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【Licaxxxの読書×鑑賞文・第3回】格差問題という社会の歪みを「家族」に焦点を当てた作品から考える

2021.08.26

■連載/Licaxxxの読書×鑑賞文【第3回】格差問題という社会の歪みを「家族」に焦点を当てた作品から考える

映画『家族を想うとき』と書籍『「家族」と「幸福」の戦後史―郊外の夢と現実』

 コロナ禍における格差拡大、というワードを皆さんはどのように受け止めているだろうか。経済的打撃によって世界の社会不安は増加し、もともとあった格差問題という社会の歪みが、新型コロナウィルスの感染拡大でより深刻化。貧富の格差という問題が、経済的側面にとどまらず、健康や命の格差をももたらし、世界を見るとチュニジアから南アフリカ、コロンビアなどの開発途上諸国で反政府抗議行動など社会不安が広がっている。さて、色々な条件や直接抱える問題が違う私たちは、それぞれの生活において、どこで格差を実感(もしくは自分ごととして問題を考える)ことができるだろうか。今回私は、コロナ禍以前より指摘される社会の歪みを、社会の最小単位である「家族」に焦点を当てた作品から見ていこうと思う。

 今回まず、イギリスの名匠ケン・ローチが、新自由主義が生み出した現代社会の歪みとその渦中で翻弄される家族の姿を描いた映画『家族を想うとき』を見るところからスタート(2019年に公開、『ジョーカー』や『アス』など様々な格差を描いた映画に注目が集まった時期でもある)。

 イギリス、ニューカッスルに住む家族、ターナー家の父リッキーはマイホーム購入の夢をかなえるために、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意するが、宅配で使う車の頭金捻出のため、パートタイムの介護福祉士として働く母のアビーの必需品である自家用車を売ることになる。労働環境はトイレに行く時間もないほどで、人間性をないがしろにする過酷な状況。アビーも時間外まで1日中働いており、さらに介護先へバスで通うことになったため長い移動時間のせいでますます家にいる時間がなくなっていく。16歳の息子のセブは、以前は真面目な優等生だったが学校をさぼりがちになり、暴力や万引きなどをするようになる。12歳の娘のライザとのコミュニケーションも、留守番電話のメッセージで一方的に語りかけるばかりになり、ライザは不眠に悩まされる。家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、子供たちは寂しい想いを募らす。時折垣間見える家族の幸せな瞬間、思いやる時間も束の間、それらが崩壊していく様子が直接的に描かれている。

 内容を直接的に伝えるためか説明的なセリフ等が多くドラマ調なのはさておき、自分だったらどうすればいいか…と考え込んでしまう負のループを目の当たりにする。町の色、セットのテンション等も『万引き家族』を見た時を思い出した(その土地の文化をそのままスクリーン上で非常にリアルな空気で感じることができる)。家族もまた個人の集合体で、一緒にいても意見はずれ、衝突する。同じ幸せの時間を共有しても次の日には別の問題を抱える。それが大きな社会の歪みが生んでいると、実際に歯車にはまっている最中に考え、発信していくことのハードルを想像してしまう。

家族の、個人の「幸せ」とはなにか?自分たちの未来を多角的に考える

 しかしまず、家族を思った父の目標が「夢のマイホーム」というところから考えなければいけない。家族の幸せを「マイホーム購入」へと導びく歴史は戦後から続いている。ここで読むのは『「家族」と「幸福」の戦後史―郊外の夢と現実』(著:三浦展)。

 高度経済成長期、膨大な数の核家族が生まれ、彼らの住処として郊外が拡大していった。意図的につくり出された「装置」である。日本の伝統的なものでなく、いま一般的に思い描く家族の形は、アメリカにおいて冷戦構造の中で発展。勤労意欲と忠誠心を向上させ、馬車馬のように働かせるためには持ち家政策は大きな役割を果たした。こと日本においては、80年代にかけて、郊外に大量の住宅が建設され、団塊の世代を中心とする多量の人口がすみ、産業構造や職業構造も大量消費型となり理想の家族が大量生産されていく。90年代後半、機能主義的すぎる空間や決めつけられた形に定義される夫・妻・子供たちは孤立し暴力、いじめ、鬱、自殺、などのいわゆる現代の問題にたどり着き歪みが事件として目に見えて現れ始める。

 これが1999年に書かれたマイホーム神話の成り立ちだ。そこから20年経った今ではそれらの同調圧力に加え、新自由主義時代への社会変容の中で生活困難者や経済的不安定での諦め的な空気と負のループが始まっており、それが『家族を想うとき』にダイレクトに描かれていた。

 今回の読書×鑑賞文を振り返り、現在地を知るという意味での本のチョイスではなく、歴史的な流れも踏まえて現在の問題点を見つめることができた。ジェンダー、経済、本当に様々な格差や溝がある中で、一つの問題に寄らず、また一方向の自分の中だけの解にも寄らず、多角的に見て意見を持つようになるための助けとなる材料は当然より多い方が良い。自分たちの未来を考える時、このハードルをどう超えていくか、そして自分だけではなく皆でどう超えていくか、何か事が起きるたびに考える。いっぺん通りの怒りと悪魔のような社会構造、そして分断。それらを目の当たりにし、一人の意見が大事で、でも一人が全員集まらないと変えることができないんだ、と日々悶々とする。今回のように映画というエンターテイメントを媒介として直接的に見つめることのトリガーとしての要素は大きく、助けられている。こと本業である音楽については、ときに扇動的で、ときに無力だ。その事実を受け止めつつも、私は受け取った事象を自らで考え消化するプロセスを皆で共有し歩んでいく方法を生きている間に探り続けている。

今回の映像×本

『家族を想うとき』
・公式HP:https://longride.jp/kazoku/

『「家族」と「幸福」の戦後史―郊外の夢と現実』
・詳細ページ:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000146943

文/Licaxxx

Licaxxx
東京を拠点に活動するDJ、ビートメイカー、編集者、ラジオパーソナリティ。2010年にDJをスタート。マシーンテクノ・ハウスを基調にしながら、ユースカルチャーの影響を感じさせるテンションを操り、大胆にフロアをまとめ上げる。2016年にBoiler Room Tokyoに出演した際の動画は50万回以上再生されており、Fuji Rockなど多数の日本国内の大型音楽フェスや、CIRCOLOCO@DC10などヨーロッパを代表するクラブイベントに出演。日本国内ではPeggy Gou、Randomer、Mall Grab、DJ HAUS、Anthony Naples、Max Greaf、Lapaluxらの来日をサポートし、共演している。さらに、NTS RadioやRince Franceなどのローカルなラジオにミックスを提供するなど幅広い活動を行っている。さらにジャイルス・ピーターソンにインスパイアされたビデオストリームラジオ「Tokyo Community Radio」の主宰。若い才能に焦点を当て、日本のローカルDJのレギュラー放送に加え、東京を訪れた世界中のローカルDJとの交流の場を目指している。また、アンビエントを基本としたファッションショーの音楽などを多数制作しており、近年ではChika Kisadaのミラノコレクションに使用されている。
https://twitter.com/Licaxxx
https://www.residentadvisor.net/dj/licaxxx
https://www.instagram.com/licaxxx1/
https://soundcloud.com/rikahirota
https://www.facebook.com/licax3.official/

編集/福アニー

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