【連載】もしもAIがいてくれたら
第10回:東京五輪・小山田圭吾氏のいじめ問題はAIならスクリーニングできたはず
東京五輪は様々なトラブルを経て開催に至った。開幕直前に表出した問題が、作曲家の小山田圭吾氏が過去に行なったいじめ行為だ。
複数の雑誌でいじめの内容について詳細に語っており、そのことがネットでは何度も話題にあがっていた。にもかかわらず、どうして大会組織委が彼を開会式担当に任命したのはなぜだろうか。その経緯は明らかにされていない。
少なくとも、現代の科学技術を使えば、インターネット上に散らばった様々な情報を収集して事前に”身辺チェック”をする方法はあった――AIの専門家で電気通信大学副学長の坂本真樹さんが語る。
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第1回:私、元いじめられっ子の大学副学長です
第9回:熱海の土石流被災地でAIはどんな貢献ができるのか?
「うっかり」では済まされない小山田氏のいじめ問題
東京オリンピック・パラリンピック開会式の作曲を担当するメンバーに選ばれていたミュージシャンの小山田圭吾氏が、10代のころに、障害のある生徒などにいじめを行なっていたと、1990年代に受けていた複数の雑誌のインタビューで語っていたことがインターネット上で指摘され、大きな話題になりました。
この連載の初回に、「私、元いじめられっ子の大学副学長です」というタイトルの記事を書いた人間としては、何か書かずにはいられません。
友達同士の会話でうっかり話してしまった、というならいざ知らず、雑誌の取材で、複数回、武勇伝のように壮絶ないじめを語るというのは、普通ではありません。とはいえ、私も取材を受けることは多いので、インタビュアーの人次第で、話の方向性が変わったり、話がはずんで言い過ぎたり、という経験はあります。
でも、今回語られている内容は、言い過ぎでは済まないほど本当に恐ろしいものです。いじめを受けたことのある人は、大きな悲しみと吐き気すら感じるものです。取材はコミュニケーションなので、インタビュアーの方の責任も大きいと思います。盛り上がって話している様子が目に浮かぶと、本当に嫌ですね。
この原稿を書くにあたり、取材記事の原文を取り寄せて読みました。私は法律の専門家ではありませんが、今回の件は、暴行にあたるのではないかと思われるほど、以前に失言で辞任された方々の場合とは比べ物にならないほどひどいです。それにもかかわらず、大会組織委員会が、小山田氏にすぐに辞任を求めなかったことは残念でした。
AIは音楽作りに「想い」を込められない
素晴らしい音楽を作れる人なら、その人の人間性は関係ないのではないか、という意見も耳にしました。しかし、彼が担当していたのは「いかなる差別」も固く禁じている五輪憲章のもと開催されるオリンピック、そして障がい者アスリートの祭典であるパラリンピックの開会式での作曲です。
私は、AIで作詞する研究をしていて、2017年3月には、アイドルグループ「仮面女子」に、AIで作詞した曲「電☆アドベンチャー」を提供しました。メンバーが描いた絵などからAIが歌詞を作れるようにしました。ただ単語をつないでいくのではなく、できるだけ感性豊かに感じられる歌詞にしたいと思いました。そこで、絵や写真の色合いなどの雰囲気から単語を生成し、その単語を、詩的な文章を学習して構築した生成モデルに基づいて、文章として繋いでいくという方法にしました。
その後も、作詞AIには取り組んでいますが、難しいと感じているのは、一見感性豊かに見える作詞はできても、人が作詞するときに感じるような想いをもって作詞することはAIにはできない、ということです。
今回のオリンピック・パラリンピックの作曲では、どうだったのだろうか、と思いました。小山田氏は、どのような「想い」で、作曲に携わったのでしょうか。障がい者のアスリートの祭典であるパラリンピックに捧げる曲であるということに、気持ちは向けられていたのでしょうか。障がい者を応援する気持ちを持たない人が作った曲は、本当の意味ではパラリンピックにふさわしい曲にはなっていないのではないかと思います。そういう意味でも、小山田氏が携わった部分が削除となったのは当然でしょう。
開会式での作曲は、感情のある人間だからこそできる責任ある素晴らしい仕事です。しかし、こんなことなら、邪心がないAIが機械的に作る楽曲の方が安心かもしれないと思えてしまうことが、残念でなりません。
AIならSNSなどインターネット上に書き込まれたリスクを収集できる
今回の件では、そもそも小山田氏を起用した大会組織委員会の責任も問われています。音楽の能力の方に目が向いて、身辺チェックに気が回らなかったのかもしれませんが、今は、企業の採用人事でもSNSの書き込みをチェックすると言われている時代です。SNSなどインターネット上の情報を分析するAIが、採用人事で活用されたりしているほどです。雑誌の記事がインターネット上に存在するなら、その人物とNGワードが共起する情報を見つけることは難しくないと思います。
採用人事は、最終的には一緒に働く人が、責任をもって判断するものだろうと思いますが、忙しくて手が回らない、気が回らない、というところでこそ、AIが活用されるようになるとよいかと思います。AIがピックアップしてきたリスクのある情報を、人間が精査して、最終判断をすれば、見逃しリスクを減らすことができるでしょう。
前回の予告と違う内容になってしまいましたが、次回も1週間の間に思ったことを綴っていきたいと思います。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。
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