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17歳で高校を中退したお笑い芸人・紺野ぶるまが語る「仕事がしんどい時の乗り越え方」

2021.07.17

腐った蜜柑“が芸人になった話

仕事をしていると、乗り越えられそうにない壁につきあたったり、理不尽な目にあったりして、「自分にこの仕事は向いていないのでは」と迷うこともある。そんな時にぜひ読んでみていただきたい本が、お笑い芸人・紺野ぶるまさんが自身の半生を綴った「中退女子の生き方~腐った蜜柑が芸人になった話~(以下「中退女子の生き方」)」だ。


2021527日に発売されたお笑い芸人・紺野ぶるまさんの自伝エッセイ「中退女子の生き方~腐った蜜柑が芸人になった話~」(紺野ぶるま著/廣済堂出版)

紺野さんといえば、「カワイすぎる女芸人」と評されるルックスとは裏腹の、どんなお題でもすべて「ちんこ」で解く”ちんこ謎かけ”や、毒舌の怪しい占い師などのネタが有名。下ネタが多いため地上波のゴールデンタイムではなかなか活躍しにくい芸風だが、2年連続で『R-1ぐらんぷり』の決勝進出、『女芸人No.1決定戦THE W』では3年連続で決勝進出するなど、その実力が知られている芸人だ。

 この本の前半では、厳しい校則に縛られることを嫌った紺野さんが高校を飛び出し、いくつもの怪しいモデル事務所に騙された後、お笑い芸人を目指すまでの話。後半は、厳しいお笑い界で何度も挫折を乗り越えてきた紺野さん独特の思考法が紹介されている。


▲紺野ぶるまさん。1986年生まれで現在34歳。17歳で高校を中退(後に通信教育で高校卒業資格取得)。21歳で松竹芸能に所属しお笑い芸人の道に進む。2017年から2年連続で『R-1ぐらんぷり』の決勝に進出し、『女芸人No.1決定戦THE W』では2017年から3年連続で決勝進出する実力派。著書に「下ネタ論」(竹書房)がある

 ■渋谷のド真ん中で絶望した

この本は、「もうお母さんと一緒に死のう」という、母親の衝撃的なセリフから始まる。紺野さんが高校退学を校長先生に言い渡された夜、母親はうつろな目でこう告げたという。 

高校から退学を言い渡された原因は、素行不良。当時全盛だったギャル文化に触発され、髪を金色に染め肌を黒く焼き、奇抜なファッションで夜の街を徘徊するようになり、学校ではまともに起きていられなかった。

「夜の街で出会った高校を中退している人はみんな、自由で楽しそうで大人でキラキラ輝いて見えていました。それに比べて校則に縛られている自分がダサく思え、自分を縛るもの全てが憎かったんです」(紺野さん)。


▲高校を中退した17歳の頃の紺野さん

だが退学を言い渡され、晴れて自由の身になると、見えていた風景はガラリと変わる。もうどんな奇抜な恰好をしても、驚いてくれる同級生はいない。輝いて見えていた中退者も、同じ立場になって見ると誰もが生活の苦労に追われていて、口を揃えて「学校に行っとけばよかった」と後悔していた。

「学校という枠から出ると、自分には何もなかった。ひとりで過ごす日中は無音だ。渋谷のド真ん中で絶望した」(第1章 「中退なくしては更生できなかった」より)

■「お笑い 養成所」で検索し、松竹芸能養成所へ 

その後居場所を求めてモデルを目指すも、いくつもの怪しいモデル事務所から “レッスン料”と称して合計100万円以上も騙し取られ、ようやく目が覚める。 

夢を失ったことと持病の悪化が重なり、ひきこもりのようになって家でテレビを見ていた時に目にしたのが、くまだまさしさんと鈴木Q太郎さんの「ブルマパーティー」というネタ。息をすると伸びるおもちゃを頭に2本つけ、息をとめて2人でひとつのブルマを履く、というだけのネタだが、どんなに一生懸命やっても息がもれ、おもちゃが伸びてピカチュウになってしまう。 

「あまりの衝撃に私は息をすることも忘れて笑い続け、心の底から、『こんな大人になりたい!』と渇望した」(第2章 「芸人になりたい」より)

親が共働きのためテレビっ子で、お笑い番組好きだったため、漠然とお笑いの世界に憧れていた。でも当時はまだ女性芸人も少なく、自分が芸人になるという選択肢は全く見えていなかった。しかしこのネタを見た瞬間に、「お笑い芸人になりたい」という想いがあふれて止まらなくなり、すぐさまネットで「お笑い 養成所」を検索し、松竹芸能の養成所に入所する。怪しいモデル事務所に騙されてばかりいたので、松竹芸能の養成所の授業料は「安い」と感じたという。


▲2019年6月には「しくじり先生 俺みたいになるな!!」に出演。最後にお笑い芸人になるきっかけとなったくまだまさしさんが登場し、感激の対面。「粋なスタッフさんにもブルマ1000枚分の感謝です」(紺野ぶるま公式Instagramより)

■永遠に続いて欲しかった高校の休み時間を、仕事にできる

 「学生時代、友達と休み時間にお腹が痛くなるまで笑って、『やめて、これ以上笑わせないで!』って息もたえだえに言って、この時間がずっと続けばいいと思っていたのを思い出しました。大人になるということは、そういう時間を削って働き続けることだと思っていたんですが、ブルマパーティーのネタを見て、あの時間を仕事にできるんだ!こういう風に生きるという選択肢もあるんだ!ということに突然、気がついたんです。」(紺野さん)

もし普通に高校を卒業し、そこそこの仕事に就けていたら、その選択肢は見えないままだっただろうと紺野さんは語る。自分の所属する場所を失い、生き方を必死で探していたからこそ、自分が本当に求めていた道がくっきりと見えたのだ。

「できるできないは頭になく、『こういう風に生きたい』という想いだけ。たとえ売れなかったとしても、この時間が長く続けば、それだけで幸せだと思えたんです」(紺野さん)

そんな紺野さんだが、20代のうちはなかなか芽が出ず、31歳の時の『R-1ぐらんぷり』決勝進出まで、下積みが長く続いた。以下、その下積み生活の中で紺野さんが得た教訓を紹介する。


2017年に行われた単独ライブ「紺野ぶるま学園」のチラシ。あえてAV風に作っているという 

■ぶるま語録①「理不尽なことは、ゲーム画面横でこかれる屁」

養成所に入って1年半後に松竹芸能所属となるが、当然のことながら、所属しただけではお笑いの仕事があるはずもない。

「『芸人』」と名乗るだけで面白いことがひとつもできないフリーターなんて、『うんち』同然に扱われる」

「毎度『うんちと喋るのやだなあ』感を出されながら、指示を出される」(「第2章 芸人になりたい」より) 

セクハラはあたりまえで、「売れてないと人権すらも失うのか」と思う理不尽なことも山ほどあった。だが紺野さんは本の中でこう語っている。

「理不尽なことって、テレビゲームをしているときに画面横でこかれる屁みたいなものだ。(中略)その屁はどんなに臭かろうと所詮、画面の中に入って来れないのだ。息をとめて、手元と画面に集中していたら、自分のゲームは確実に先に進んでいく」

「たとえ出番寸前の袖でなにか意地悪をいわれたとしても、ネタ持ち時間の3分間は誰にも邪魔できない。そこに全力を注げば、確実に人生は前進していく」(第2章「芸人になりたい」より)

■ぶるま語録②向き不向きを他者に判断させてはいけない

紺野さんはデビューしてからずっと「芸人に向いていない」と言われ続けた。今でもそう言われることがあるという。憧れていた有名な作家さんにそう断言された時はかなり落ち込み、一時は出る側ではなくネタを書く作家を目指したほうがいいのかと悩んだこともある。

だが周囲の「芸人はこうあるべき」という無意味なことにこだわる人たちを見て、「それのどこが売れることにつながるんだろう」という根本的な疑問を抱くようになる。

「『っぽい』だけで、全部間違えているこの人たちが向いていて、自分が向いてないってことあるんかいな?と悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなってしまい、『っぽさ』に欠ける自分に引け目を感じることも次第になくなっていった」(第2章「芸人になりたい」より)

29歳の頃、生活苦に耐えられなくなり「普通の生活のほうがラクなのでは」と芸人をやめることを真剣に考えたこともあった。だが「お笑いをやめたら、生きていけない」ことに気づく。そして、向き不向きは他人からどう見えるかではなく、思いの強さではないかと考えるようになる。

「“お笑いに向いている人”は何人も思いつくけれど、その人たちに対しても、お笑いが好きで、お笑いができなかったら生きていけないという気持ちは負けないつもり。人からどう見えるかなんて向き不向きに関係ないし、ましてやそういう言葉で自分の夢を手放すなんて、本当に無意味だと思います」(紺野さん)。

■ぶるま語録③人は折れたままでもいいから前に進むことで立ち直る

2017年から、念願の「R-1」決勝進出を連続で果たすことができるようになった。しかし「決勝進出」までしかイメトレしていなかったこともあり、決勝で委縮してしまい散々な結果に終わる。立ち直ることができないほど落ち込むが、すぐ後にデビュー10周年記念の単独ライブが迫っていたので、落ち込みながらもそのネタを作らなければならなかった。無我夢中で単独ライブを終わらせた時、なんとか立ち直っている自分を発見したという。

「人は立ち直るから前に進めるのではなく、折れたままでもいいから前に進むことで立ち直るのだと知った。“最中”に中折れしてもとりあえず、続行してたらまたギンギンになるみたいに」(第3章「R-1に教えてもらったこと」より)


▲紺野ぶるま10周年記念単独ライブ「新妻、お貸しします。~90分ぽっきし 3000円~」のチラシもアダルトDVD 

■ぶるま語録④「知っていること至上主義」で生きていけば、負けてる人間だって特別になれる

2017年から3年連続で『女芸人No.1決定戦THE W』の決勝進出を果たすが、決勝では3年連続で0点。3回目に0点を取った時はもう何が悪いのか、どうしたらいいのかもわからず、自分の体では受け止めきれないほど落ち込んだ。

どうしたらラクになれるのか、誰に言えばわかってもらえるのか。誰にもわかるはずがない。3回連続で0点をとるなんて、自分しか経験していないのだから。そう思った時、「この自分の気持ちは、優勝した人は味わっていない」「この恥ずかしさ、口惜しさ、情けなさは誰にも奪われない、自分だけの財産」だと気づく。

「他の芸人はもとい、優勝者だって知らない。この汚いスエットを着て狭いアパートでうずくまる私の中に、そんなお宝が隠されているんだ。これこそが一生懸命戦った証であり勲章である。これを大事に隠すも、本に書いたりトークで活かすも自分で決められる。なんだ、意外に悪くない」

「いつか勝つことがあっても捨てたりしない。どの本を開いても載っていない私だけの知識」(第3章「R-1に教えてもらったこと」より)

■ぶるま語録⑤「アイディアは盗まれてナンボ」 

競争が激しいお笑い界では、時にネタの奪い合いもある。

「ネタとは、自分の人生を切り取って、汗と涙の結晶でできた奇蹟。それを横取りするなんて」(第3章「R-1に教えてもらったこと」より)

しかしいろいろな葛藤を経て、今は、「こいつ、パクったな」と思っても、見逃し、許すのが吉だと考えている。なぜならアイディアは陳列されたお店の商品と一緒で、出ていくとスペースが空き、新商品が入ってくる仕組みになっているからだと言う。

「勇気を持って、くれてやる。すると途端に新たなアイディアが降ってくる。それこそが、これまでのものとは比べものにならないくらいオリジナリティーのあるものになるのだから、むしろ盗んでくれてありがとうと感謝したくなる。1個くらい盗まれたって、へっちゃら。むしろ、アイディアは盗まれてナンボ‼鬼吉!(←これよかったら誰かに差し上げます)」(第3章「R-1に教えてもらったこと」より)

■ぶるま語録⑥「自分で自分を“啓”する」

「私の人格は自己啓発本で形成されている」というほど自己啓発本好きの紺野さん。高校を中退した時は、学歴がなくても幸せになっている人の本を読んで何度も救われたし、多くのことを自己啓発本で学んだと語る。この本の最終章には、そんな紺野さんおすすめの自己啓発本がリストアップされている。

「啓」に元気をもらったように、自分も誰かを「啓」できるような本を書きたい、と高校を中退した後からずっと思っていたという紺野さん。この本を書き上げた今は、ずっと後悔し続けた高校中退をやっと、自分にとって意味のあることだったと思えるようになったという。どんな失敗にも、意味がある――そう教えてくれる紺野さんの「啓」は、思うようにいかない人生でしんどい思いをしている人を、きっと勇気づけてくれるはずだ。


▲紺野ぶるまさんのYouTubeチャンネル「【紺野ぶるま】ち◯こ謎かけ〜2020ver〜(https://www.youtube.com/watch?v=8vx-S_IMfBQ)」 

取材・文/桑原恵美子

取材協力/廣済堂出版 松竹芸能

編集/inox.

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