【短期集中連載】世界の超富裕層を知る投資マイスターが解き明かすお金の話
<第2回>いつの時代にもなくならない詐欺事件。手口を知っておくのも大切な金融リテラシー
投資においては「金融リテラシーが大事」ということをよく聞く。
「金融リテラシー」というと、高度な投資理論や財務諸表の分析スキルなどをイメージする人も多いかもしれない。
しかし、「金融リテラシー」はそれだけに限らない。むしろ、詐欺にひっかからないことこが第一歩だ。
「自分には関係ない」と考える人も多いだろうが、昔も今も投資詐欺は頻繁に起きている。
スイスの伝統的プライベートバンクの運⽤哲学や世界の超富裕層の投資哲学にも詳しい、独立系アドバイザリー・ファーム「アリスタゴラ・アドバイザーズ」代表・篠田丈が、経済ニュースの読み解きから具体的な投資アドバイスまで縦横無尽に語っていく短期連載。今回は、投資詐欺はなぜなくならないのか、なぜ繰り返し引っかかる人間が出てくるのかについて取り上げる。
コロナ禍で増えている怪しい誘いの数々
警察庁の発表によると、「オレオレ詐欺」などの特殊詐欺は2020年(令和2年)の1年間に1万3550件あり、被害額は285億円あまりになるそうです。
いずれも前年に比べて減少し、特に被害額は過去最高となった平成26年(565.5億円)から半減していますが、それでも依然として高齢者を中心に被害は続いています。
1日当たりの被害額は約7790万円、1件当たりの被害額は220万円ほどです。
こういう話を聞くと多くの人は、「オレオレ詐欺にひっかかるなんて、判断力が鈍った高齢者の話だろう」「自分は大丈夫。怪しい手口なんてすぐ分かる」と思うのではないでしょうか。
しかし、そんなことはありません。
例えば、「PPP(プライベート・プレイスメント・プログラム)運用」や「MSA資金」でネット検索してみてください。たくさんの情報が出てきます。
読んでみると、基幹産業を対象に長年、運用されてきた資金があり、それを特別に貸すとか、日本に送金するため口座を貸してくれれば仲介手数料が出る、という話のようです。
最近も私のところに、「PPPってどうですか?」という問い合わせが重なり、「M資金と同じ都市伝説の類ですよ」と答えています。
同時に尋ねるのは、「それは誰が持ってきた話ですか」ということです。そんなに素晴らしい話であれば、そして相手が富裕層や資産家、あるいは企業のVIPであれば、金融機関の役員クラスが本来もってくるはず。ブローカーのような有象無象の人間が声を掛けてくる時点で怪しいのです。
昔から詐欺師は、その時々の流行のテーマに沿った怪しい話を持ち掛けてきます。
例えば、今回のコロナ禍では、財務省の名をかたって「新型コロナウイルスに関する特例給付を行う」旨のメールがあちこちに送られてきているそうです。
普通に考えればありえないはずですが、コロナ禍で資金繰りが苦しくなった経営者などの中には「ひょっとして」と思う人が出てきてもおかしくないでしょう。注意が必要です。
https://www.mof.go.jp/public_relations/caution/index.html
富裕層や資産家がひっかかりやすい手口
昔から、詐欺師は人の心に入り込むのがうまいのです。
オレオレ詐欺であれば、子や孫を思う親族の心をうまくついてきます。
資産家や富裕層が相手でも同じです。資産家や富裕層ならではの心理的な傾向を上手についてきます。
数年前、ある大手企業の創業者が、「基幹産業育成資金」なる2800億円の資金を提供できるという話に乗って、交渉費や資金を保管する倉庫代などの名目で30億円以上をだまし取られる事件がありました。
逮捕された詐欺グループはこの創業者に「財政法第44条に基づく国際流通基金 長期保護管理権委譲渡契約方式資金」や「国際金融 相関図」といったタイトルの資料を見せ、「基幹産業育成資金」の運用を託すと伝えていたそうです。
それを聞いた創業者は、「ついに自分もここまでたどり着いたか」「自分こそこの幸運にあずかるにふさわしい」と考え、機密保持契約に署名したといいます。
この事件を聞いて、すぐ思い浮かぶのがM資金です。
ご存じの方も多いでしょうが、第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領下の日本から財宝や資産を接収し、その一部を今でも極秘に運用しているとされる秘密資金のことです。「M資金」のMは、GHQ経済科学局長のウイリアム・マーカット少将に由来するとされます。
そんな資金はないにも関わらず、当時から繰り返し大手企業の経営者や有名芸能人などが融資話に乗って詐欺などの被害に遭っています。著名人は騙されたことが表沙汰になるのを嫌い、被害届を出していないケースもかなりあるようです。
富裕層や資産家と言われる人は、意外に100万円とか1000万円の話には細かいのですが、大きな金額になると急に見方を変えてきます。
金額が大きければ大きいほど、話が荒唐無稽であればあるほどむしろ自尊心をくすぐられ、「自分は特別な人間だ」「特別な話がくるのも当然」と思い込んでしまったりするのです。
投資も所詮は人間がやること、論理と根拠のチェックを忘れるな
オレオレ詐欺にひっかかるのも、巨額融資詐欺にひっかかるのも、人間の心理がなせる業なのだと思います。
投資においても、このことをよく認識しておく必要があります。
投資はなにも、頭脳明晰で優秀な人にしかできないというわけではありません。人より抜きんでた才能や知識、経験、あるいは誰も知らない情報がないと成功できるということでもありません。
むしろ、常識に沿って、当たり前のことを当たり前のように行えることが極めて重要です。
危険なのは、少しうまくいったらすぐ「自分は投資が上手いのではないか」などと勘違いし、常識が消えてしまうことです。
あるいは、投資に関係した「ここだけの話」「特別なチャンス」などを信じてしまうことです。
もちろん、欧米のプライベートバンクでは、富裕層や資産家向けのスペシャルサービスを用意しています。
ルーブル美術館を貸し切ってモナ・リザの前でワインを楽しんだり、エルメスの本店を貸し切ってパーティーを開いたりするのは日常茶飯のことです。
ただ、そういうサービスを受けられるのは中東の王族などに限られ、普通の人はもちろん普通の富裕層でもまずありえません。
ちなみに、保釈中に海外へ逃亡した大手自動車メーカーの元会長が、ベルサイユ宮殿で結婚式を行ったそうですが、それくらいなら数百万円で普通の人でも受けられるサービスの部類です。しかも、この元会長はそれすら会社の経費で落としていたそうです。
「金融リテラシー」の第一歩は詐欺にひっかからないこと
一般に金融リテラシーとは、金融に関する知識や情報を正しく理解し、主体的に判断することができる能力をいいます。
金融庁は「最低限身に付けるべき金融リテラシー」として、
①家計管理
②生活設計
③金融知識及び金融経済事情についての理解と適切な金融商品の利用選択
④外部の知見の適切な活用
という4つの分野に分け、さらに適切な収支管理やライフプランの利用など15項目を挙げています。
ただ、私から見ると、③と④を強調しすぎることが逆に、よく分からない難しい話ほどすごい内容なのではないかと受け止めたり、その道の専門家といった人間の話を信じることにつながり、詐欺にひっかかりやすくなる遠因になっているような気もします。
繰り返しになりますが、「金融リテラシー」の第一歩は詐欺にひっかからないことです。
富裕層や資産家でも、詐欺にひっかかることがあると肝に銘じておくことです。
そして、投資では常識を忘れてはいけません。投資における常識とは、論理と根拠を絶えずチェックすることです。
今後も様々な詐欺が出てくるでしょう。
これから増えそうな例をひとつあげておきます。ある大手弁護士事務所がホームページに掲載している注意です。
おそらく、海外に在住する遠い親戚が亡くなって、巨額の遺産を相続することになったといった名目で書類などを送りつけてくるものです。私のもとにも同じような内容のメールが数十通、繰り返し来ています。
日本ではいま年間140万近い人が亡くなり、それだけの相続が発生しいています。これから同じような手口が広がる可能性は十分あると思います。
気をつけてください。
取材・構成/フォーウェイ(https://forway.co.jp/)仲山洋平、古井一匡
篠田 丈(シノダ タケシ)
アリスタゴラ・アドバイザーズ代表取締役会長。日興証券ニューヨーク現地法人の財務担当役員、ドレスナー・クラインオート・ベンソン証券及びINGベアリング証券でエクイティ・ファイナンスの日本及びアジア・オセアニア地区最高責任者などを歴任。その後、BNPパリバ証券で株式・派生商品本部長として日本のエクイティ関連ビジネスの責任者を務めるなど、資本市場での経験は30年以上。現在、アリスタゴラ・グループCEOとして、日本、シンガポール、イスラエルの拠点から、伝統的プライベートバンクと共に富裕層向け運用サービスを展開、また様々なファンドを設定・運用、さらにコーポレートファイナンス業務等を展開している。
https://aristagora.com/