未踏の「近所」を旅する醍醐味
間もなく夏の行楽のシーズン。
なのに、あまり遠出する気になれない人も多いのでは?
その理由は、おこもり生活に馴染んでしまったからかもしれないし、マスクをつけて長時間列車に揺られるのが辛いというのもあるかもしれない。あるいは、単に暑いというのもあるだろう。
そんな、「旅行まではする気になれない。でもどこかへ行きたいな」という方におすすめなのが、「ご近所半日旅」だ。
これは、旅行作家・吉田友和さんが名づけた言葉で、著書『ご近所 半日旅 – いちばん気軽な「新しい旅」のスタイル –』(ワニブックスPLUS新書)もある、新しい旅のスタイル。文字どおり、住んでいる地域で完結する旅となり、公共交通機関を利用しても30分以内で行けるところまで。ショッピングや通勤では出合うことがなかったであろう、近場の名所をめぐるというのが、この旅のポイントだ。
住宅街で名所探索を楽しむ
「ご近所で旅」と言われても、ピンとこない人もいるだろう。吉田さんは、自著のなかで地元・世田谷区を旅した実例を挙げているので、紹介しよう。
吉田さんが訪れたのは、世田谷城址公園。城といっても天守閣も何もなく、土塁と空掘がかろうじて往時をしのばせる史跡。コロナ禍の前は国内外を飛び回っていた吉田さんは、存在は知っていてもスルーしていた場所だ。しかし、行ってみて「これが、なかなかよいところだったのだ」と、いい意味で期待を裏切られる。
「そこそこ広い敷地面積を持ち適度に起伏があって、緑にあふれる空間というだけで非日常感を味わえたりする。住宅街の中にあるからこそ、そのありがたみが大きくなるのだとも思った。お城のすぐそばには豪徳寺という有名なお寺がある。こちらも行ったことがなく、今回ついでに立ち寄ってみたのだが、彦根藩主の井伊家の菩提寺だそうで、観光意欲を駆り立てられるスポットだった」(本書より)
住み慣れた自宅から近いがゆえに、「わざわざ行くほどでも…」とか「いつか気が向いたら…」という隠れ名所は、都道府県を問わずいたるところにある。こういうご時世だからこそ、ご近所半日旅デビューする意義はあると、吉田さんは説く。
ご近所名所の探し方
ご近所半日旅は、旅費もさしてかからないから、散歩の延長気分で適当にあちこち行くのもあり…だが、事前に下調べしてだいたいの行き先を定めることがすすめられている。そのためのツールとして、手っ取り早いのがグーグルマップ。具体的な利用法として、吉田さんはこう解説している。
「使い方はシンプルだ。アプリを立ち上げ、現在地、つまり自宅周辺を表示させる。そこから指でグリグリ画面を移動させながら、気になる場所を拡大表示していく。キーワードで検索するのではなく、地図の画像からスポットを割り出していくやり方である。目的がハッキリしているなら検索してもいいが、そうでないならこのほうが視覚的でわかりやすいと思う。
―今日はこっちの方角に行ってみよう。
―この前はあっちに行ったから今度は逆に。
そんな感じで、気分に任せて地図をグリグリする」(本書より)
あるいは、美術館・博物館めぐりに興味があるなど、行ってみたいジャンルが絞れるならキーワード検索が有効だとも。自宅周辺のマップを表示させてから、「美術館」などとキーワードを入れて検索。検索結果のクチコミも確認すると、思わぬ情報があったりする。
さらに、ネットの情報以外で非常に重宝するのは、地元の役所だとも。県庁や市町村役所には観光課の窓口があって、パンフやチラシが置かれている。地元民なら、わざわざ行くことのない貴重な旅のヒントがそこにはある。
役所の観光情報コーナーに並んだ観光資料(写真:世田谷まちなか観光情報コーナー公式サイト)
やってみたら想像以上に楽しい
『ご近所 半日旅』には「レインボーブリッジを歩いて渡る」など、吉田さんが体験したなかでもおすすめの旅程がまとめられている。こちらは首都圏の話で、ちょっと特殊性があるかもしれない。はたして他の地方で、ご近所半日旅は満喫できるものなのか? 筆者(鈴木)が、本書を片手にやってみた。
筆者は2年前に京都市に移住。住んでいるのは、西に金閣寺、東に比叡山、北に上賀茂神社、南に下鴨神社と、4つの世界遺産の中心あたりの住宅街。東京以上に特殊な場所だと突っ込まれそうだが、実は歴史的な神社仏閣を別にすれば、京都はわりと普通感ある都市。観光パンフにある、町屋が居並ぶ中に五重塔が立っているような風情は、ごく一部のエリアにすぎない。そうした場所はあえて避け、自転車で行ける範囲でご近所ツアーにトライ。
まずは、グーグルマップで自宅を中心に拡大し、「古民家カフェ」で検索。いつもは某有名カフェチェーン店でノマドワークばかりだが、本当は古民家カフェに行ってみたかったからだ。検索結果で一番近いのは「さろん淳平」。築90年の京町家を改装して10年ほど前にオープンしたとある。そういえば、何度か通りがかったことがあるが、入ろうとまでは思わなかった。
まずはここへ行く。あとは流れで。吉田さんは、ご近所半日旅の「心得七箇条」というのを記しており、その中の一つに「予定は決めすぎない方がいい」とある。それに従ったわけだ。なぜこんな心得があるのかと言えば、「予定調和な旅よりも、偶発的な要素に翻弄されるぐらいのほうが、結果的に思い出に残りやすい」だそうで。
さろん淳平は、交通量の多い北大路通り沿いにあった。人も車も行きかうなか、ここだけがひっそりとした佇まいを見せる。内部もいかにも古民家風でよろし。大きな掘りごたつの相席でカフェオレを注文し、しばらく過ごす。ノートパソコンを持ち込まないでカフェに入ったのは、どれぐらいぶりだろうなどと考えながら。
吉田さんの心得七箇条には「スマホをうまく活用せよ」というのもある。「予定は決めすぎない方がいい」と相反する感じがあるが、この場合のスマホ活用とは、街歩きしながらグーグルマップとずっとにらめっこを意味しない。あくまでも、「探し物をみつけるための、とっかかり」としての活用だ。
「『ちょっと甘いものが食べたいな』
たとえば、街歩きの最中、そんな衝動に駆られたときに地図を起動する。近くに美味しい店がないか探すためだ。最近は「たい焼き」「クレープ」など、具体的な名前を入れて検索することも増えた」(本書より)
では…と、この界隈で「和菓子」で検索したら何が出てくる? 10件近くもヒットし、そのなかには全国的に有名な和菓子店もあった。が、ここはあえて行かず、地域密着な感じの「加茂みたらし茶屋」へ向かう。
ところで、「みたらし」を漢字で書くと「御手洗」になる(「おてあらい」と読めばトイレだが)。神社の境内を流れる川を指し、参拝者が手を清めるために使うところ…とまでは知識としてある。屋号にこの言葉が入っているのは、近くに下鴨神社があるからだろうと考えつつ、店に入って情報を深堀りすると、なんとここは「みたらし団子発祥の地」だという。なんでも、下鴨神社の御手洗祭の際に、神前に供えるために作られた団子がもとになっているそうで、京都府外の観光客に人気のスポットでもあった。灯台下暗しで、地元に住んでいるとわからないものだ。
また、店に接して奥まったところに、鬼子母善神を祀る小さな社(やしろ)が。この通りは、数十回は通行人として通り過ぎたのに、はじめてその存在に気づく。信心深いほうではないが、何か得した気分がした。
このあとの旅程は割愛するが、こんな感じで小さな驚きの発見が続いた。正直な感想として、ご近所半日旅は想像以上に面白い。出かけたい気持ちはあっても遠出が億劫なときは、チャレンジしてみてはいかがだろうか。
吉田友和さん プロフィール
1976年千葉県生まれ。旅行作家。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行ながら夫婦で世界一周を敢行。その後、旅行作家として本格的に活動を開始。ここ数年は、“半日旅”にも力を入れている。自身をモデルとし、滝藤賢一主演でドラマ化もされた『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬舎文庫)など著書多数。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)