昆虫や動植物を愛する方で、「日高トモキチ」の名を知らなかったらモグリと言われてもしかたありません。東京に生息する生物を追いかけたフィールドノート『トーキョー博物誌』に横溢する経験に即した知識と生き物愛に、世のいきものがかりたちは共感したものなんですから(復刊してっ)。
日高さんはまた、不思議の人でもあります。人間が暮らしている土地と人間の侵入を拒む土地。その境界で起きる怪異を集めた『里山奇談』(coco、玉川数との共著)シリーズは、ぎりぎりのリアルを保った怖い話や奇譚が好きな方ならきっと愉しめるはずです。
魅惑的な謎を核にした郷愁を誘う7つの物語
その日高トモキチのふたつの魅力をともに味わえるのが、初の小説集『レオノーラの卵』。
〈レオノーラの生んだ卵が男か女か賭けないか、と言い出したのは工場長の甥だった〉という蠱惑(こわく)的な一文から滑り出すのが表題作です。集められたのはチェロ弾き、時計屋の首、やまね(本当の齧歯(げっし)類のヤマネ)の3人。しかし、この賭け事の因縁は25年前、レオノーラの母が生んだ卵の物語にさかのぼることが、駄菓子屋にして市長にして語り部である〈僕〉の回想で明らかになっていき──。
かつて巨大ハマグリ漁によって栄えたものの、今は見る影もないひなびた港湾都市モリタート。その港で稼働している、無人の巨大作業船〈砂の船〉の謎に迫る物語が「旅人と砂の船が寄る波止場」。
ピーター・パンとウェンディとフック船長と船長の手首と時計を飲み込んだワニ。このよく知られた物語の異譚を奏でる「ガヴィアル博士の喪失」。
宮沢賢治『どんぐりと山猫』のかねた一郎くんよろしく、異世界の公証人たる古本ねずみに頼まれて臨時裁判官代行を引き受けた女子高生の名裁きが楽しい「コヒヤマカオルコの判決」。
もう長い間動いていない〈アヌビスの環〉と呼ばれる黒い観覧車。その神官を名乗る女性のもとに届けられる記憶の断片たち。観覧車はなぜ動かなくなったのか、再び動くには何が必要なのかという謎に、『千夜一夜物語』とドビュッシーの楽曲『2つのアラベスク』を援用して迫る「回転の作用機序」。
大切な人やものをゴンドラで流す町を舞台に2人の少女が伸びやかに活躍するシスターフッドものにして、ポスト・アポカリプスものでもある「ドナテルロ後夜祭」。
謎の人物だった亡き父親が、娘に見せようとする自らの正体と伝えたい役目を、マジカルな映画仕立てで描く「ゲントウキ」。
片桐はいりや銀粉蝶が所属し、1980年代から90年代の小劇場シーンで異彩を放った「ブリキの自発団」の作・演出家である生田萬に「過去はいつも新しく、未来は不思議に懐かしい」という名言があるのですが、日高ワールドの雰囲気はまさにそれ。本歌取りの技巧によってかつての名作が新しく蘇り、理系文系双方の博識によって生み出された世界は未知であるにもかかわらず、どこか郷愁を誘う空気をかもす。魅力的な謎を核にした7作品。日高トモキチの小説をもっと読みたくなる7つのリドルストーリーなのです。
『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』
著/日高トモキチ
光文社 2090円
豊﨑由美
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ブレない心は武器になる【編集部イチオシの3冊】
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著/山本洋子 朝日新聞出版 1650円
■ クレームなんて怖くない!
礼節を知り、常に心と体を整える習慣を身につける。それは強い自分(一流の自分)への第一歩。そのためのハウツーを6000人のCAを育てた元教官である著者が説く。自身を守り、成功をつかむために身につけたい。
『全員悪人』
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■ 彼女をもっと深く知るために
家庭のこと、家族のことを語る母。しかし誰に対しても猜疑心を抱き、攻撃的に振る舞う。実は彼女は認知症を患っているのだ。介護とは何か? 認知症とどうつきあうか? 未来のために読んでおきたい1冊だ。
『誰も教えてくれない お金と経済のしくみ』
著/森永康平 あさ出版 1430円
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副収入や退職金、さらに景気って何? など学校では教えてくれなかったお金にまつわる常識を、時にクイズを使い、わかりやすく解説してくれる。知るほどに財布が豊かになっていくようで、人生設計に大いに役立てたい。
文/編集部