思い出の蕎麦屋で食べた『発芽そば』
ゴルフ場へ向かう道中、松山英樹選手が男子ゴルフのメジャー大会のひとつ「マスターズ・トーナメント」で優勝したというビッグニュースが飛び込んできた。日本人、いやアジア人の男子で史上初の快挙だ。ゴルフ仲間の親父たちの目が潤んでいたのを覚えている(笑)。心の底からゴルフを楽しんだその足で、「思い出のお蕎麦屋さんを巡る」という取材のため、長野県へ向かった。
僕がどうしても再訪したかったお店は上田市にある。18年前、映画撮影の合間に訪れた「手打百藝 おお西」。当時は今ほどお蕎麦に貪欲ではなかったのだけれど、そこで食べた『三種そば』のおいしさは強烈に覚えている。
残念ながらこの日は『三種そば』が品切れ。その代わりに、と今回は『発芽そば』をいただいた。
『発芽そば』は、発芽したお蕎麦の実を使って手打ちした、この店独自のお蕎麦だという。
「発芽期に起こる糖化酵素によって甘味が増し、餅のような食感と独特のぬめりが生まれる」と、考案者である大将の大西さんが教えてくれた。
これまでたくさんのお蕎麦屋さんを巡ってきたけれど、初めてインプットされる情報に胸が高鳴った。心して『発芽そば』を食べた瞬間、口の中いっぱいに広がるお蕎麦の甘味や香り、そして旨味! 破壊的なおいしさに取材を忘れてペロリと平らげてしまった。
おいしいお蕎麦を作る秘訣を大将に聞いてまた驚いた。
その秘訣とはズバリ、夜中! 午前1時頃から仕込みを始め、蕎麦の実と対話をする。「この時間じゃないと心を開いてくれない」という。そんな生活を何十年と続け、絶品の蕎麦を打つ大将には頭が下がる。ランチタイムを終え、「これからビール飲んで寝るよ!」とからっとした表情で話す姿が輝いて見えた。
ひとつのことに魅せられ、研鑽を続けられる人は年齢に関係なく輝くんだね! 自分の思考を開くよき旅となった。至高の1杯、ご馳走さまでした。そして松山選手、本当に優勝おめでとうございます。池森の蕎麦の旅はまだ始まったばかり……。
『発芽そば』1650円
手打百藝 おお西
[住]長野県上田市中央4-9-8 [電]0268・24・5381
[休]無休 http://www.ohnishisoba.com/
文/池森秀一
いけもり しゅういち
DEENのヴォーカリスト。1993年に『このまま君だけを奪い去りたい』でデビュー。乾麺蕎麦商品をプロデュースするほか、2020年9月に蕎麦専門YouTubeチャンネル『信州戸隠 池森そば 赤坂店』を開設。芸能界きっての蕎麦好きとして有名。
※「池森秀一の蕎麦ログ」は、雑誌「DIME」で好評連載中。なお、本記事はDIME8月号に掲載されたものです。