心からの感動をくれる稀有な経済書を発見
仕事がちょっと暇になったので、たまには本でも読むかと書店に立ち寄ったが、自分が何を読むべきか、全くわからなかった。ずらっと並んだ本はよそよそしく、「たまの暇つぶしなら漫画でも買え」と本たち拒絶されているみたいだった。
そんな中、目に飛び込んできたのが「経済ってなんだ? 」(山本御稔著SBクリエイティブ刊、定価1650円)だった。柔らかな黄色い装丁に、自分の幼い頃そっくりのイラストが描かれている!
副題は「世界一たのしい経済の教科書」で、帯には“小学3年生にもわかるように経済のことを教えてください”と書いてある。さらに「無理ゲー社会」(小学館新書)で話題の橘玲先生が「そうか!こんなふうに説明すればよかったのか」とコメントを寄せているのもグッときた。
期待を込めて最初のページをめくってから、スムーズに読み進め、最後、涙ながらに閉じた時は、この本と出合えた喜びと、書いてくれた山本先生に、心からのお礼を言いたくなった。
難しい内容を簡単に説明する超絶技巧
―山本先生!この本を書いてくれて本当にありがとうございました!まず最初に、本を書く動機やきっかけについて教えてください。
山本 「世の中の役に立つようなお礼をしたかった」というのが本書を書いた動機です。これだけだと「聖人君子ですか?」と突っ込まれそうですが、私は、まったくそんなに立派な人間ではなく、どちらかと言えば超がつくぐらい「我田引水」派でした。その私が大きく考え方を変えて、この本を書いたのですが、それについては後程、詳細にお話しします。
お礼としての本の内容をなぜ経済にしたのかをお話しします。びっくりされるほど単純ですが、経済ことしか知らなかったからです。ホームランの打ち方の本とか「どうしたら100メートルを早く走れるか」とかを書きたかったのですが、私の頭脳には、その知識はゼロなのです。経済のことしかなかったので(笑)。
私は大学は経済学部で、社会人としては銀行に勤務したり、デロイト・トーマツという会計・コンサルティング会社で金融機関のお客様を相手にしただけなので経済のことしか知らなかったのです。
他のことを知らないのなら、自分が知っている経済のことを、それを知りたい読者にお礼として(お礼がしつこいですね。後で話します!)提供したいと思いました。経済のことを知ると読者の日々の生活が少しでも楽しくなればいいな、読者の方の心がふっくらするといいなと思い、書きました。
―山本先生は大学で教鞭をとられていますが、小学生に教えるのと大学生とではベースが異なり専門用語も使えません。最も苦労した点はどこですか?
山本 小学生に経済のことを教えるのは想像をはるかに超える難しさでした。大学生に教えることとはけた違いのするどく本質的な質問が来ます。「株って野菜の“かぶ”とどう違うのですか」はかわいいもので「株式の式ってなんですか?卒業式の式と同じですか」といった、根本の成り立ちを聞かれるのです。
社会人はなんとなく知っているけれど、小学3年生に、このような根本的な部分に踏み込まないといけないのです。
ものすごく時間がかかって脳がパンクしそうになりましたが(笑)、おかげで、教員としての私が学べることが多く、大変、役立ちました。
―領太は「銀行ってなんだ?」「保険てなんだ?」と単純に聞いていますが、目次項目の中で、最も説明が難しかったのはどこでしょうか?
山本 本書は1章から13章まであって盛りだくさんです。貿易、銀行、保険、税金、年金、仮想通貨、環境などさまざまですが、一番苦労して、一番時間をかけたのは1章です。2章から13章まではテーマが具体的なので何を書けばいいのか明確ですし、知識があやふやなところでも調べればすぐに答えが見つかります。でも1章の「経済ってなんだ?」は、テーマが抽象的なため非常に苦労しました。
経済は、社会生活、日常生活のすべてにかかわっているのであまりに領域が広く、その中心部は何かを見極めるのにかなりの時間を要しました。人間の体に例えれば、2章から13章は頭、目、鼻、口、胸、お尻、足といった各パーツです。でも、1章は「そもそも人間とは」という、根本的な問いに答えなければなりません。
編集者に「1章はなかったことで」とお願いするほど苦労しました。
魅力的なおじいちゃんと孫の会話
―そんなに苦労された1章を、もう一度読み直してみます。
この本の魅力のひとつは、読んでいるうちに経済や貿易、税金といったあやふやな概念が、おじいちゃんの説明でくっきりとした概念に浮かび上がってくる点にあります。とても自然に読み通せましたが、先生ならではの工夫が凝らされているようにも思います。どんな点に工夫されていますか?
山本 私自身で、つまり自分だけでは工夫にも限界があります。そこで、工夫として仲間をいっぱい取り込みました。私の頭脳は人よりも劣っているので(ほんとです。あとで説明します)、仲間を取り込んで、仲間に質問したり、仲間に教えてもらったりしました。
結果として、自分だけで書いた本ではなく。たくさんの仲間との共作のようになっているのが“くっきり”につながっているのだと思います。
仲間と言うのは銀行やデロイト・トーマツと言うコンサル会社の上司部下、大学の先生方や生徒です。本の編集協力にかかわっていただいた瀧森古都さんも強力な仲間です。
―いろんな人の知恵が詰まっていたのですね!そして、このおじいちゃんがとても魅力的で生き生き描かれているのですが、先生のおじいちゃんがモデルでしたか?
山本 おじいちゃんは、私です(笑)。私が天国から(地獄からかも(笑))戻って来て話してます。また、後でお話ししますが、冗談ではなく、私、ほんとにあの世から戻って来たので。あ、まだ“ボケ老人”ではないですよ!(笑)
―先生がおじいちゃん?どちらかというと、領太が山本先生では?
山本 領太は私ではなく、私の孫のような若者たちをモデルにしています。たくさんいますが、例えば、私が会社員の時に新入社員としてやってきた部下です。彼女は疑問の機関銃の持ち主で、いろんな疑問を持って質問してきました。
あるいは、大学院の留学生たちです。アフリカや東南アジア、西ヨーロッパからの留学生は、まったく思いもしない角度で質問をしてきます。私にとっての貴重な学びの瞬間であり、学びの波状攻撃でした(笑)。
こういった私に学びの機会をくれた多くの人物の集合体が領太です。
泣ける経済書になった理由「ここだけの秘話」
―おじいちゃんと領太の二人に背中を押されて読み進め、あのラストで号泣させられました。経済の本で泣けたのは初めてです。あのようなラストにしようと、最初から決めて執筆されましたか?どうしてこのような結末にしたのでしょうか?
山本 泣いていただけましたか!ありがとうございます。確かに、おじいちゃんがなぜあの世なのかの理由が、気になりますよね。
実は私自身があの世に行きかけたからです。
今から4~5年前ですが、私はデロイト・トーマツという、自分で言うのもなんですが大手の会計監査やコンサルティング会社のパートナーという地位で勤務していました。金融機関向けのコンサルタントとして激務をしていました。そのさなか、ある日突然、意識が混濁し倒れたのです。心臓はかろうじて動いている状態ですが、その脈拍も不規則だったようです。大動脈解離という病気です。心臓につながっている最も大きな血管が破裂し、その影響で脳梗塞が起き、高次脳機能障害の状況となったのです。
今、もとに戻ってデロイト・トーマツを退職後は、大学の先生として経済を教え、外国人留学生には英語で教えています。でも、大動脈解離の手術を終えて目が覚めた時には、高次の認知症状態でした。生きているけど、生きてるだけ。会話もできないし、テレビも理解できないし、大好きな本も読めない、書くなんてとんでもないという状態でした。
―命にかかわる、大変な体験をされていたのですね!
山本 なんとかもとにもどりたい。戻るために必要なのは何か。医師に聞いたところ「できるだけ多くの人と会って話すこと」つまり「仲間を得て助けてもらうこと」でした。そこで、家族の助けもあって大学時代、銀行、デロイト、出版社、新聞社といったありとあらゆる知り合いである、仲間にお見舞いに来てもらい、知能が低下した私と話してもらいました。
このような仲間の助けがあったので、今の私がいるのです。仲間がいなかったら、今、私は、あの世にいるか、生きてはいても、知能はもとには戻っていないと思います。その仲間の1人は、この本の編集担当の吉尾太一氏なのです。決して吉尾氏にお追従しているわけではありません(笑)
というわけなので、私は、一度はあの世に行って、今はこの世に戻って来ている感覚なのです。私をこの世に戻してくれた仲間たちへのお礼のためにも、困っている人の助けになりたい、でも経済のことしか知らないから経済のことで、できるだけ多くの方々に、今度は、お役に立とうと思い、この本をしたためた、ということでもあります。
困難をコミュニケーションで乗り切る
―そんな背景があったとは!驚きました。それを知って読むとますます感動が深まる気がします。さて、コロナ禍でこれからの社会も経済も厳しい状況が予想される中、この本を読むと、むやみな不安を抱かずに済むような気がします。最後に@DIME読者のみなさんに、コメントをお願いします。
山本 小学校3年生って、もっともたくさんの疑問を持てる年齢だそうです。疑問を持てば持つほど、それを誰かに学べば、自分が大きくなっていきます。こうして本の中の小学校3年生の領太は大きく育ちました。最後は……ネタバレになるので言えませんが、読んでのお楽しみ、あっと驚くエンディングになっています。
@DIME読者の方々にも小学校3年生の頃のように疑問のかたまりになっていただければと思います。疑問をそのままにせず、おじいちゃんのような解決策を持っている仲間とコミュニケーションをしていただければと思います。もちろん解決策の一つとして読書もしていただければと思います。
―ありがとうございました!
経済に「愛」を持ち込み、感動までくれる世界最初の経済書「経済ってなんだ?」をぜひこの秋、みなさんにお薦めします。すっかり山本先生ファンになってしまったので、次は先生の『リストラするくらいなら給与を下げて退職金を増やしなさい』(中央経済社刊) を読んでみたいと思います。
【著者略歴】
1961年生まれ。同志社大学卒、シカゴ大学MBA(統計学専攻)、九州大学博士課程満期退学。ペンシルベニア大学ウォートン校年金・キャッシュマネジメントコース修了。信託銀行、外資系保険会社を経て、監査法人にて年金、資産運 用部門のパートナーとして勤務後、2020年1月よりコア・コム研究所代表。著書に『MBA娘殺人事件』(PHP研究所)、『「宝くじは、有楽町チャンスセンター1番窓口で買え!」は本当か?』(SBクリエイティブ)、『プレゼンテーションの技術』(日本経済新聞出版)、『リストラするくらいなら給与を下げて退職金を増やしなさい』(中央経済社刊)などがある。
文/柿川鮎子
編集/inox.