米国で浸透している「ニュースレター」が日本でも活性化するのではないかと予想されている。各界の有識者たちが書き下ろしで執筆し、サブスクリプション形式でファンに対してダイレクトに「ニュースレター」として配信する新世代のコンテンツデリバリーモデルだ。
果たして日本でも浸透するのだろうか。2021年7月にニュースレターサービス「WISS」をローンチするINCLUSIVE株式会社の代表取締役 藤田誠氏にインタビューし、米国での状況や、日本での発展の可能性などを聞いた。
ニュースレターとメルマガの違いとは?
ニュースレターと聞いて、パッと思いつくのがメールマガジンだ。昔からあるコンテンツデリバリーモデルではあるが、まだ廃れてはいない。ニュースレターはメルマガとはどう違うのか? 藤田氏は「違いは2つ。コンテンツのジャンルと発信ツールです」と述べる。
【取材協力】
藤田誠氏
INCLUSIVE株式会社 代表取締役
広告代理店、shockwave.com、livedoorポータルサイト広告事業の事業統括を経て2007年4月、出版社、テレビ局のデジタルメディアを主軸とした事業開発を行う当社を設立。
過去60以上の大手出版社、テレビ局、事業会社のインターネット関連新規事業をプロデュース。現在は個人のDX化支援と地域情報流通インフラの展開に注力している。
1.コンテンツジャンルの違い
「『ニュース』レターと呼ぶくらいなので、メールマガジンより話題性があり、深い内容の発信も増えてくると思います。メルマガビジネスはインターネット草創期からある成熟ビジネスなので、占いから企業の情報発信まで、かなり幅広いジャンルがあります。
一方、当社が考えるニュースレター事業は、時事的な話題や発信者が重要と考えるトピックに対して、尖ったオピニオンを発信するものにしたいと考えています。ニュースレターは、『気になるあの人が、このニュースや話題、論点についてどう発言するのか知りたい』というユーザーのニーズに、より的確に応えられるものです」
2.発信ツールの違い
「旧来のメールマガジンは、Eメールを介して配信されます。それに対しニュースレターは、必ずしもメールに紐付く必要はなく、スマホに最適化された配信形態でデリバリーされます。例えばLINEなど、現状のスマホユーザーが頻繁に使用するSNSなどと連携して配信することも可能です。
特に若い層のユーザーにとっては、SNS上で偶発的に出会った有識者やクリエイターのコンテンツを、自分がすでに使っているビークル(媒体)で即座に配信登録できれば、ハードルの低さにつながります。WISSは、LINEで登録でき、LINE Payが使える、SNSフレンドリーなサービスとして展開していきます。UX(ユーザーエクスペリエンス/User Experience)がサービスデザイン、ひいてはビジネスの成功に大きく影響を与える現在のデジタルビジネス環境においては『何を届けるか』も大事ですが『どう届けるか』はさらに大事であるということです」
米国で浸透するニュースレター事業
そのニュースレター事業は、すでに米国のメディアビジネス界でも大きな注目を集めており、米国で浸透しているという。
「米国では、ニュースレターの前に大きなトレンドとして『有料課金』『サブスクリプション』サービスが浸透してきた時代的背景があります。映画や音楽に限らずニューヨークタイムズなどのテキストメディアの有料サービスを受け入れる趨勢(すうせい)が整ってきています。
そんな時代的背景の中で、今年1月に米国Twitter社がニュースレター配信を支援するオランダのRevue社を買収したことが大きなニュースになりました。個々人の思想やそのとき感じたことなどを表現する、クイックながらに真髄を突いたコンテンツの発信・閲覧が、本質的な価値になっている“Twitter”と、識者やユニークネスを持つ人の思想やアイディアを発信する“ニュースレター”というコンテンツの親和性の高さを見込んでの買収だったのでは、と想像します。また『より深いコンテンツにお金を払ってでも視聴したい』というクリエイターのファンのニーズに応え、発信コンテンツに適正に課金がなされる仕組みをクリエイター(発信者)に提供することを可能にしました。直近ではFacebookもニュースレターサービスを今後展開するということで、注目を集めていますね」
世界的にこれからのスタンダードになる見込み
藤田氏は、ニュースレターについて「これからのコンテンツデリバリースタイルのひとつのスタンダードとなると予想される」と述べており、その理由について次のように語っている。
●良いものは無料から有料へ
「SNSやYouTubeに代表される個人の情報発信は量・質共に増えていくことが想定されます。その結果として、発信者も情報の消費者も多様化していき、さまざまな属性のターゲットに刺さるコンテンツ流通が進化・成長するという流れは今後も続いていくと思います。
コンテンツの総量が増えていく中で、『ウェブ上のコンテンツはタダ』という風潮にも変化が見えてきています。情報量が増加する中で、消費者が必要とする情報を得るための労力も増加してきており、お金を払ってでも見たい良質なコンテンツは有料であっても流通するという潮流は日本やアジアにもくると予想しています」
●コンテンツクリエイションのサステナビリティ
「こういった情報流通の変化の中で、一つの大きな課題となってきているのが、コンテンツクリエイションのサステナビリティ、すなわち、コンテンツ創造者が発信し続けることの持続可能性です。
これまでは、コンテンツ創造者がコンテンツを消費者に届けるためには、エージェンシーに所属して情報流通経路を確保したり、著名な雑誌や新聞の紙面上で露出面を確保したりする必要がありました。その結果として、これらエージェンシーや媒体社が情報流通をコントロールすることとなり、コンテンツ創造者に対して報酬面および露出面において十分な対価が提供できていなかった可能性もあるのではないでしょうか。
もう一つ、コンテンツのDXの大きなムーブメントの1つとして書籍のDXがあげられますが、今後、紙に印刷された新刊を待って、購入して、という方法だけが個人の発信としてスタンダードであり続けるとは思えません。
デジタルメディアにおいて有識者が書き下ろす・話すコンテンツを即座に読める・観られる・聴ける機会が増えていて、コンテンツ創造者が直接購入者とつながり発信の持続性を担保していく、コンテンツ創造者を中心としたクリエイターエコノミーが拡大していくでしょう。そういった中で、自分の関心のあるタイミングで、関心のある有識者のコンテンツを閲覧したいというコンテンツ購読者のニーズも、もっと細分化されますし、それに対応すべくコンテンツデリバリーの販売単位やタイミングもカスタマイズされていくでしょう」
ニュースレター事業に欠かせない役割とは?
今後、ニュースレターがより身近になる中で、必要になってくる役割があるという。
「そこで必要になってくるのがコンテンツキュレーター、そしてエディター。まさにINCLUSIVEが仕掛けるニュースレタープラットフォームの役割です。閲覧する価値のある、楽しめるコンテンツの芽を見つけて、それをより情報価値のあるものに“編集”するお手伝いをし、個人クリエイターの持っているクリエイティビティを潜在ユーザーが見やすく、買いやすいように整える役割です。トップスタークリエイターのみならず、あらゆるクリエイターの発信で誰かが幸せになる、読者の行動が喚起されるお手伝いができると思っています」
新規事業の責任者を公開オーディション
ところで、INCLUSIVEはこの4月、この新規ニュースレター事業開発に向け、事業部門の責任者を選抜する公開採用オーディションを招待制の音声SNSアプリケーションClubhouse(クラブハウス)を介して行った。
Clubhouseで公開オーディションを行った理由とは?
「ニュースレター事業を遂行するには、有識者の人物・コンテンツ自体、およびそれを求めるターゲットを理解して企画・編集していくための情報収集力が求められます。さらに事業を推進できるコミュニケーション力、プロデュース力、また、ITを駆使したデリバリー手法の最適化、有効なマネタイズ手法の選択など、多面的な能力も求められます。
これらの能力を研ぎ澄まそうと動いてきた人材は、Clubhouseという比較的新しいコミュニケーションツールを駆使できていると想定しましたし、実際にコンテンツクリエイションやコンテンツデリバリーにおける課題についてディスカッションする意欲を持っていらっしゃるのではと思いました。
また、通常の採用行程ともいえる1on1のオンライン面談では、我々と応募者一人の方だけの発想力に閉じられたディスカッションになりますが、それよりも公開オーディションという形式をとることで、より創造性、生産性の高いディスカッションができるのではないかと期待しました。
結果、IT業界の重鎮から地方メディアのプロデューサー、メディアクリエイションへ情熱をもって取り組まれてきた複数名の方々と、堀江貴文さん、尾原和啓さんなども交えてニュースレター事業展望に関するブレインストーミング的なディスカッションができ、大変有意義な時間となりました」
最後に、ニュースレターサービス事業の展望と意気込みを聞いた。
「事業開始は2021年7月1日を予定しており、Clubhouseで実施した公開オーディションを経て参画することとなったプロジェクトメンバーと準備を進めています。6月24日にはプレローンチとして、参画していただく堀江貴文氏のニュースレターを先行配信します。
発信者には、各界を代表する一流の実業家・評論家・投資家・学者・文化人・ジャーナリストに参画していただけることになりました。日本国内の発信者だけでなく、海外ですでにニュースレター領域に参入し、高い評価を受けている発信者も招聘した点が特徴です。また、LINEを通じたユーザー登録、決済を可能とすることで、ユーザビリティの高いサービス設計にもこだわりました。
コンテンツ創造のサステナビリティ、クリエイターの育成、そしてメディアやコンテンツをしっかりとマネタイズをしていくことは、INCLUSIVEが創業以来、揺るがず取り組んできたことです。
これらの経験・ノウハウを活かし、これからのユーザーニーズに刺さる、合理的かつ新規性のあるサービスを提供し続けていきたいと思っています」
「ニュースレター」はまだまだ日本ではなじみの薄い情報発信ジャンルだが、半年後、1年後にはすでに当たり前の存在になっているのかもしれない。個人クリエイターにとってニュースレターは今後、有効なコンテンツデリバリーモデルになるポテンシャルがありそうだ。
取材・文/石原亜香利