■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ
ホンダの新型「シビック」は1972年に登場した初代から数えて10代目となる。同社によれば、初代から7代目まではベーシックカーで、8代目からが“ミドルカー”だという。
1種類の4ドア+ハッチバックボディーに、134kWの最高出力と240Nmの最大トルクを発生する1.5ℓ4気筒ターボエンジンを搭載し、前輪を駆動する。ボディーのバリエーションや4輪駆動版、ハイブリッド版などは設定されていない。早速、その10代目「シビック」のMTとATモデルに試乗する機会があったのでレポートをお届けしたい。
機械として優れているか? ★★★★ 4.0(★5つが満点)
3ペダルのMTなんて今どき珍しいと思ったのだが、設定した理由について、担当者に聞いたみた。
「いえいえ、先代の『シビック』を購入された方は、3割がMT車だったんですよ。しかも、この新型モデルの初期の受注状況は4割にも達しています」(広報部員氏)
そうなのか! MT車を選べるクルマは、どんどん少なくなっている。少し前までは、一部の特別なスポーツモデルに限って、MTが装備されていたが、それらでさえ、2ペダルのスポーツタイプのAT車が普及するようになり、MTは激減しているのだ。
僕自身もMT車を運転するのは久しぶりだった。新型「シビック」のMTは6段。クラッチを踏んでシフトレバーを動かし、クラッチをつないで変速していくと、運転しているという実感が高まっていく。MTを運転して気持ちのいい瞬間だ。MT好きの人の気持ちが良くわかる。
山道に入ると「シビック」はキビキビと向きを変えてコーナーをクリアしていく。ハンドルを切り、カーブを曲がって、また次のカーブに入っていく。途中の直線が長ければシフトアップ。短かったり、コーナーの曲率がキツそうだったりしたら、ブレーキングしてシフトダウン。それらの操作がリズムよくキマると、気持ちよくなってくる。
そして「シビック」自体の動きもまた、優れていることが体感できる。ハンドルを切って戻したり、路面の凸凹を通過してボディーが上下動しても、ジワリと一発で収まり、後に引かない。
直線路では姿勢はフラットに保たれる。これは、しっかりとしたシャシーとサスペンションの動きが優れているからだろう。このキビキビとした走りっぷりこそ、「シビック」本来の魅力であるということを感じることができた。
ホンダは「シビックはミドルカー」と定義しているけれど、コンパクトカーのように機敏に走る。昔の「シビック」を思い出した。
ただ、MT車は高速道路や自動車専用道でACCを用いようとしても、ストールさせないために、各ギアの守備範囲を逸脱する前にドライバーがクラッチを踏んでギアを入れ替えなければならない。
渋滞中に作動させることもできない。事実上、ACCは使えなくなるから、キビキビとした走りには惹かれるけれど、ACCが使えないならMT車は選びたくないし、人にも勧められない。
一方で、CVTタイプのトランスミッションを搭載する「シビック」AT車の挙動が対照的だった。全体的に、おっとり、穏やかな反応を示した。姿勢に落ち着きがなく、ハンドルを切ったり、路面の凸凹を乗り越えた後の動きが一発で収まらないのだ。フワフワッと、揺れ戻しが残る。直線でも落ち着きがない。
これについて、試乗後に開発者に質問したところ、「AT車のほうが30kgほど重いので、最適化するためにサスペンションのチューニングを変えています」
とのことだった。トランスミッションの違いだけで、ここまで違うことに驚いた。
今回、試乗した「シビック」MT車は、EX(税込価格353万9800円)という高級グレードで、「シビック」AT車のLXグレード(税込価格319万円)とはいくつか装備も異なっていた。
中でも大きく違っていたのは、メーターパネルだ。EXはフルデジタル化された10.2インチのパネルを採用。ハンドル上のスイッチで、見せ方を様々に切り替えることができる。ただ、運転支援機能を働かせている場合でも自車のアイコンの大きさが変わらない点は意外だった。
他社のクルマのように、運転支援機能の表示を優先する画面で自車のアイコンを大きく表示するようにすれば、働き具合を確認しやすくなるから、より安全運転に貢献できるからだ。シンプルな表示を選んでも、ただ黒いスペースが増えるだけなのはもったいない。
「自車のアイコンの表示の大きさを変える考えはありませんでした」(開発担当者)
また、AT車のLXグレードは、メーターパネルはフルデジタル化されず、右半分にアナログの大きなスピードメーターが残り、左半分のデジタル表示を切り替えられるが、表示はとても小さかった。
中央の運転支援機能を作動させているかどうかの表示も極小だ。このフルデジタルメーターだけでも、EXグレードを選ぶ理由になる。
その運転支援機能の作動自体は優れていた。高速道路でACC(アダプティブクルーズコントロール)とLKAS(レーンキープアシストシステム)をONにして最初に気付かされたのは、LKAS機能でクルマが車線の中央部分を走らせようとする働きだ。
以前のホンダ車は、その働きが効いてくる間が短かった。直線だったり、白線のペイントが新かったりしないと補足しない傾向がみられた。同じ時期のBMWやボルボなどのヨーロッパ車と較べると、明らかに効果が薄かった。それが今回、少し前のヨーロッパ車に追いついたような感覚を持った。
「各種センサーの性能が上がったので、その効果が出ているのでしょう」(開発担当者)
商品として魅力的か? ★★★ 3.0(★5つが満点)
かつての「シビック」は、少なくとも6代目ぐらいまではホンダらしいコンパクトカーとして明確な個性を持ち、世界中でヒットし、ホンダを世界有数の自動車メーカーに押し上げる原動力のひとつになった。
私も、他メーカーとははっきり異なるホンダのクルマ造りの思想に憧れて、初めてのマイカーに、40万円の中古「シビック」を選んだほどだった。しかし、時代が経過し、クルマを取り巻く状況が変わり、ホンダも大きなメーカーとなり「シビック」の置かれた立場も変わってきた。
では、この10代目「シビック」は、どんなクルマなのか? 誰に向けて、どんな価値を提供しようとしているのか? 10代目「シビック」に乗ると、ライフスタイルがどう変わっていくのか?
前述したように、MT車のキビキビした走りっぷりは「シビック」の大きな魅力となっていることは、体得できた。高速道路ではLKASの作動範囲が広がり、商品価値が向上していることもわかった。
そのために、開発陣はクルマを構成しているエンジン、トランスミッション、サスペンション、シャシー、電子制御、インテリア、エクステリアなどのすべてにわたって手を入れて刷新したとZoomの画面越しに語ってくれた。
それによって「シビック」開発陣の苦心や努力のようなものを部分ごとに伺い知ることはできたのだけれど、「シビック」をどんなクルマにしていきたいのかという、もっと大きな観点から全体像を知ることができなかったのは残念だった。
数式やグラフなどを多用して、10代目「シビック」の要素をいかに設計したかはわかったのだが、「どんな人に乗ってもらいたい」とか「シビックは他のクルマにない、こんな魅力を持っています」といった開発思想やメッセージ、商品哲学を受け取ることはできなかった。
それでも、10代目「シビック」を予約注文した人の4割がMT車を選んでいるというのは、それが明確な個性となって支持されているという証拠である。だから、「高速道路や自動車専用道はほとんど走らない。付近では渋滞も発生しないからACCは要らない。スポーツモデルは必要ないが、MT車に乗りたい」という人にはこの「シビック」を勧めたい。
ホンダも「MT車ならシビック」と、日本と世界のMT需要をすべてカバーするぐらいの意気込みを示す「MT専用車」としたら、かなりの存在感を示すことができるのではないだろうか。それこそ、新型「シビック」は選択肢が少なくなっていくMT車ユーザーのために企画して造りました、という強いメッセージ性を持つことになる。もし、そこまで割り切ることができれば、設計も変わってくるしだろうし、売り方も変わってくる。
突拍子もないアイデアのように聞こえるかもしれないが、他がやらないことをやり続けてきたホンダらしい考え方に近いと思うのだが、いかがだろう。
◆関連情報
https://www.honda.co.jp/CIVIC/
文/金子浩久(モータージャーナリスト)