近年、宇宙空間、特に低軌道に、超小型・小型衛星が多数打ち上げられている。多数といっても、数十、数百という数ではない。計画も含めると何千、何万という数の超小型、小型衛星が打ち上げられようとしている。この超小型・小型衛星は、インターネット通信用などの通信衛星や地球観測などのリモートセンシング用の衛星などが主なものだろう。しかし、多くの超小型・小型衛星には、スラスター、つまり推進系が搭載されていない。スラスターとは、衛星の軌道や姿勢を制御するための重要な機器の一つだ。では、なぜ搭載されていないのだろうか、搭載されていないとどのような課題が未来に顕在化するのか、今回は、そのようなテーマついて触れたいと思う。
なぜ超小型・小型衛星にはスラスターが搭載されていないのか?
超小型衛星・小型衛星は、大学やベンチャー企業が手がけるイメージがあるだろう。それは、小型・軽量であること、製造、試験、輸送などハンドリングしやすいこと、比較的安価であることなどが主な理由だろう。そんな超小型衛星・小型衛星には、各社様々な大規模な計画がある。多くは、インターネット衛星などの通信衛星や光学・レーダなどのセンサが搭載されたリモートセンシング衛星だ。
これらの計画では、衛星の数は何千、何万という膨大な数であり、コンステーレーションなどと呼ばれる。もちろん、これらの衛星が全て超小型衛星・小型衛星に分類されるかというと、サイズや質量の観点で該当しないものもあるかもしれないが、事実として、これらの衛星には、衛星の姿勢を制御するためにフライホイールや磁気トラッ カーと呼ばれるような機器が搭載されているのだが、衛星の位置や高度などの軌道を変更したり維持したりするためのガスを噴射する、スラスターをはじめとする推進システムの搭載が進んでいないという事実がある。
では、なぜ超小型衛星・小型衛星には、スラスターを搭載することが進んでいないのだろうか。大型衛星では、スラスターを含む推進系が必ず搭載されている。サイズやミッションなどにも依存するが大型衛星は製造するのに100億円以上するのが一般的。寿命も5年以上、長くて15年というものもある。そのため、ミッションを成立させるために軌道を変更したり維持したりするのにスラスターは必要不可欠な機器なのだ。しかし、このスラスターには、ヒドラジンなどの有毒物なものを取り扱うことが多いこと、高圧ガスを取り扱わなければならないこと、その扱いのための安全性を確保している設備、体制、訓練などが必要であること、コスト高になること、などの課題があるのである。そのため、大学やベンチャーは、超小型衛星・小型衛星に意図的にスラスターを搭載しないのだ。
スラスターにはどのような種類があるのか?
まず、超小型・小型衛星用のスラスタには、どのような機能が求められるのだろうか。
小型・軽量であること、安価であること、安全であること、規定の推力が出せることなどだろう。
現在までに、これらの機能を満たす超小型・小型衛星用のスラスターには次のようなものがある。
まずは、Xe(キセノン)やKr(クリプトン)の希ガスを使ったホールスラスタ。ホールスラスタとは、XeやKrをプラズマ化して、電場でイオンを引き出し推力を得るもの。希ガスを使っているため、安全であり、他を汚染することもない。ちなみに、イオン源という言葉を聞いたことがあるだろうか。質量分析系や粒子加速器などに使われているものだが、ホールスラスタとイオン源は、原理は同じと考えていい。あまり大きな開発要素はなく、従来から惑星探査などの科学ミッション系の超小型・小型衛星には搭載されてきた実績がある。
東京大学が開発した小型推進システムMIPSイオンスラスターの作動の様子
(出典:東京大学)
2つ目はヨウ素や水銀のスラスター。TrustMeは、ヨウ素スラスターを開発している。ヨウ素は、固体の状態で充填されているため、劇薬だがこのケースでは取扱が比較的容易のようだ。またガスではないので多くを充填しようとする加圧の必要もない。固体のヨウ素はヒーターにより加熱され気化。放電部分でプラズマ化してイオンとして引き出すことで推力を得るという仕組みのようだ。事実、2021年1月に、SpaceTyBeihangkongshi-1という衛星に搭載された宇宙で最初のヨウ素燃料電気推進システムのテストに成功したという。
TrustMeが開発したヨウ素スラスターNPT30-I2 キャプ
(出典:TrustMe)
水を使ったスラスターも存在する。水のスラスターといえば、日本の宇宙ベンチャーPaleBlueが有名だろう。PaleBlueは、水イオンスラスターと水レジストジェットスラスターを開発。水イオンスラスターは、大きな軌道変更を得意とし、水レジストジェットスラスタは、多軸方向への推進、短時間で小さな軌道変更を得意としているという。これらを一つのコンポーネントに統合した超小型推進システムも開発している。
水イオンスラスタの作動の様子
(出典:PaleBlue)
他にもイリジウムやガリウムなどを使ったFEEP(Field Emission Electric Propulsion)というスラスター、エレクトロスプレースラスター、RFプラズマスラスターがある。
スラスターで変わる未来
ここまで、超小型・小型衛星用のスラスターがなぜ搭載されていないのか、そして、様々な種類の超小型・小型衛星用のスラスターが開発されていることがわかっていただけたと思う。
冒頭では、超小型・小型衛星は、計画も含めると今後、何千、何万という数の超小型、小型衛星が打ち上げられようとしていると申し上げた。では、これらの大規模な超小型・小型衛星がもしスラスターが搭載されない形で打ち上げられるとどのようなことが起きるだろうか。
衛星というものは、電気箱。必ず寿命がくる。超小型・小型衛星であれば、設計、コストなどにも依存するが、2、3年が平均ではないだろうか。長くて5年だろう。寿命が到来し、もしくは故障により全く動かなくなってしまったら、スペースデブリと化す。このスペースデブリはかなりの長期間、宇宙を漂い、なかなか排除できない状態になってしまうのだ。今後、宇宙旅行など人が宇宙へ行く機会も増えるだろう。事故の原因になりかねない。
しかしどうだろう。もしスラスターの機能が具備されていたら、大気圏へ再突入させる、無害な軌道へと移動させるなどが可能となり、スペースデブリ化を回避できるのだ。他にも、運用中に超小型・小型衛星の軌道の変換や維持することができ、運用がより容易になるだろう。また、ライドシェアの観点から、ロケットに複数機搭載して打ち上げる場合でも、超小型・小型衛星自体の推力で所望の軌道へと投入でき、コンステレーションの形成がより容易になるほか、衛星の運用寿命まで延ばすことになるのである。
いかがだっただろうか。未来の宇宙では、超小型・小型衛星が圧倒的な数が打ち上げられることになることは間違いない。これらの超小型・小型衛星が秩序ある状態に保たれること、制御された状態でいつづけることがとても重要だ。万人にとって安全でクリーンな宇宙であるためにも、そしてありつづけるためにも、スラスターというのは非常に大切な機器であることをわかっていただけたら幸いだ。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。現在は各メディアの情報発信に力を入れている。