世界では、最近月に関する話題が多い。NASAを主導に着々と準備が進められている月面有人計画のアルテミス計画、そしてゲートウェイ。先日5月27日、JAXAでもタカラトミー、ソニー、同志社大学が変形型月面ロボットの開発と月面環境データの取得のニュースが流れた。他にも遡れば多くのニュースがあるが、もし月で人が活動する場合、必要不可欠な資源の一つである水はどうするのだろうか。そして酸素はどうするのだろうか?今回は、その最新動向について紹介したい。
月で水を必要とする理由は?
月において人が活動するためには、水は必要不可欠だ。人の飲食、洗浄などの衛生面の確保、呼吸の酸素の原料などとして必要だ。実は、それ以外にもある。それは、月でのエネルギー面として有望しされている燃料電池として、月面基地のコンクリートなどの建材の製造原料の一つとして、機器の冷却材として、月からの輸送機の推進薬として、など水はとても重要なのだ。
月において、人類が活動するために必要な水はどのようにして準備すればよいのだろうか。地球からロケットなどの輸送機によって水を運んでくる方法。月に埋蔵、存在している水もしくは氷を採掘などして利用する方法。月の何らかの資源から副次的に製造、生成する方法。そのような方法が考えられる。では、次からそれぞれ見ていこう。
地球から月へ水を運ぶ?
地球からロケットなどの輸送機によって水を運んでくる方法は、最も発想しやすいだろう。しかし、課題は輸送コスト。専門家によってばらつきはあるが、おおよそ1.2億円/kgの輸送コストが発生すると言われている。非常に高額だ。しかし年々、技術の進歩により輸送コストは低減されることが予想されており、2030年には約1,000万円/kg、2040年には約100万円/kgまで低減されるという。いま、世界を主導するロケットは、コスト削減に向けて様々な技術開発を行い、成功させている。
例えばSpace Xでは、Falcon9、Falcon Heavyで第1段部分の垂直帰還着陸技術で再利用を可能としている。いまでは、フェアリングも回収している。パラシュートで落下してくるフェアリングを船舶の上部に設置した網でキャッチし再利用しているのだ。他にも、Relativity SpaceではTERRAN1の燃料タンクなどを3Dプリンターで製造するなどしQCDの改善に努めている。ほかにも中国のLINKSPACEは、多段式ロケットではない、つまり使い捨てではない100%完全再利用ロケットの開発も手がけている。このような取り組みをみると輸送コストの低減は、着実に進んでいる、そんな印象を感じる。
SpaceX Falcon9の第1段部分の垂直帰還着陸技術
(出典:SpaceX)
月に水が存在する証拠は?
では、月に埋蔵、存在されている水を掘削する方法だが、その前にそもそも月に水は存在するのだろうか。そしてどこにあるのだろうか。
2020年10月27日、NASAは、SOFIAという航空機に搭載されたセンサーによって、月を観測したところ、月の太陽に照らされた表面の水を初めて確認。地球から見ることができる月の南半球にある巨大なクレーター、クラビウスクレーターで水分子(H2O)を検出したという。このSOFIAは、最大45,000フィート(約13,700m)の高度で飛行するボーイング747を改良した飛行機。SOFIAには、直径106インチ(約2.7m)の赤外線領域を観測できる望遠鏡がインストールされており、水分子(H2O)に特有の6.1ミクロンの特定の波長を捉えることができるという。このSOFIAのデータから、月の1m3の土壌には100〜412ppmの濃度の水があることが分かったと言う。この量は360mlの量に相当するという。
NASAのSOFIA、月の太陽に照らされた表面の水を初めて確認
(出典:NASA)
また、ブラウン大学のShuai Li博士は、月全体の水の含有量をマッピングしている。以下の図を見てほしい。これは、インドの宇宙機関ISROが打ち上げた月面探査機チャンドラヤーン1号のMoon Mineralogy Mapperという装置によって得られたデータを用いて作成された図だ。縦軸は緯度、横軸は経度で月全体を示している。緑、青、紫に色付けされたところには多かれ少なかれ水が存在することを示唆している。北緯、南緯90度の月の北極、南極という極域には特に水が多い。このように月の水は、長期間にわたって彗星・小惑星・太陽風によって運ばれ保存されたのではと考えられている。ほかにも研究論文は多く存在するが、つまり、月には、水もしくは氷という形で存在していることが証明されている。
チャンドラヤーン1号のMoon Mineralogy Mapperによって取得された月全体の水含有量
(出典:Science Advances 13 Sep 2017:Vol. 3, no. 9, e1701471)
月の塵、レゴリスから水を生成する方法は?酸素は?
上記の研究結果などは、実は、地球上で見られるような池、川、湖、海などのように、透明な水、氷のようなかたちで存在しているわけではない。月の塵であるレゴリスに含まれて存在している。そのため、レゴリスから、水、酸素を生成する技術を世界は開発している。例えば、東京工業大学、NAL、NASDA(現JAXA)、清水建設は、レゴリスのシュミラントから水素還元反応により水を生成している。ちなみにシュミラントではなく、実際の月のレゴリスを用いて水の製造に関する実験を行なったのは米国Carbotekのみと言われている。
レゴリスから水を抽出し、その水を電気分解することで水素と酸素を生成する、これが一般的な構想だ。2021年6月14日、JAXAとHondaは、月面において、太陽電池からのエネルギーによって水を電気分解することで酸素と水素を製造する高圧水電解システム、そして酸素と水素から電気と水を発生させる燃料電池システムを開発するという。これらは、「循環型再生エネルギーシステム」と呼び、月面での有人活動の要となるだろう。
JAXAとHondaの月面における「循環型再生エネルギーシステム」
(出典:JAXA/Honda)
しかし、このプロセスではない方法で酸素の製造プロセスの開発がなされている。
2020年11月27日、欧州宇宙機関ESAと英国のMetalysisは、月の砂、レゴリスから酸素を取り出す技術を開発した。正確には、月の砂ではなく、月の砂を模擬したシュミラントという砂を用いてだ。この酸素を取り出す方法は、溶解塩電解法と呼ばれる方法。実は、この溶解塩電解法は、すでにアルミニウムなどの金属の精錬で使われている工業技術であり、レゴリス用に開発したということのようだ。レゴリスに含まれる酸素は、レゴリスの金属成分やガラス成分と酸化した状態になっている。そこで、約1600℃という高温でレゴリスを融解し、電流を流すことで酸素を分離できるという方法。酸素を分離した後、残留物が残る。この残留物は金属成分が多く、将来の月の建造物の材料と期待され3Dプリンターなどの原材料として期待されているという。
月のレゴリスシュミラントと酸素生成後の3Dプリンタの原料となる金属
(出典:ESA)
また、2020年10月27日、Airbusでは、ROXYというプロセスを開発したと報じている。月面着陸船にこのROXYが設置されている。月面でのROXYプロセスの様子が動画にアニメーションでアップされている。これによると、他関節のロボットアームの先端にスコップのようなものが取り付けられている。これによりレゴリスを収集する。その後、ROXY Reactorによって加熱され、酸素を抽出するものだ。
AirbusのROXY
(出典:Airbus)
上記のように多くの研究開発は、月のレゴリスを模擬したシュミラントを用いて行われている。さて、では、レゴリスは、どのように掘削するのだろうか。いや掘削だけではない。レゴリスの運搬、輸送もだ。正直のところ、この周辺の技術開発は、話題がほとんどないと理解している。地球で行われている建機の遠隔操作技術などを宇宙用として応用することになるのだろうか。このように月の水、酸素に関する研究開発は、様々な成果を挙げていることが分かっていただけただろう。今後に注目したい。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。現在は各メディアの情報発信に力を入れている。