人生を変えたミニマリストへの方針転換
「ミニマリストの貯蓄」と聞いても、ピンとこないが、なんとなく「多くはないのだろうな」というイメージが先立つ。
そんな先入観をくつがえしてくれるのが、森秋子さん。
ミニマリストという肩書で複数の著作のある森さんは、『ミニマリスト、41歳で4000万円貯める そのきっかけはシンプルに暮らすことでした。』(KADOKAWA)の中で、タイトルどおり、定期預金が4000万円あると記している。
これには種も仕掛けもなくて、毎月の収入から引いてコツコツ貯めてきたという。
森さん夫妻の年収は明かされていないが、資産家の親がいるとか、給料の高い上場企業に勤めているとか、人がうらやむほどの裕福な家庭ではなさそうだ。実際、20代の頃は、お金のことで悩みがつきなかったという。30代で始めたミニマリストという生き方も、「本当にこうするしかない、とうくらい追い詰められて生活のかじを切ったのが正直なところです」と打ち明ける。
しかし、このライフスタイルは、お金の考え方・使い方も劇的に変えてしまうとともに、幸福度がはるかに高まったという。
本書には、そんなミニマリスト流のお金との賢い付き合い方が詰まっていて、ミニマリストではなくとも、学ぶものは大きい。
そのエッセンスをいくつか紹介しよう。
お買い得の食材に飛びつかない
節約しているつもりなのに、食材についてはなぜかルーズになり、食べきれず廃棄する。この負のパターンに陥っている人は少なくない。
その理由の1つとして「これを食べなければ」(あるいは「食べさせてはいけない」)といった義務感・使命感の存在を、森さんは指摘する。これには森さんも一時期悩んだという。その頃は、子どもに「手づくりのものを食べさせなくては」「できるだけお菓子は食べさせないように」と気を配りすぎて、神経をすり減すほどだったと述懐する。
もう1つが、「お買い得」の食材。見たら買わずにはいられない、誰もが日常的に経験するパターンだ。買ってしまってから、実は必要のない食材だったと気づいても後の祭り。
こうしたことが起きるのは、「不安」があるからだと、森さんは指摘する。例えばお買い得食材に飛びつくのは、「買わないと損」という気持ちの表れだが、そこに不安が潜んでいるという。
その不安を防ぐ一つの方法として、森さんは「リストアップ」を挙げる。
例えば日常の買い物であれば、セールのチラシやネットの広告を見ずに、頭に浮かんだ欲しいものをリストアップします。「夕飯で食べる卵と鶏肉、朝食用のリンゴ、猫の餌、夜に飲むカフェインレスのコーヒー」などなど。おそらく、そんなにたくさんは思い浮かばないはずです。そして、そのリストを持って買い物に行きます。(本書より)
リスト内にないものは、今は買う必要がないものと割り切る。そうすれば、「お買い得」シールの貼られた食材に迷うこともないし、このほうが「満足感と安心感」を得られるという。
そして、もう一つの方法が「何も買わない日」を設ける。そう決めた日は、買い物をしないで、今ストックしてある食材のみでやりくりするというものだ。
さらに、「これを食べなければ」「これは食べてはいけない」という不安心理については、あえて「好きなときに好きなものを食べてみる」ことがすすめられている。これは、変な義務感から解放され、食生活の楽しさを取り戻す近道になる。
「お買い得」食材に飛びつくのは「買わないと損」という不安から(写真はイメージです)
家計はざっくり管理のほうがうまくいく
ミニマリストにして貯蓄4000万円と聞けば、家計管理も相当細かく続けているのだろうと思ってしまう。
ところが、森さんの家計管理はざっくり型。「暮らしの土台に必要な固定費を把握する」だけだという。細かい収支を帳簿につけるのは、手間暇がもったいないというのがあるそうで、ゆるい家計を回すほうが「想定外の出来事にも対応」できるメリットも挙げる。
一方で、クレジットカードは使わない派。上の言及とは真逆に思えるが、なんでもカード払いで済ますのは、以下の問題があると指摘する。
カードで「今すぐ」そして「簡単」に買い物ができるのは便利でありがたいな、とつくづく実感します。けれど、カードの簡単後払いは、お金の収支関係を見えにくくします。お金を使っている感覚もあいまいになり、どれだけ使っているか、まめな人でないと把握しづらいのではないでしょうか。(本書より)
だから、森さんの支払い形態は、ほぼ現金決済か口座引き落とし。欲しいものがあっても、所持金が足りなければ、ATMでおろすしかない。しかし、この面倒くささが「浪費から私を守って」くれる。
もっとも森さんは、今すぐクレジットカードを解約することをすすめているわけではない。まずは、週末だけ、1週間だけというふうに、カードを財布から抜いて外出。この「トレーニング」を続けるうち、浪費をしなくなる体質に変わっていけるそうだ。
週末のクレジットカード絶ちからはじめよう(写真はイメージです)
コロナ禍も老後も乗り越えるために
実は森さんも、コロナ禍とは無縁ではなかった。
週2回の契約で勤務していた会社は、1か月の無給休職となる。そのままリストラされることも覚悟していたとき、趣味の延長の副業であったブログから入る収益が「小さな希望」になった。
これをきっかけに、森さんは本業と副業を分けて考えることをやめる。それだけでなく、仕事に対するマインドセットが様変わりした。
できることをやろう、専門外のこと、できないと思っていたことでも、なんでもやってみようという気持ちは、就活した就職氷河期の頃に感じた気持ちと同じでした。Zoom(ウェブ会議)なんてプライベートだったら絶対やらないけど、仕事だからやる。やってみるとなるほど、これはすごいと感動しちゃう。こういう繰り返しで「仕事」は私を新しい世界へ連れていってくれます。(本書より)
コロナ禍のずっと先の老後についても、森さんは考えを寄せている。森さんにとって老後は、60歳といった年齢の節目でなく「働かなくなったとき」が、その時だという。それは、おそらく60歳よりももっと先。リアルで想像できるのは数年ぐらい先までだという森さんだが、ミニマムな生活の実践で、老後は「これでやっていけそうだな」「なんとかなる」と実感している。こうした見通しのつけやすさも、ミニマリストのライフスタイルの利点のようだ。
ミニマムな生活で老後のビジョンも描きやすくなる(写真はイメージです)
コロナ禍による家計危機も乗り越えた森さんからは、ミニマリストではないわれわれも学ぶものが大きい。しかし、森さんは、だからミニマリストをしなさいとすすめているわけではない。あとがきにあるとおり、「あなたの生き方と私の生き方は、全然違ってていい」というスタンスだ。本当に必要なのは「あなただけの軸」を見いだすこと。そのために本書は役立つ手引きとなるだろう。
森秋子さん プロフィール
1979年生まれ。東京都在住。共働き主婦。夫、子どもの家族3人と猫2匹で50平米のマンション暮らし(ベランダに亀1匹)。子育てをきっかけに、時間と家事に追われる暮らしをやめたいと、ものを手放す生活を実践。無理せず貯金がどんどん貯まる生活にシフトする。その知恵と生活のヒントを『ミニマリストになりたい秋子のブログ』で発信、人気ブログに。2019年に国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業(WARP)に保存されるブログのひとつとして選ばれる。著書に『使い果たす習慣』など(KADOKAWA)。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)