「未明」や「夕方」など、日本語には特定の時間帯を表す言葉が多くある。それらを特に意識せず、日常的に使っている人も多いだろう。その中でも「夜半」は少し特殊で、気象用語で時間を表す言葉として使われていただけでなく、特定の言葉と組み合わせることで俳句や詩歌の季語にもなり、「やはん」「よわ」と読み方もそれぞれ異なる。そこで本記事では、「夜半」が持つさまざまな意味や使い方を詳しく解説する。
「夜半」とはいつを指す言葉?読み方は?
まず、具体的に夜半とは何時頃を指す言葉なのか、また古典で使われる場合の夜半の意味を紹介していく。併せて、場面ごとの読み方の違いについても理解しておこう。
気象用語としての「夜半」とは
以前、夜半は気象用語として天気予報で時間を表す言葉として使われていた。この場合の夜半は「やはん」と読み、表現によって示す時間帯が細かく決まっている。具体的には「夜半」は午前0時の前後30分間、「夜半頃」は午前0時の前後1時間、「夜半前」は午後10時~0時頃、「夜半過ぎ」は午前0時~午前2時頃を指しており、「今日の夜半過ぎから雨が降るでしょう」のように使われていた。なお、現在は日常的に使う機会が減り、こうした表現は用いられなくなっている。
古典で用いられる「夜半」とは
一方、古典作品に登場する古語としての「夜半」の読み方は「よは(よわ)」。古語では、時間の経過は「朝(あさ)→昼(ひる)→夕(ゆふ)」といった昼を中心とした区分と、「夕べ(ゆふべ)→宵(よひ)→夜半(よは)→暁(あかつき)→曙(あけぼの)→朝ぼらけ(あさぼらけ)→朝(あした)」の夜を中心とした区分がある。
「宵」は「日が暮れてすぐの夜の初めごろ」、暁は「夜が明けそうになる頃」を表すため、その間に位置する夜半は「夜が深まってから明け方の少し前くらい」と比較的長い時間帯を指す言葉として用いられていたと推測できる。
「夜半」を使ったさまざまな表現
「夜半」は単に時間帯を表すだけでなく、特定の言葉と組み合わせて季語としても使われるほか、物語のタイトルや歌詞、商品名などにも広く用いられている。ここでは、具体的な例をいくつか紹介しよう。
「夜半の月」は真夜中の美しい月のこと
紫式部の有名な歌に「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」がある。百人一首にも選ばれていることから耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。この歌は、“久しぶりに昔の友人に会えたのに、あなただとわかるかどうかの少しの間で姿が見えなくなってしまった。まるで雲に隠れてしまう夜半の月のように”という意味。月は季節を問わず見られるものだが、「夜半の月」は特に秋の真夜中に見える美しい月を指し、現在でも秋の季語として俳句や詩歌に用いられている。
「夜半」と季節を組み合わせた季語
「夜半」は、四季と組み合わせるとそれぞれの季節の季語にもなり、どの季節かによって表す意味合いが少し異なる。「夜半の春」は、かすかに花の香りが漂い、あたたかな空気が満ちるような穏やかでゆったりとした夜。「夜半の夏」は、昼間の暑さが和らぎ、ついつい夜更かしをして短くなってしまう夜。「夜半の秋」は、空に輝く美しい月や、聞こえてくる虫の声が秋の深まりを感じさせる夜。ちなみに、「夜の秋」という季語もあるが、こちらは夏の季語で、夏の終わり頃のうっすらと秋の気配を感じられる夜のことを指す。「夜半の冬」は、さえざえとした冷気によって空が澄み、星や月が綺麗に見える夜のこと。
古典文学の作品名やさまざまな商品名にも用いられる
「夜半」をタイトルに用いた作品では、平安時代後期に書かれた文学作品『夜半の寝覚(よわのめざめ)』が有名。源氏の太政大臣の姫君の悲恋物語が克明な心理描写と共に綴られた作品で、『源氏物語』の宇治十帖の影響が著しいとされる。今日まで作者は判明していないが、さまざまな文献に残された記述から『更級日記』の作者、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)とする説が有力だ。
京都府宇治市の老舗茶屋、伊藤久右衛門が販売している「夜半のみどり」。これは宇治抹茶チョコレートのお酒で、アルコールが苦手な人でもアイスやミルクと合わせてスイーツ感覚で楽しめる。また、ゲーム機を使わず、任意のシナリオを基にプレイヤー同士が会話を行い物語が進行していくテーブルトークRPG(TRPG)と呼ばれるゲーム形式の中で、特に人気の高いCoC(クトゥルフ神話の世界観を持つシナリオ)用のシナリオタイトルに「夜半の口寄せ」というものがある。
文/oki