「三顧の礼」や「水魚の交わり」、「破竹の勢い」など『三国志』にまつわる故事成語は多数あり、「危急存亡の秋」もその一つ。危険が迫り、生きるか死ぬかの瀬戸際を意味する言葉だが「秋に危ない状況に追い込まれた」というわけではない。
そこで本記事では、「危急存亡の秋」の意味と由来、類語などの関連表現について解説する。また、季節を問わず使用できる故事成語にもかかわらず、なぜ「秋」が使われているのか、秋を「とき」と読む理由とともに紹介したい。
故事成語「危急存亡の秋」とはどんな意味の言葉?
「危急存亡の秋」の正しい読み方は「ききゅうそんぼうのとき」。まずは、「危急存亡の秋」の意味と由来、そして秋を「あき」と読まない理由を見ていこう。
危険が迫り、存続できるか滅びるかの重大な分かれ目
危急存亡の秋とは、「危険・災難が差し迫り、そのまま存続できるか、それとも滅びてしまうかの瀬戸際」を表す言葉。「危急存亡」という四字熟語も同じ意味だが、一般には「危急存亡の秋」を用いることが多い。「危急」は危険が間近に迫っていること、「存亡」は引き続き生き残れるか滅びてしまうか、生きるか死ぬかという意味を表している。
諸葛孔明が記した『出師の表』に由来する
冒頭でも触れた通り、「危急存亡の秋」は『三国志』にまつわる故事成語で、蜀の丞相だった諸葛孔明の『出師の表(すいしのひょう)』に由来する。『出師の表』とは臣下が君主に奉る文書のことで、様々な人が書いているが、その中でも諸葛孔明が劉禅に奉った上奏文が名文として名高く、『出師の表』と言えば諸葛孔明のものを指す。
この上奏文では、君主・劉禅(劉備の子)への訓戒、旧主・劉備への恩義、魏を征伐するにあたっての決意を述べており、「危急存亡の秋」が出てくるのは、次の一節。
「今天下三分して、益州疲弊せり。此れ誠に危急存亡の秋なり(今、天下は魏・呉・蜀の三つに分かれ、中でも益州<蜀>は疲弊しています。これは誠に益州の危機であり存亡の瀬戸際です)」
長い戦乱で蜀の民が疲弊し、深刻な状況にあることを「危急存亡の秋」という言葉を使い、危機感のない若い君主・劉禅に知らせたという。
なぜ秋なのか?
秋は穀物が実る季節、つまり万物が成熟する大事な時であることから、「大切な時、重要な時期」という意味がある。このような場合には、「あき」ではなく「とき」と読む。
他に、秋を「とき」と読む熟語に「多事之秋(たじのとき)」がある。「多事」は、事件が多く世間が騒がしいことで、「多事之秋」は事件や問題が多く起こっている時期、国家や社会が不安定な時という意味。
「危急存亡の秋」に関連する表現
ここからは、「危急存亡の秋」の類語と英語表現、使用例を紹介したい。同じような意味を持つ言葉は複数あるため、覚えておくと状況に合わせたスマートな使い方ができるはず。
「危急存亡の秋」の類語
危急存亡の秋と同じような意味を持つ言葉の一つが、「生死存亡(せいしそんぼう)」。危機が迫り、生きるか死ぬかの意味で、中国語でも同じ意味、同じ漢字で使われている。
もう一つ、危急存亡の秋と同じ意味を持つ言葉が「存亡の機」。引き続き存在するかこのまま滅びてしまうかという大事な時のことを表す。「存亡の危機」と言われることもあるが、「存亡の機」が本来の言い方。
その他、失敗が許されない重大な場面、危機的状況を表す「危局(ききょく)」や「難局(なんきょく)」、「非常時」も危急存亡の秋と類似の言葉だ。
英語ではどのように表す?
危急存亡の秋を英語で表現する場合、「a critical time/moment(criticalは生死を分けるような危機という意味)」もしくは「crisis(危機、重大な局面)」を用いるのが一般的。「in this crisis」で「この危急存亡の秋に」という意味になる。
「危急存亡の秋」を使った例文
森鴎外の『舞姫』では「我一身の大事は前に横よこたはりて、洵まことに危急存亡の秋ときなるに」と、主人公の豊太郎自身について使用されているが、一般的に個人について使われることは稀で、組織や集団の重大な局面について使うことが多い。
【例文】
「5年前、我が社は危急存亡の秋と言っても過言ではない状態だった。それを救ったのは、当時社長に就任した彼の経営手腕だ」
「かの国が危急存亡の秋を迎えてしまったのは、最新の武器の調達が間に合わず、敵に攻め込まれしまったことが原因とされている」
「僕のチームはまだ予選大会を突破したことがない。次の大会で一勝もできなければ廃部が決まってしまう。まさに危急存亡の秋だ」
文/oki