西麻布で食べた〝在来種の十割蕎麦〟
西麻布の「蕎麦おさめ」は圧巻だった。
蕎麦関係の仕事を始めてから、気になるお蕎麦屋さんは一気に増えた。仕事の合間を縫って足を運ぶが、そういうお店に限って肩透かしを食らうことがある。もちろんどれも旨いのだが、高い期待値のためか、心に残らない。そういう意味でも「蕎麦おさめ」は都内で一番行ってみたい蕎麦屋だったし、期待と不安があった。
「蕎麦おさめ」が開業したのは2018年。〝幻〟とも呼ばれる在来種(交雑をしていない品種)にこだわった手打ちの十割蕎麦を品種日替わりで提供するお店は、僕の知る限り、都内で唯一。打ちたてと熟成した蕎麦の食べ比べなど、新しい試みは食通を唸らせ、2年連続で『ミシュランガイド東京』のビブグルマンに名を連ねる。
早速、お店の方におすすめを尋ねた。すると「せいろ、粗挽き、玄挽きを1枚ずつに分けてお出ししましょうか?」とのうれしい提案に即決した。
この日の『せいろ』は富山県山田清水産の在来種、『粗挽き』は長野県山形村産の乗鞍在来種。どちらも最初はお蕎麦をそのまますすり、次に塩で食した。一般的に在来種は、風味や香りが強く、お蕎麦らしさを味わうことができると聞くが、ひと口食べて驚いた。十割蕎麦特有のエグミや雑味は一切感じられない。生わさびと一緒に思いきりすすると、口の中に広がる旨味に脳が支配されるかのよう!! 膨れ上がった期待を軽く超えた。3枚目の鳥取県伯耆町産の鳥取在来小そばを使った『玄挽き』を目にした時は、名残惜しさを感じてしまうほどだった。
『玄挽き』は、土の香りが強く、舌触りはかなり荒々しいなど、僕の中でマッチョなイメージがあった。しかし、この洗練された味わいは何だ!? 思わず大将に声をかけた。いわく、きれいに磨いた状態で届く蕎麦を、店内でさらに磨いているとのこと。都会の真ん中で勝負! みたいなとがった感じはなく、手間を惜しまず、本当に旨いお蕎麦と真摯に向き合う姿勢に感動しきりだった。
帰り際、お店の方々は深々と頭を下げて、エレベーター前までお見送りをしてくれた。そんな人柄にも胸を打たれ、すっかりファンになった。ご馳走さまでした。
『せいろ』『粗挽き』『玄挽き』各1320円
※写真の蕎麦の量は半人前です。
蕎麦おさめ
[住]東京都港区西麻布1-7-2 アデッソ西麻布2F [電]03・5775・1636
[休]日曜、祝祭日 ※土曜日は不定休 http://soba-osame.com/
文/池森秀一
いけもり しゅういち
DEENのヴォーカリスト。1993年に『このまま君だけを奪い去りたい』でデビュー。乾麺蕎麦商品をプロデュースするほか、2020年9月に蕎麦専門YouTubeチャンネル『信州戸隠 池森そば 赤坂店』を開設。芸能界きっての蕎麦好きとして有名。
※「池森秀一の蕎麦ログ」は、雑誌「DIME」で好評連載中。なお、本記事はDIME7月号に掲載されたものです。