■連載/Licaxxxの読書×鑑賞文【第2回】飯テロ映画から文学の「おいしさ表現」に想いを馳せる
映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』とアンソロジー『おいしさの表現辞典』
私は2020年の夏にMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)ファンになった。1ヶ月でディズニー・チャンネルにあった映画を全部見て、ハリウッド映画の面白さと秀逸さを改めて思い知る。中でも『アイアンマン』が結構な推しキャラで、色気と知性を兼ね備え苦悩するロバート・ダウニー・Jr.に心底憧れてしまった。コロナ禍で公開が延期され、ようやく7月に公開となったスカーレット・ヨハンソン演じる『ブラック・ウィドウ』や、ドラマシリーズも話題となり盛り上がりを見せるMCU(去年見といてよかった…)。
それにちなんで今回は、映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』を紹介したい。『アイアンマン』シリーズのジョン・ファヴローが製作・監督・脚本・主演の4役を務め、フードトラックの移動販売を始めた一流レストランの元総料理長のアメリカ横断の旅を描いたハートフルコメディだ。ロバート・ダウニー・Jr.、スカーレット・ヨハンソンなども登場し、MCUファン的にもちょっとテンションが上がる(『アイアンマン』より先にこの映画を見ていたので、そのポイントに上がったのは最近だけど)。スカッと、そしてほっこりする会話劇には癒され、主人公たちがマイアミからニューオーリンズ、テキサスのオースティンへと移動していくのに合わせ、それぞれの土地と結びつきがある曲たちや音楽に心踊る。何と言ってもある意味主役のキューバサンド他、美味しそうな食べ物が楽しめる最高の飯テロ映画である。
何を隠そう私は飯テロものが大好きで、映画、ドラマ、ドキュメンタリー、漫画やアニメなどあらゆる食に関わる作品を見てきたが、作る工程を見せられた後に気持ちいい食べっぷりを見るのが最高の飯テロ的共感を促すと私は考えている。しかしながら、言葉で食べ物を表現するというのは結構難しい。いわゆる食レポは素人がやると「おいしい」というワードの活用形でしかなくなってしまうのだ。そこで、先人たちは美味しさをどう表現してきたのかを勉強するべく、『おいしさの表現辞典』を読んでみた。この本は、“350冊の文学作品、エッセイ、および新聞の中から「おいしさ表現」約3,000の用例を抜粋し一冊の辞典としてまとめた”とある。
ここからは、気になった表現を引用しながらあなたに飯テロを仕掛けていこうと思う。
華麗なる食表現で味覚を研ぎ澄まそう
まずはここ最近ハマっている、というかこんな暑かったら誰でもハマっていることでしょう、“そうめん”。そうめん自体はほとんど味がなく、冷たいツルツル。のどごしや歯ごたえ重視だと思う。舌でダイレクトに感じる味自体は麺つゆの出汁の旨味と薬味による変化。他にも麺つゆで食べる麺類は沢山あるけど、そばよりも味が軽くて食べやすい、うどんよりも吸引力と噛む力が少なくて済む。究極、麺つゆを食べるための媒介だと思う。そこで辞典を引くと、最初に出てきた表現がこれ。
――かつぶしで出汁をとり、できたつゆを一升瓶につめてコルクの栓をし、首に紐をつけて井戸で冷やしたものをガラス皿のめんの上からたっぷりと、ざぶざぶとかけてすするのである。これを書きながら私の耳には、一升瓶を傾けて注ぐあのコクコクというおいしい音が聞こえて来、思わずつばが湧いてくる。この上に青柚子のおろしたのを散らして食べるのだが、その香気がのどをこすときの快さは一種の恍惚境とも思えるほどである。[宮尾富美子/食べ物に付いて(宮尾登美子全集第14巻)]
ほら、やっぱり麺つゆのこと思い出してる。ポテトがケチャップを食べるための棒だと思ってるんですが、それと同じことが起こってる。ちなみに味がないといえど、のどごし重視ゆえに高級そうめんやお取り寄せそうめんなどが存在する。かの有名な揖保乃糸も上級があり、スーパーでいつも見るのが赤帯で、ワンランク上に黒帯、さらにその上に三神なんていかつい名前のついたやつがある。ランクが上がるごとに細くなってつるっつる。なのにコシもあって、あっという間に口に吸い込まれていく。本当にそんな違うのか?と思いながら黒帯を買ってみるとそれだけでも全然違って、最後の方飽きてくる原因だと思う、あのちゃんとゆすいでもぼやけてくる麺つゆがぼやけずに最後まで楽しめるので一回試してみてほしい。黒帯は1束約154円、赤帯は1束約123円。たったそれだけでそんなに変わるのか…。
一番味がなさそうであるものといえば、“水”。含まれるミネラルの配分によって硬い、柔らかい、甘い、苦いなどと表現され、温度によってもだいぶ感じる味が違う。では先人たちは水をどのように表現してきたのだろうか。
――この水は、しっかりとした味の像を形づくる。クリスタルガラスのように、実に透明な味だ…。[雁屋哲/美味しんぼ19]
一見、訳がわからないけどなんか美味しそうです。きっとしっかり冷えてるんだろうなあ、とかそんな感じがする。
――山盛りのカレー・ライスを、二杯、或いは、三ばい食べ、水をガブガブ飲んだ。[獅子文六/食味歳時記]
これはめちゃくちゃわかる。多分、カレーが嫌いな人でなければ初めて水が美味しいと思う体験はカレーの合間ではないだろうか。あの甘くて酸っぱくてしょっぱくてちょっと辛い家庭のカレーライスをばくばく頬張ってから飲むときの水は、なぜかめちゃくちゃ丸くてうまい感じがする。いつもお茶ばかり飲んでるのに、カレーの時ばかりは水を飲んでた経験があり、カレーのときの水めっちゃうまい!と小学生ぐらいの時から言ってた記憶がある。多分家庭のカレーは水がセット。
最後に果物の表現を見てみたい。質感とかみずみずしさは野菜だってあるのに、途端にエッチな表現が増える。結構好きです。中でも目に止まった表現は、パイナップル。
――おつゆが迸り、口いっぱいになり、溢れて頬をつたって流れ落ちる。その甘さ。その淡麗。その精緻。その豊満。しかも、それらのかぎりをきわめつつ、清浄で謙虚である。[開高健/小説家のメニュー]
この春に台湾パイナップルという、芯まで食べられてめちゃくちゃ甘い、舌がビリビリしなくてエグくない、まるでパイナップルジュースを飲んでるみたいなパイナップルにはまって、丸ごと一人で食べてた時こんな感じだった。季節が終わってしまってスーパーで見なくなってしまい悲しい。でも大好きな桃の季節がやってきた。
――桃はもう、初めから終わりまで、グジャグジャ、ボタボタ、グズグズ、食べ終えてもスッキリしない。…噛みとって噛みしめると、「こんなにも」と思うくらいの果汁がにじみ出てくる。これをゴックンと飲み込む。…甘い果汁、桃独特の甘い香りが鼻腔に抜ける。…果肉が水分に変わる瞬間のおいしさ。桃はそれを十分に味わわせてくれる。口の中で見届けさせてくれる。[東海林さだお/駅弁の丸かじり]
桃が綺麗に剥けなくて、ジュルジュル台所で食べるあの瞬間が好き。もちろんそのままいただくのも美味しいんだけど、大人になってみずみずしくてミルキーなブッラータと一緒にオリーブオイルと塩をちょっとだけかけて食べる方法も知った。口の中で起こる対比の面白さに気づいてしまってからは、さらに食べるのが好きになったな。さて、あなたは桃が食べたくなってきましたか?
今回の映像×本
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』
・公式HP:https://chef-movie.jp/
・配信&パッケージ情報:https://www.sonypictures.jp/he/1236454/
『おいしさの表現辞典』
・詳細ページ:http://www.tokyodoshuppan.com/book/b79697.html
文/Licaxxx
Licaxxx
東京を拠点に活動するDJ、ビートメイカー、編集者、ラジオパーソナリティ。2010年にDJをスタート。マシーンテクノ・ハウスを基調にしながら、ユースカルチャーの影響を感じさせるテンションを操り、大胆にフロアをまとめ上げる。2016年にBoiler Room Tokyoに出演した際の動画は50万回以上再生されており、Fuji Rockなど多数の日本国内の大型音楽フェスや、CIRCOLOCO@DC10などヨーロッパを代表するクラブイベントに出演。日本国内ではPeggy Gou、Randomer、Mall Grab、DJ HAUS、Anthony Naples、Max Greaf、Lapaluxらの来日をサポートし、共演している。さらに、NTS RadioやRince Franceなどのローカルなラジオにミックスを提供するなど幅広い活動を行っている。さらにジャイルス・ピーターソンにインスパイアされたビデオストリームラジオ「Tokyo Community Radio」の主宰。若い才能に焦点を当て、日本のローカルDJのレギュラー放送に加え、東京を訪れた世界中のローカルDJとの交流の場を目指している。また、アンビエントを基本としたファッションショーの音楽などを多数制作しており、近年ではChika Kisadaのミラノコレクションに使用されている。
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編集/福アニー