
日替わり定食には「毎日食べられる食事を」という作り手の心遣いがある。
一方、いつも出している定食でも、ふらりと訪れる側としては「今日すれ違う、今日だけの定食」だったりする。
そんな定食との一期一会。
これは、食・街・人・との出会いを求め、空腹で街をさまよう男の記録です。
第二回:きしめん 尾張屋(飯田橋) きしころセット
飯田橋には大小の印刷関連会社が多数存在し、出版社や制作会社も多い。私は駅の北側にあるデザイン系の制作会社で3年ほど働いていたことがある。
業務が立て込み、ランチタイムが夕方にずれこむことも多かったが、数多い店の中から好みの店を探してランチをとるのは当時の楽しみだった。
久しぶりに降りた飯田橋の駅は作り換えられて、ずい分きれいになっていた。東口を出て南側に進むとすぐ「蕎麦処 神田尾張屋 飯田橋店」が目に入る。しかし、今回の目的地はそこからさらに歩いて15秒ほど、「きしめん 尾張屋」のほうである。
2店舗は経営は同じだが取り扱いが異なる。その名のとおり「きしめん 尾張屋」は蕎麦を扱わない「きしめんの店」だ。
きしめん、懐かしい響きである。私の実家では蕎麦、うどんと並んできしめんを度々食べたのでそれは私にとって割と身近なものだったのだが、上京して20余年、東京できしめんを見かけることは思った以上に少ない。
ランチに限らず毎度の食事で最も大切なことは「自分の心の声に耳をかたむけること」だと思っている。スピリチュアルなおじさんの話だと思わないでほしい。
要するに惰性で食べるものを決めるのではなく、毎回「自分の心の声」に耳をかたむけて心が頷いたものを食べないと、大好物や高級なものを食べても心が満たされない気がする、という意味であります。給料日だからと言って「普段よりもちょっと良いものを」と店を探しても、心が望んでいるのがコロッケパンなら、給料日という縛りにとらわれず、思い切りコロッケパンにかじりつきたいものである。
ランチの店をさがし、パン屋さんも覗き、コンビニを覗いても、食べたいものが見つからないことがある。肉でも魚でもなく、そば・うどん・パスタでもない。私の場合、そんなときにすっと心が向かうのがきしめんだったりする。
そもそもどうして尾張屋が「蕎麦処」と「きしめん」に分かれているかというと、麺の成分が異なるので茹でる鍋が違うから。そして、つゆに使う醤油も違う。きしめんのつゆに使う醤油は、きしめんの本場、名古屋から取り寄せているそうだ。これを聞いて私はとても納得した。
蕎麦もうどんも好きな私だがどうしてもきしめんでないとダメな日があるのである。まさに心の声が「きしめんを!」と訴える。そうして、きしめんを食べると、つるつるとした舌触りに魅了され、あっという間に完食。もうすこし食べたかったな、と思う。
つるつるの麺の他、多めの薬味、細く切られた油揚げが食感にも味にも彩りを加える。
前述の醤油を使ったつゆも香りが魅力的であっという間に飲み干してしまう。
今回久しぶりにいただいた「きしころセット」もやっぱりあの頃のようにあっという間に完食。きしめんがぴったり心に寄り添って来てくれた昼下がりでした。
ここでご近所の寄り道スポットをすこしだけご紹介。
東京大神宮
お参り茶屋 ありおり はべり いまそかり
「東京農業大学開校の地」の碑
キッチンアオキ
きしめん 尾張屋
東京都千代田区飯田橋4-8-11
通常営業時間
11:00〜21:00(2021年6月現在新型コロナの影響により20時閉店)
日曜定休
※新型コロナの影響で営業時間が変更になる場合があります。
イラストレーション・文/本田しずまる
編集/inox.