Shamima Begum©TheReturnLife After ISIS 2020
■連載/Londonトレンド通信
6月にイギリス中部の都市シェフィールドで開催された第28回シェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭で、アルバ・ソットラ監督『The Return: Life After ISIS』が上映された。自ら望んでイスラム国に向かった女性たち、いわゆる“ISISの花嫁”を撮ったドキュメンタリーだ。
イスラム国のプロパガンダ映像に、ムスリム理想の地を見たというシャミマ・べガムは、「フェイク・ニュースと事実の区別がつかなかった。私はまだ14歳でした」とイスラム国に入る決意をした頃を語る。
イギリス生まれでバングラデシュ人の血を引くシャミマは、2015年、友人2人とイギリスからイスラム国に向かった。3人組なのと当時15歳という若さが、センセーショナルに報じられた。
オランダからイスラム国に来た男性の妻となったシャミマは、3人の子をなすも、3人とも亡くし、夫はシリア戦士に連れ去られた。
シャミマが今いるのは、仮収容所となっている北シリアのロジ・キャンプだ。約60か国からイスラム国に入った女性とその子供たち約1500人が暮らす。
workshop©TheReturnLife After ISIS 2020
アメリカ生まれのイエメン人であるホダ・ムサナは、「洗脳されていることは、そこから抜け出すまで気づけない」として、「この酷い暮らしを、ずっと後悔し続けるでしょう。消してしまえたらと思います」と語る。
ホダは「学校では友達もそれほどできず、痛々しいほど内気」な生徒だったと言い、「アメリカで生まれ育っても、先に待っているのは親の望むアレンジ・マリッジ」で、将来に何の希望も持てなかったとしている。
Hoda©TheReturnLife After ISIS 2020
家での自分を「黒い羊」というシャミマも同様で、故国で居場所が見つけられず、イスラム国にそれを求めた。だが、イスラム国もまたパラダイスではなかった。
映画には、「美人だから高いよ」など戯れのように女性を売り買いする、肩に銃を下げた男たちの様子や、夫が亡くなると、すぐ次の結婚を組まれた女性の話もある。
キャンプにいる女性たちは、夢から覚めた状態だ。居心地の悪い家だったというシャミマでさえ、「母のそばで安全だった」と振り返る。シャミマは、故国に戻ることを願っている。
イギリスでの市民権を剥奪されたシャミマは、不服として法廷で争うことを選ぶも、彼女の入国が「国家の安全面で甚大なリスクとなりうる」として、政府による入国拒否を認める判決が最高裁で下った。ほかにも帰国を目指す女性たちは、それぞれ係争中だ。
上映とは別に、討論会も開催され、ソットラ監督のほか、関係者、ジャーナリストらがそれぞれの見解を示した。
BBCのジャーナリスト、ジョシュ・ベーカーは、イスラム国の信条に染まった女性たちを危険視した。それに対し、人権活動団体Reprieve代表マヤ・フォアは、「イスラム国に惹かれる若者が、世界中に大勢いる現実があります。そこを考慮し、注意深く発言しなくてはなりません」と、強硬姿勢で対立を深め、結果的にそういう若者をますますイスラム国に追いやることを、警戒するふうだった。
この映画は、映画祭終了後、イギリスでは有料チャンネルでテレビ放映された。様々な意見が出たが、この女性たちにセカンド・チャンスを与えるべきか否か、答えるのは簡単ではない。
そういうジレンマを個人の中で抱えるのが、映画中でキーパーソンとなるセヴィナだ。女性の人権を守る活動家としてキャンプで働くセヴィナは、クルド人だ。イスラム国の攻撃を受ける民族として、セヴィナの父親は娘の活動を快く思っていない。
セヴィナも、自分の思いを殺して、キャンプで働いているわけではない。オランダからイスラム国に来たキンバリーとのシーンは印象的だ。
「わたしは誰も傷つけていないし、殺してもいないわ」と言うキンバリーに、セヴィナは「でも、あたなの夫は、わたしのいとこ、隣人、先生か友人を殺したかもしれない」と冷静な口調で返した後、少しきつめに「こういうことがあると、わたしがこれをすべきなのか、家に帰ってはいけないのか、ここでやることなどないと、ほんとうに思うわ」と続け、キンバリーは黙る。
それでも、セヴィナはキャンプで女性と子供たちのために働き続けている。
Sevinaz©TheReturnLife After ISIS 2020
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com