台北市に実在した商業施設「中華商場」を舞台に展開する、マジカルな物語を9篇収めた連作短篇集『歩道橋の魔術師』。1台の自転車の行方を追う物語の中で、記憶が記憶を呼び覚まし、人が人をたぐり寄せていくさまを描いて感動的な『自転車泥棒』。この2作で日本でも多くのファンを獲得した台湾の作家・呉明益の『複眼人』は、SDGs(持続可能な開発目標)時代にぴったりなテーマを備えた物語になっています。
ゴミの島で見つけた人間の愚かさと逞しさ
まず登場するのが、架空の島、ワヨワヨ島の少年アトレ。次男は時が満ちると、自分で作った小舟で大海に漕ぎ出し、決して引き返してはならないという掟に従い、アトレは島を出ます。次に現われるのが大学で文学を教えているアリス。デンマーク人の夫トムと10歳の息子トトが登山に行ったきり行方不明となり、絶望から自死することを決めている40代の女性です。彼女がいるのは台湾のH県にある太平洋に面した東海岸。満潮になると玄関近くまで海が押し寄せるため、「海の上の家」と呼ばれる家に住んでいます。
そんなふたりの運命を結びつけるのが、1997年に海洋学者によって発見された〈ゴミの島〉。世界中の廃棄物が吹き寄せられたこのゴミの島は今や2億tの規模にまで巨大化していて、その一部がアリスが住む海岸に衝突することが判明したんです。
ゴミの島に流れ着いて、かつて島を離れて死んだ次男たちの霊に迎えられるアトレ。死のうと決意したその朝に、片方が茶色(山)、片方が青色(海)の目を持つ小猫を保護したアリス。故郷の島にはなかった筆記具を見つけ、自分の体にこれまでに見聞してきたことを絵にして描いていくアトレ。小猫を〈オハヨ〉と名づけ、生きる気力を蘇らせるアリス。
やがてゴミの島が海岸にぶつかることで起きた高波で、アリスの家は半壊。その直前に、あることがきっかけで海に身を投げていたため助かったアリスは、オハヨを見つけるために入っていった山の中で、小猫だけでなく、足を負傷したアトレを発見するんです。
〈これまで我々は発展に伴う代償を貧困地域に押しつけてきた。そして海はついに〝利子〟分の請求書を我々に突きつけてきたのだ〉とあるように、アトレとアリスの物語には、ゴミの島をはじめとする人類による愚行の徴をいくつも見つけることができます。一方で、ワヨワヨ島の神話や、アリスの友人である先住民らが語る昔話を織り込むことで、〈子供たちを未知の世界へ連れてゆける、そして自分よりも年寄りの人々に起こった出来事を、子供たちに伝えることができる〉豊かな物語を生み出してきた人間の叡智も併置。近未来SFの先鋭性と、ファンタジーの寓意性と、今ここにある危機を描く社会批評性を備えた奥行きある物語になっているんです。
タイトルにもある複眼人とは何者なのか。トムとトトはどこに消えてしまったのか。その「?」が少しずつ明らかになっていくミステリアスな展開もあいまって、リーダビリティーも抜群に高い。
呉明益の語り部としての懐の深さに、ただただ脱帽の1作です。
『複眼人』
著/呉 明益 訳/小栗山 智
KADOKAWA 2420円
豊﨑由美
紹介しきれなかったんですが、アリスの友人の先住民やトムといったほかのメインキャストの人生も丁寧に描いていて、それも物語の広がりと奥行きを支えていてすばらしいんです。熱烈推薦!
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文/編集部