800円カットの取材拒否の理髪店は人の温かさに触れあえる空間だった!
東京メトロ銀座線の地下改札を出てすぐ左。その商店街は独特な威圧感ながら快く出迎えてくれる。50年の歴史を誇る(らしい)台東区浅草の「浅草地下商店街」。噂では戦後東京で最古の地下商店街だとか。
その雰囲気、空気感たるやまさに異世界。地上に出れば近くに雷門、浅草寺という賑やかな世界的観光地が存在しているが、実はその下にはレトロを超えた素敵な異様が広がっていた。
一見さんお断りみたいな雰囲気
こういう雰囲気の場所には絶対、占いの館がある
天井にはむき出しの配管、左右に並ぶ統一感のない店の数々。そんな中、デフレの優等生と称された1000円カットを超える「800円カット」の理髪店が浅草の地下で一際輝いていた。
「800円」を強くアピールするヘアーカット専門店。一流技術者によるカット+エリ剃り+仕上げという内容だけは理解出来るがそれ以上の情報は無い。そして入口前には、
カットセブンという店名らしき看板と、
「女性はショートのみ」「子供は四年生以上受付」との文字
「お気軽に」が逆に不安を煽る
実はこの理髪店、筆者はずっと気になっていた。浅草に住んで約10年。駅を使う度に視界に入り「どんなお客さんが居るのか?」「一流技術者とは?」「店の中はどうなっているのか?」と日々蓄積するギモンと謎で頭が埋め尽くされていた。
その我慢と不満と疑問が10年の時を経て爆発しそうになったので、今回、勇気を振り絞り、突入することを決意。半年間放置したボッサボサな長い髪を引っさげ、800 円で人生がどう変わるのかを確かめてみようと思った。その全貌を皆さんにも共有して頂けたら幸い。800円で出会える幸せ、800円で頂けるやさしさ、800円で知る日本の未来をご堪能頂ければと思う。
ということで、カット前の髪型がコチラ。
果たしてこれがどう変わるのか?早速、店内へ。
こじんまりとした店内には横並びに3席。それぞれの席を担当する理容師さんがいるらしく、普段は3人体制らしいがこの日は一人がお休みで男性のご主人と女性理容師さんの2人で切り盛りしていた。常連客らしい年配の方のカットが早々に終了するとご主人から促され1番の席へ。
※ここからはご主人と筆者のリアルな会話をお楽しみ下さい。
ご主人「どうしましょうか?」
筆者「全体的にさっぱりしたいんですが、横は耳にちょっとかかる感じで前髪も眉が出る程度でお願いします」
ご主人「わかりました」
「わかりました」からの動きがとにかく速い。はさみとバリカンを交互に操り、一切の躊躇なく華麗に散髪していく。動きに無駄が無い。たまに不安になるけどそんな不安を吹き飛ばすような速さと潔さでカットが進んでいく。
ーーすみません、私、@DIMEのライターなんですが、取材は可能ですか?
「ヘンなサイトではないですよね?(笑)。基本的に取材は全部断ってるんですよ。NHKや民放からしょっちゅう連絡が来るんですけど、TV関係は全部断ってて。でもネットと仰ったのでそれぐらいならいいかなと。でも顔は映らないようにしてね」
ありがたい。落ち着いたトーンで話す、朴訥なご主人の優しさを感じた。名前公表はNGだったが年齢はOKとのことで、58歳。年齢を感じさせない凛とした姿の紳士だ。
ーーお店はいつから?
「16年前にこの場所で始めました。オープン当初は700円だったんですけどね。一昨年でしたっけ?消費税が10%になったのは(実際は2019年10月)。その時に仕方なく800円に値上げしたんです。5%から8%になった時も上げなかったんですけどさすがに10%は厳しくて」
看板には「700円」の名残が
それでも800円は格安!
ーーお客さんは一日に何人ぐらい?
「今は20〜30人かな。コロナの影響が大きくて営業的にはちょっと厳しい状況ですね。この料金だからねぇ。家族も養わなければならないし正直大変ですよ」
「でも料金を上げるつもりはないんです。値上げしたら他と一緒になっちゃうからね。1000円でお釣りが来るのがポリシー。というかもう意地ですよね(笑)」
コロナは浅草の地下にまで大きな影響を及ぼしていた。地元で暮らす年配の常連客をはじめ、多くの人に愛されている格安理髪店が苦境に屈すること無く、意地とプライドで立ち向かおうとしていた。
ーー若いお客さんも来ますか?
「来ますよ。たまに変わったヘアスタイルを注文されることがあるのでそれは困るけど。バリカンで線を入れてくれとか左右で違うスタイルにしてとか。できそうなことはやるけど難しかったり時間がかかりそうな注文は全部断っちゃう(笑)。あとは女性のロングもお断りしてます。どうしても時間がかかってしまうので」
テンポの良い会話と共に凄まじい速さでカットをしていく。するとご主人からこんな質問が。
ご主人「結構、髪が長いですがずいぶん伸ばしてました?」
筆者「半年ぐらいですかね」
ご主人「切る前の風貌がかなり怪しかったんでね(笑)。そんな人に取材とか言われたから大丈夫かなと最初は思いましたよ。最近詐欺とか多いから。やっぱり第一印象は大切ですよね」
筆者「すいません。一応、髪を切る為に伸ばしておいた方がいいかなと思って……」
ご主人「あはは。でも限度があるよね(笑)」
仰る通り。そんな痛いところを付いてくる優しいご主人とお話をしながら約12分でカット終了。最後は掃除機のようなもので細かい髪の毛を吸い取ってフィニッシュ。
席を立ち、お金を払おうとするとご主人が一言。
「これ。写真撮らなくていいんですか?」
ん?
何かと思いきや、カットした僕の大量の髪の毛をわざわざ集めてくれていた。こんなに気が利く理髪店は初めて。
取材が嫌いなはずなのにご主人はとても丁寧に接してくれた。そして相手のことを思いやる気持ち、やさしさに溢れていた。いきなり訪れたワケの分からない奴に擦り寄るメリットなんて普通は無い。でもご主人は寄り添ってくれた。感謝しかない。
店内に居たお客さんも去り、ご主人の手が空いたところで名刺を差し出すと裏に印刷された我が愛猫に目を止め、女性理容師の方と一緒に話しが盛り上がった。
「目の色がキレイね。それとあなたに似てるわね」と女性理容師の方が僕に言った。少しだけ照れながらお礼を述べる。そんな2人に改めて感謝し、店を後にしようとすると「また切りに来てください」とご主人から温かい言葉を頂戴し、丁寧にお見送りしていただいた。
人情味のある空間だった。喋り方にも料金にも思いやりとやさしさが溢れていた。下町ならではのあたたかみかもしれないが、そんな陳腐な人情とは思いたくないほどの温かさを感じた。
また、切りに行こう。800円で単なる散髪だけでない最高の優しさと触れ合える。
カット後の写真がコチラ。
この夏、前髪は切り過ぎぐらいが丁度いい。
※「カットセブン」朝9時40〜18時半まで営業中。HPなどは無いので詳しくは、現地にてご自身で確かめて下さい。
取材・文/太田ポーシャ