日本では2020年2月よりNetflixで独占配信中の大ヒット韓国ドラマ『愛の不時着』。
韓国の財閥令嬢が北朝鮮の軍人と恋に落ちるという今までにない斬新な設定が、注目を集めた。
とくにヒョンビン演じるリ・ジョンヒョクの逞しくも純粋な人柄が多くの人々の心を掴み、“沼落ち”する視聴者が続出。
筆者も沼に浸かりながら、ふと素朴な疑問が頭に浮かんだ。
「本当の北朝鮮はどうなのだろうか?」
しかし北朝鮮は閉ざされた国であり、市井の人々の性格や暮らしについての正確な情報は少ない。
そこで今回は、脱北者で日本在住のYouTuberキム・ヨセフさんに、謎に包まれた北朝鮮人の国民性や恋愛事情について伺った。
【取材協力】
キム・ヨセフ…YouTubeチャンネル「脱北者が語る北朝鮮」運営者。北朝鮮出身。23歳の時に脱北。韓国で働きながら高校を卒業後、日本の大学に進学。現在は日本で会社員として働いている。
人の世話を焼くのが好きな北朝鮮人「保守的だが人情家が多い」
大前提として、そもそも北朝鮮では徹底的な情報統制がなされており、娯楽用のテレビ番組や雑誌、インターネット環境などがなく、社会全体で情報を共有したり他の国民の本音や価値観を知ったりする機会がほとんどない。
また人々が国内を自由に往来することも制限されている。
地域・職業・社会的地位によっても環境が大きく異なるため、その点ご了承いただきたい。
「あくまでも私が知っている範囲での話になってしまいますが……、北朝鮮の一般庶民は純粋で人情がある性格の人が多いと思います。
『愛の不時着』でも近所の人たちと一緒にキムチを作ったり食べ物を持ち寄って飲み会をするシーンが頻繁に登場しましたが、ああいった地域社会の素朴な交流の様子はけっこう忠実に再現されているなと思いました。ヒロインのユン・セリが、近所の女性たちと一緒に干し鱈とビールで飲み会をするシーンもありましたが、あれはかなり裕福な人の暮らしだと思います。干し鱈や干しイカは貴重な食材でしたので。
私が住んでいた時も、お隣さんを気軽に誘って休日に飲み会や食事をしたり、テレビを持っていない隣人を“一緒に観よう”と誘ったりすることは普通にありましたね。
日本と比べると、北朝鮮の方が人と人との距離が近いと思います。北朝鮮の場合は、知らない人であっても気軽に声をかけます。
日本人のように“声をかけたら迷惑かな?”“お節介かな?”とかはあまり考えない。国によって言論の自由は制限されていますが、身近な人々との普段のコミュニケーションではわりと気持ちをストレートに伝えます。
相手の気持ちをきめ細かく推し量って慎重にコミュニケーションを取るのは日本人の長所なのだと思いますが、来日当初は正直少し寂しく感じたりもしました(笑)」
『愛の不時着』でも、ヒロインのユン・セリにご飯を作ったり頼まれたものを買い出しに行って来たりと、ジョンヒョクが甲斐甲斐しく世話を焼くシーンが話題となった。実際には北朝鮮の軍人があのような状況で不時着した韓国人をかくまうことなど絶対にあり得ないそうだが、人対人のコミュニケーションのみにスポットを当てて考えてみたとき、困っている人を助けることは自然な流れなのかもしれない。
「なぜ通りがかりの赤の他人にあそこまで至れり尽くせりなのか?」と不思議に思った人も多いと思うが、上記の説明を聞くと少し納得できる。
『愛の不時着』主人公たちも戸惑っていた、韓国と北朝鮮の違い
次に、韓国と北朝鮮の大きな違いについてもキムさんに聞いてみた。『愛の不時着』でも、主人公たちが南北での大きな違いに直面し、戸惑う描写が見どころの一つだった。
「同じ東アジアなので、日本や韓国と似ているところも沢山あります。儒教の影響で年上を敬うところ、家父長制が根強く残っているところ、そして集団主義的というか“和”を重んじるところ……。北朝鮮が一番保守的だと思います。
隣の韓国と比較すると、韓国の方が男女平等の考え方が進んでいて、共働き・家事分担は今や当たり前。北朝鮮は、韓国を70年昔にした感じと言いますか……。保守的だし、とにかく自由がないので。
脱北して韓国に初めて来たときは、都会だなと思いました。そして北朝鮮は社会主義国、韓国は資本主義国。社会の仕組みそのものが全く異なるため、最初は衝撃を受けました。たとえば韓国では客を“○○様”と丁寧に扱って、敬意を払ってくれる。これは北朝鮮ではなかったことなので、戸惑いました」
ジョンヒョクみたいな人はいるのか?北朝鮮の恋愛事情とは
『愛の不時着』の中でも日本視聴者に衝撃を与えたキーワードの一つが、“母胎ソロ”。
日本人からすると字面のインパクトが強すぎる言葉なのだが、これは韓国語で“母胎から出てきて以来ずっと恋愛経験がない”ことを意味するスラング。
しかしジョンヒョクは“母胎ソロ”であることを指摘されても平然としていた。やはり冒頭でキムさんが解説してくれた通り恋愛についても純粋な人が多く、そのことを肯定的に捉える風潮があるのだろうか?
「北朝鮮は自由がないぶん、確かに真面目で純粋な感じの人が多いとは思います。
ジョンヒョクみたいな人も北朝鮮のどこかにいるかもしれないけど……あんなキリッとした誠実な人ばかりではない(笑)。
ヘラヘラしていて、お喋りでお調子者な男性もいますよ。
たとえば、男性が軍隊に入るのは18歳から10~12年間。30歳で除隊することになりますが、それまでずっとひとりなのは寂しいので、駐屯地の女性と付き合うこともある。
その際、結婚する気がないのに結婚をちらつかせて女性と交際する人も……。
北朝鮮にも色々な人がいますが、ジョンヒョクのように優しい人がモテる、人気があるのはどこの国でも同じこと。
「北朝鮮でも、自己主張が強すぎる人や自己中心的な人は、やはり嫌われますよ」
北朝鮮の一般的な恋愛事情も気になる。自由が制限されている社会では、人々はどのように恋愛・結婚を楽しんでいるのだろうか。
「とても保守的なのであまり表立って恋愛できる感じではないけれど、一応自由恋愛もあります。
私の叔父は職場恋愛で結婚しました。現在では、自由恋愛とお見合い結婚の両方があります。たとえば軍人の場合、ケガをして除隊すると、国が結婚相手を紹介することもあります。
日本のように、恋人同士が手を繋いで街を堂々とデートすることは少ないですね。デートスポットと言える場所もあまりありませんし……。
人前でイチャイチャすることが法律で禁止されている訳ではなく、単に恥ずかしいからという理由です。
地域によっても異なると思いますけど、一緒に歩きながら会話したりするのが定番のデートでは。
浮気・不倫に関しては、日本よりも許されない雰囲気は強いです。刑罰はないけれど、周囲からすごく批判されます。とくにお見合い結婚では、家族親戚が恥ずかしい思いをするから絶対にやってはいけない。結婚は、家族と家族の結びつきという意識が強いです」
昨年12月よりキムさんはYouTuberとして北朝鮮に関する情報発信を行っているが、それは北朝鮮のリアルについて日本人にも知ってほしいという思いからだった。
「最近はドラマの影響で“ジョンヒョクみたいな人に会いたい、北朝鮮に行きたい”と言っている人が時々いて、とても驚きました。ドラマの世界観を鵜呑みにするのは危険です。『愛の不時着』はあくまでもロマンチックに演出されたフィクションとして、現実と切り離して楽しんでいただけたらと思います」
取材・文/吉野潤子