地獄のような毎日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
はじめまして。東京でSuiseiNoboAz(スイセイノボアズ)というロックバンドをやっております、石原というけちな男です。
今年の東京の八月はおそろしいほどの猛暑。自衛のためにほとんど自宅から出ずに過ごしていますが、たまに外出すると脳が空焚きになって白昼夢を見ているような神秘的な感覚に襲われ生命の危険を感じます。
こんなときは自宅に引きこもり、ミネラル麦茶を飲みながら読書に勤しむに限ります。
そういうわけで、本日はお勧めの小説を3冊、ご紹介させて頂きます。
『大きな鳥にさらわれないよう』著:川上弘美
14章の短編からなる物語。
冒頭の「形見」は、不思議な湯浴みのシーンから始まる。舞台は日本のどこか山間にある川沿いの温泉街だろうか。無邪気に遊ぶ子供たち、夫婦の愛情といった穏やかな日常が品のある一人称で静かに語られる。現代の、日本のどこかを舞台にした小説と思い読み進めるが、すぐにそれは誤りであることに気がつく。この話は人類がすっかり在り方を変えてしまった未来の物語なのだ。
第2章以降、そのSF的設定はより顕著になり、衰退の危機を回避するため様々なかたちに進化/変化してしまった人類の数万年、数十万年に及ぶ未来史が、様々な時代の様々な登場人物によって語られるが、作者の眼差しは飽くまでそこに生きる人間の、いつの時代であっても変わらないであろう普遍的な生の在り方に注がれている。
想像力の射程は遥か遠未来まで届き、おそらく歴史の終わりと呼べるであろう地点まで到達するが、そこに至るまでの全ての場面に、霧雨のような慈愛が満ちている。
SF的舞台装置を借りた長大な恋愛詩のような小説。
『あなたの人生の物語』著:テッド・チャン 訳:浅倉久志 他
ある日、世界各地に同時多発的に謎の宇宙船が現れる。
それ自体は古典的なSFの世界では珍しいことではないが、この物語はよくある宇宙人襲来ものではない。
言語学者である主人公は、宇宙船内の地球外生命体「へクタポッド」と意思疎通を図るため、彼らの言語を解読するべく調査を始める。そして彼らの言語を解読するうちに、その言語が過去や未来などの時制を持たないことに気がつく。彼らは、過去や未来などの全ての時間を同時に俯瞰的に知覚することができる種族だったのだ(カート・ヴォネガットの小説にも、「トラファマドール星人」という同じような宇宙人が登場する。そしてなぜかどちらもとてもいい奴っぽい。なぜ?達観してるから?)。
彼らの言語を習得したとき、主人公の知覚そのものに変化が生じる。時制を持たない言語によって世界を知覚することで、主人公にとっての世界の在り方そのものが、へクタポットの世界同様「時制を持たない」ものに変化してしまう。つまりこの物語は、言語と世界の在り方について書かれたものなのだ。
この物語は、主人公が未来の娘に対して語りかける一人称で進行していく。過去も、残酷な未来も同時に内包している「時制を持たない」語りかけは、優しいがとても悲しい。
この作品は2016年にドゥニ・ヴィルヌーヴが監督を務め、『メッセージ』という邦題で映画化された。音楽は2018年に惜しくも夭折したヨハン・ヨハンソンが担当している。
『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』著:チャールズ・ユウ 訳:円城塔
父親と息子についての物語。
タイムマシンのカスタマーサポートの技術者である主人公(非常にナイーブ)は、電話ボックスほどのスペースのタイムマシンに乗り込み、時制を外れた地点でSF的に引きこもったまま暮らしている。彼の父親は失踪しており、母親はSF的介護支援サービスを利用して日曜日の夕食どきのかつて起こり得なかった幸福な1時間を延々とループしている。
実在/非実在がないまぜになったSF的宇宙であっても、過去は決して変えられない。時間のエアポケットを漂いながら、彼は幼い頃の家族との記憶を辿る。
フラッシュバックする親父と息子の照れたような気まずいような関係や、親父の切ない背中に、妙に思い当たるところがある。
今回読み返してみると、自分が父親の方の視点を借りるようになっていることに気がついて、驚いた。
メタSF的飛び道具に彩られた普遍的家族小説。
以上、3冊をご紹介致しました。
どの作品もSF的ギミックや舞台装置が縦横無尽に走りまくっておりますが、本質的なテーマはむしろ素朴で普遍的な所にあるような気がします。
今回、「SF小説3選」とせずに「SF的読みもの3選」とさせて頂いたのには、そういったわけがございます。
先行きの見えない今般だからこそ、遠い未来に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
今回紹介した本
『大きな鳥にさらわれないよう』
・詳細ページ:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000325534
『あなたの人生の物語』
・詳細ページ:https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11458.html
『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』
・詳細ページ:https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/235015.html
SuiseiNoboAz LIVEスケジュール
・2021年8月27日(金)大阪府 Music Club JANUS
SuiseiNoboAz自主企画『BIGGER THAN BIG BOX』
<出演者>SuiseiNoboAz / サニーデイ・サービス
https://eplus.jp/sf/detail/3445000001?P6=001&P1=0402&P59=1
・2021年8月28日(土)京都 KBSホール
『ナノボロフェスタ 2021』
・2021年8月29日(日)兵庫県 三田アスレチック野外ステージ
『ONE MUSIC CAMP 2021』
・2021年9月16日(木)新代田FEVER
『LIVE FOR THE FUTURE Vol.4』
<出演者>SuiseiNoboAz / ZAZEN BOYS
https://eplus.jp/sf/detail/3476710001-P0030001P021002?P1=0175
※前売チケット予定枚数終了
※生配信(アーカイブ1週間あり)チケット発売中
文/石原正晴(SuiseiNoboAz)
1983年3月3日三重県四日市市生まれ、神奈川県横浜市育ち。
2006年、早稲田大学第一文学部哲学専修卒。
2007年夏、ロックバンドSuiseiNoboAz(スイセイノボアズ)のボーカリスト、ギタリスト、コンポーザーとして活動を開始する。
2010年1月、向井秀徳プロデュースによる1stアルバム『SuiseiNoboAz』にてデビュー。以降、国内外のライブハウスやロックフェスティバルにて精力的に演奏を続ける。
2020年12月、通算5枚目となるフルアルバム『3020』をリリース。
編集/福アニー