利き手と両脚を失った青年の初著書が、発売即重版
出版不況が続く中、7月に発売された無名の著者の初著書が発売即重版が決定し、話題になっている。タイトルは『線路は続くよどこまでも』。
そのタイトルを聞いた時は一瞬、鉄オタの本と誤解したが、内容を知り驚いた。電車に轢かれて利き手と両脚を失った青年の物語だというのである。
取り寄せた本の表紙を見て、さらに驚いた。電車で轢かれたというのに、線路の上にたって満面の笑みを浮かべているではないか。「なんという鋼メンタルの持ち主!」と、(正直、少々引きつつも)興味を持ち、さっそく読んでみた。
▲「線路は続くよどこまでも」 (山田千紘/廣済堂出版)。2021年7月23日に出版され、発売即重版がかかった
ある朝、目覚めたら、手足を3本失っていた
著者の山田千紘(ちひろ)さんは、20歳の時に会社から帰宅途中の電車で寝過ごし、終着駅のホームで線路に転落し、事故にあった。体調が悪く意識がなかったため、その時の記憶はない。病院のベッドで目が覚めて、両脚と利き手を失ったことを知る。
山田さんはその時、「人生終わったな…」と感じたという。左手1本で自殺できる方法だけを考え続けた彼を変えたのは、彼が手足を失ったことを知らずに見舞いに来て、いつも通りにバカ話をして盛り上がって帰っていった高校時代からの友達2人だった。
「彼らと一緒にいたい」
山田さんは、そう強烈に感じている自分に気づく。手足を失ったことよりも、仲間といっしょの時間を過ごせなくなるほうが、自分にとっての大きな損失だと気づいた時から、彼の再生へのチャレンジが始まる。その物語はぜひ本書を読んでいただきたい。
■実は、登録者数10万人超の人気ユーチューバーだった!
山田さんは現在は、一般採用された航空関連会社で働く会社員だが、人気ユーチューバーとしての顔も持っている。昨年7月24日に開設したYouTubeチャンネル「山田千紘 ちーチャンネル」は、現在登録者数10万6千人を超えている。
▲義足をつけ、スーツを着てネクタイを結ぶだけの動画「【衝撃】身長 90cm⇛176cm!?手足がない僕の”ON“と”OFF”」(https://www.youtube.com/watch?v=Hp1kU1dku8g)の再生回数は372万回以上!
▲片手で料理を作る「KATATEキッチン」も人気コンテンツのひとつ
YouTube開設のきっかけとなったのは、人気ユーチューバー寺田ユースケさんから声をかけてもらい、「寺田家TV」に9回出演させてもらったこと。寺田さんは生まれつきの脳性まひで脚が不自由だが、車椅子で全国をヒッチハイクするなど驚くほどのバイタリティの持ち主で、めちゃめちゃ明るい。山田さんのゲスト回を視聴してみたら、この2人のかけあいが本当に、お笑い番組レベルに面白いのだ。
114万 回以上視聴されている「【削除覚悟】電車に轢かれた友達に損害賠償額を聞いたら想像を超えてきました。【驚愕】回」(https://www.youtube.com/watch?v=H1H97i3OnxQ)は、
「義手をオブジェのようにテーブルに置くクセがある」
「今日は義足もいっしょでハッピーセット」
という山田さんのあっけらかんとしたギャグと、それに対する寺田さんの
「寺田家的には土足の足をテーブルの上に置かれてアンハッピーなんですけどね」
というやりとりからスタート。山田さんは
「これ笑って話していいのかな」
と言いつつ、とてもここでは書けないような、危ない爆笑ネタを次々に投下。
「聞くおれの身にもなってよw」
と、寺田さんが爆笑しながら泣きを入れるほどの面白さ。人気が出るのも納得のキャラクターだ。
このゲスト出演時の反応の大きさから、自身のチャンネルを開設。特別なことをするわけではなく、日常生活のようすや、自分の考えを淡々と語る内容が人気コンテンツだ。どの回にもコメント欄には、何回スクロールしても追いつかないほど、多くのコメントが寄せられている。それを読むと、もちろん勇気をもらえるということもあるだろうが、「この人たちは純粋に山田さんのファンなんだな」というのが伝わってくる。初の著書がヒットしているのは、偶然ではなかったのだ。
本の表紙に、線路を選んだ理由
本を最後まで読んで、あとがきで「鋼メンタル!」と驚いた表紙写真の理由がわかった。山田さんにとっての線路は、もはや不幸ではなく、幸福なリスタートの象徴だからだ。
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僕が想像していたより、世間はずっと優しい。そういうことも事故に遭って知ったことだ。
それが経験できたのは、線路を変えたからだ。
線路が変わったから、違う景色を見ることができた。
(「あとがき」より)
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ハンディキャップを持っている人だけでなく、困難に直面している人や、自分の将来に不安を感じているすべての人にぜひ読んでほしい。
・どんなに孤独だと感じても、つながっている関係を絶対、見落としてはいけない
・できないことはゲームと同じ。「いかに攻略するか」
・「生きている! 」という実感は、興味が湧くほうに必ずある
・挑戦した人がみんな成功するわけではないけれど、必ず成長する
などなど、「もう終わり」と思った時に前に進む勇気をくれ、違う景色を見せてくれる金言の宝庫だ。
◎関連サイト
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Twitter:@chi_kun_cg22
Instagram:chi_kun0922
◎取材協力:廣済堂出版
文/桑原恵美子
編集/inox.