【連載】もしもAIがいてくれたら
第11回:AIには新型コロナ対策と経済のバランスがとれるのか
緊急事態宣言下にもかかわらず、東京都の新型コロナ感染者数は過去最高を更新、国内全体でも感染者数は増加の一途をたどっている。特に飲食業界は窮地に立たされており、中には国の要請に従わず、独自の営業方針を貫く事業者もあらわれてきた。
これまでたびたび議論されているのが、「感染状況と経済のトレードオフ」の問題だ。今後も新型コロナとの闘いが続くことが予想される中で、AIなら最も効率的に感染リスクを抑えられるような”最適解”を導き出すことができるのだろうか。――AIの専門家で電気通信大学副学長の坂本真樹さんが解説する。
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第10回:小山田圭吾氏のいじめ問題はAIならスクリーニングできた?
ルール通りにいかない「人間」をAIにはシミュレーションできるのか
新型コロナ(COVID-19)のリスクを専門家が指摘している中、いつの間にか、オリンピック開催となりました。テレビの前で選手を応援しつつも、感染者数の激増が気になる毎日です。オリンピックの開催形式は、日本にとっては、経済効果が期待できないものとなりましたが、新型コロナ感染拡大防止を優先するか経済を優先するかについては、緊急事態宣言を出す出さないといった話のたびに、取り上げられていました。
新型コロナ感染拡大当初から、新型コロナの感染拡大防止を優先するか、経済を優先するか、という一方を優先すると他方は犠牲になるという、いわゆるトレードオフといわれる問題について、経済学分野で研究が活発になっていました。
トレードオフの問題は、複数の相対する目的を最適化することを目指す研究として、AI分野の研究者も昔から取り組んでいます。私も以前、車の広告が交通事故の記事に挿入された場合の注目度と悪印象度のトレードオフ問題を研究したことがあります。新型コロナ感染防止と経済活動の関係については、AI分野でも研究されていて、英文科学誌に掲載されていたりします。しかし現状は、テレビではなかなか報道されません。相対立する問題のバランスをとって最適解を探索する計算モデルは、とても複雑で、わかりにくいからかもしれません。
テレビでよく見かけるのは、感染拡大予測のシミュレーションです。緊急事態宣言で人流を抑制すると感染者数がどうなるか、といった一方にだけ着目したシミュレーションです。シミュレーションするには、入力するデータ・条件が重要になります。例えばデルタ株の感染力など、客観的にわかるデータに基づくシミュレーションは比較的容易ですし、人流が増えれば感染者数も増える、という相関関係は一般的にわかりやすいのでしょう。しかし実際には、人流というのは人の心理・行動も関わるため、予測が難しい面もあります。
経済など社会問題のシミュレーションは、マルチエージェントシミュレーションという研究で、昔から行われています。システム内で、自律的に意思決定を行うAIである「エージェント」を複数想定し、仮想的な社会の中で、エージェント同士の協力的ないし敵対的な相互作用から現実社会と同じように多様な社会現象を生みます。しかし、現実社会での人々の行動は、ルール通りにはいかないので、適切に制御する仕組みを見出すのは容易ではありません。今回の新型コロナの問題も、まさに人の心理・行動を予測しながら制御する必要があり、なかなか難しい問題になります。
もし「最適解」が出せたとしても、それに従えるか?
あまり知られていませんが、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室ではCOVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトが発足しており、私もよく知っている優秀な研究者が、新型コロナの感染防止対策と経済活動の両立を図ることを目的とした検討を行っています。
感染防止対策と経済活動の両立を図るシミュレーションによりAIが何らかの提案をすることは可能なのだろうと思いますが、その結果をどのように活用するか、がとても重要です。
「AIが今は自粛する時だと言っています」と発信したからといって、それに従うほど社会はAIを受け入れていません。「AIがオリンピックをやっていいと言っているのでやります」と、一国の首相が発言したとしたら,おそらく無責任と非難を浴びるでしょう。「挑戦するのが政府の役割」だからやります、というよりはましかもしれませんが。
どんなに専門家が反対してもオリンピックは実施されたわけですから、AIがオリンピックをやるべきではないと結果を出したとしても、不都合と考える人からは黙殺されるでしょう。AIがトレードオフ問題を解き、最適解を出したとしても、それがどう扱われるか次第です。ずるい人間が扱えば、現実社会では,一つの選択肢(オリンピック開催)しか結局選択できないため、オリンピックをやらなかった場合どうなったかはわからないのだから、やろうがやるまいが感染状況に変わりはなかっただろうと説明してしまえばよいことなります。人間の専門家やAIによるシミュレーション結果を真摯に受け止めながら、責任ある人に、適切な意思決定を行っていただきたいものです。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。