そして『仮面ライダー』の特撮名場面が映し出され、さらに巨大スクリーンには110作品にも及ぶ特撮、アニメ、映画の映像による圧巻のモザイクが。
特筆すべきは、ほとんどが特撮、アニメ作品で、いわゆる実写一般映画が少ない中で、『日本のいちばん長い日』『肉弾』『激動の昭和史 沖縄決戦』といった岡本喜八監督作品が混ざっているところだ。庵野監督の喜八映画への敬愛が伝わってくる。
第2章「夢中、或いは我儘」
つづいて、庵野監督がアマチュアから創作を志し、プロへの道を歩んでいく第2章「夢中、或いは我儘」。
ここでは、この展覧会の白眉とも言える、庵野監督のアマチュア時代の作品の数々も見ることができる。
この「庵野秀明展」は、「庵野秀明作品」というよりは「庵野秀明」という個人のパーソナルな歴史に重きを置いており、庵野監督の実家にあったというノートや賞状、中学生時代に描いた油絵まで展示されている。
高校生の時に同級生と撮ったという『ナカムライダー』、大学時代の自主制作作品『ウルトラマン』、そして伝説となった『DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマン』。
アニメーターとしてプロの世界に入り『風の谷のナウシカ』などを手がけ、ガイナックスで『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』などの作品を形にしていく。
着実に進歩していく技術と、常にそこにある熱量。
この人は、いつも誰かを巻き込んで、誰かに巻き込まれて、常に作っていたのだ。
このコーナーにはDAICON FILM時代の資料や、ゼネラルプロダクツのために描いたイラストなど貴重な展示が目白押しなのだが、その中でも特筆しておきたいことがある。
それは庵野監督が自ら発行していた、『逆襲のシャア』や『美少女戦士セーラームーン』(ちなみにセーラームーンの特別展示もある)のファンブックである。
批評家的な側面を持ち合わせていることも面白いが、それ以上に庵野監督は「ファン=作品を楽しむ側」でもあるのだ。
庵野監督は、特撮系の書籍にコメントを寄せる際に「特撮ファン」という肩書きを使うことがある。
第3章「挑戦、或いは逃避」第4章「憧憬、そして再生」
第3章は、「挑戦、或いは逃避」。
『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットから、様々な表現方法を模索し、『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン』へと至る道。
ここについては、多くを語る必要はないだろう。あなたの大好きな作品の資料を楽しんでほしい。
そして、第4章「憧憬、そして再生」。
ここでは、今後の庵野秀明関連作品である『シン・仮面ライダー』『シン・ウルトラマン』という「未来」の作品の展示を見ることができる。
だが、ここで使われている「憧憬」という言葉は、自分が冒頭で使ったように本来は「過去」に使われるべき言葉だ。
だがこの場所では、未来は過去の再生でもあり、第4章が第1章とつながる構造になっている。
第1章で庵野少年が夢中になっていたウルトラマン、ゴジラ、仮面ライダーといったヒーローたちが、いま庵野監督の手で再生され、未来へと継承されていく。
これが走馬灯なら、彼らはそれを見守る3柱の神々、そして時を司る3人のタイムキーパーなのだろう。
長い時間の旅の果てに出会った、この3体の立像たちが、僕には一人の人間の猛烈な歴史の結実を語っているように思えて仕方がなかった。
庵野秀明展
・会期:12月19日(日)まで
・会場:国立新美術館 企画展示室1E
・開館時間:10:00~18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで、入場は閉館の30分前まで
・休館日:毎週火曜日 ※ただし11月23日(火・祝)は開館
・観覧料:一般2,100円、大学生1,400円、高校生1,000円(税込)
・展覧会HP:https://www.annohideakiten.jp/
取材・文/タカハシヒョウリ
ミュージシャン、文筆家、作家。特撮ファン。
ロックバンド「オワリカラ」ボーカルギター。
サブカルチャーへの造詣と偏愛的な語り口から、執筆や番組出演多数。
近年は円谷プロ公式メディアでも連載。
クリエイティブチーム「操演と機電」を結成し、10月には『ウルトラ怪獣もののけ絵巻展』を開催。
編集/福アニー