
四字熟語やことわざには、一見しただけではなかなか意味を想像しにくいものがある。昔話のタイトルにもなっている「鰯の頭も信心から(読み方:いわしのあたまもしんじんから)」もそんなことわざの一つだ。「鰯の頭」と「信心」は直接関連がある言葉ではないため、どんな時に使うのか知らない人も多いのではないだろうか。そこで本記事では、「鰯の頭も信心から」の由来や意味、似ている表現などを詳しく解説する。この機会にぜひ正しい意味を覚えておこう。
「鰯の頭も信心から」とはどんな意味のことわざ?どんな由来がある?
まず、「鰯の頭は信心から」の意味や、なぜ「鰯の頭」が信心に繋がるのかについて深く掘り下げてみよう。実は、かつて行われていたある風習と大きな関わりがある。
どんなものでも、信じる人にとっては価値があるという意味を持つ
「鰯の頭も信心から」とは、「鰯の頭も、信じている人にとってはありがたいものだ」という意味。この場合の鰯の頭は“取るに足らない、つまらないもの”を表しており、「信心から」は言い換えると「信心次第」。つまり、「例えどんなものでも、信心次第で価値があるように思えること」を意味することわざ。
皮肉やからかいの意味でも用いられる
このことわざは、第三者から見れば価値がないと思えるものでも信じている者には崇める対象になり得るといった信仰心を表すほか、何か一つの物事をかたくなに信じて意見を曲げない人を揶揄する時にも使われる。あまりいい意味で使われることはないため、使用する際には注意しよう。
節分にちなんだある風習が由来
先述の通り、このことわざの「鰯の頭」は“つまらないもの”を表しているが、なぜ鰯の頭なのかは節分に行われる風習と関係がある。節分は季節の変わり目である立春の前日にあたり、新しい季節に向けて、邪気や厄を払うためにさまざまな習わしがあった。豆まきなどは今でも節分の行事として一般的だが、これは本来、病気や厄災を鬼に見立て、家から追い出すことで邪気を払うといった意味で行われたものだった。
そうした節分の風習の一つが、「柊鰯(ひいらぎいわし)」と呼ばれる飾りだ。柊の小枝と焼いた鰯の頭を玄関や門の外に飾るもので、今でも日本各地に広く見られる。柊の葉には鋭い棘があり、鬼の目を指すので門から中に入ってこられない。そこに鰯の頭を組み合わせる理由は、「鰯を焼く時の煙や臭気を鬼は嫌がるため」と、反対に「鬼の好きな鰯の臭いで鬼を誘い、柊で目を刺す」の2つの説がある。いずれにせよ、この「柊鰯」の飾りが、「鰯の頭も信心から」の由来だと言われている。
「鰯の頭も信心から」の類語と例文
ここからは、「鰯の頭も信心から」と似た意味を持つ言葉、例文を紹介する。違った角度から言葉を知ると、知識の幅がグッと広がるはず。ぜひチェックしてみてほしい。
似た意味を持つ言葉
・白紙も信心から
「白紙も信心から」は、鰯の頭の代わりに白紙を“つまらないもの”とすることわざで、意味はほぼ同じ。「白紙も信心次第」と言う場合もある。
・竹箒も五百羅漢(たけぼうきもごひゃくらかん)
五百羅漢とは、釈迦の死後に各地から終結したとされる500人の阿羅漢(あらかん)のこと。阿羅漢は供養と尊敬に値する聖者や僧侶を指しており、つまりただの竹箒も信仰心があれば500人もの偉大な聖者に思える、との意味。
「鰯の頭も信心から」を使った例文
「鰯の頭も信心からと言うが、そんな占いばかりに頼っていては君のためにならないと思うよ」
「彼は、試験に受かりたい一心であらゆるお守りを買いあさっている。まさに、鰯の頭も信心からだ。そんなことより勉強を頑張った方がいいと思うのだが」
「鰯の頭も信心から」を英語ではどう表す?
「鰯の頭も信心から」の英語表現にはいくつかパターンがある。例えば、「鰯」を意味する「sardine」を使う場合、「The head of a sardine can be great if you believe it(鰯の頭も信じれば素晴らしいものとなる)」がもとの意味に近い。他に、「faith can make a sardine sacred」も使える表現。「faith」は「信仰」、「sacred」は「神聖な、神聖視された」と訳され、この場合は「信仰は鰯を神聖なものにできる」といった意味になる。
厳密には少し異なるが、「Miracles happen to those who belive in them(奇跡はそれを信じるものに起こる)」も近い意味の言葉。ちなみに、中国語(中文)では「精诚所至金石为开,心诚则灵」と表す。
文/oki