現在着々と工事が進行しているJR東海の巨大プロジェクト、「リニア中央新幹線」。首都圏と中京圏、そして関西圏を結ぶ全く新しい乗り物として、今日も建設工事と試験走行が続けられている。
そんな中、今回は山梨県内で建設が進められている「南アルプストンネル」工事現場の一部が報道陣に公開された。1日かけてもたった数メートルしか掘り進めない、大工事の最前線に潜入してきた!
「本坑」を目指して掘り進む「広河原非常口(斜坑)トンネル」の最前線
トンネルが主体のリニア
「リニア中央新幹線」は東海道新幹線などとは異なり、鉄のレールと車輪のかわりに、磁石の力で浮上して走行する構造で、その最高時速はなんと約500km/h!
東京側の拠点は品川で西側の終点は当面名古屋で開業が予定されている。東海道新幹線「のぞみ」で約1時間30分ほどかかっている品川~名古屋間だが、リニア中央新幹線ではなんと約40分で到着してしまうから驚きのスピード!
リニアなんてまだまだ未来の話、と思うかもしれないが、すでに一部区間では開業を見据えた本格的な試験走行が日常的に実施されている。
ちょうど都心から富士急ハイランドや河口湖方面に向かって車を走らせていると、大月のちょっと南側で高速道路のような高架線をくぐる。
これが「山梨リニア実験線」で、実際にリニアを繰り返し走行させ、様々なシチュエーションを想定して試験走行が行われている。
実験線のすぐ横には「山梨県立リニア見学センター」があり、超高速で走行する「リニア」を文字通り、目の前で見学することも可能だ。
山梨県都留市にある「山梨県立リニア見学センター」 走行中のリニアを間近で見られるデッキも完備!
そんなリニアだが、限りなく高速で走行しつづけるため、なるべく線路はまっすぐ敷きたい。
現在では時速285km/hまで最高時速が向上され、極限まで速達化が図られてきた東海道新幹線もまさに「カーブ」との過酷な戦いを繰り返してきた。
最新鋭車両「N700S」はそのカーブを高加減速性能や車体をほんのわずかだけ傾斜させて走らせる機構、高性能サスペンションなどで乗り心地を維持したまま、速く走行することに磨きをかけてきた。
開業から50年以上経つ東海道新幹線のバイパス的な役割もリニア中央新幹線は担う予定だ。
ちなみにリニアが走るところは線路ではなく正式には「ガイドウェイ」と呼ばれる。そのガイドウェイを極力くねくねさせないためにリニアの線形は直線的になっており、走行区間の多くはトンネルになっている。
トンネルではない区間も騒音防止のためにカバーが取り付けられる見込みで、鉄道撮影を主としている筆者としてはその完成形が少々気になるところだ……。
トンネルの掘削現場に潜入!
リニアのトンネルは巨大な山脈を貫く長大トンネルが中心となり、工事の難易度も高い。
今回公開された南アルプストンネルも例外ではなく、全長約25 キロのトンネルをほぼほぼ県境ごとに長野工区(約8.6km)、静岡工区(約8.8km)、山梨工区(約7.7km)の3工区に分けられている。一部隣県に工区範囲が及んでいる区間があるのだが、これは「地質や工法などの区切りのよいところで区分している」ためだ。
「広河原非常口(斜坑)トンネル」の坑口と工事ヤード かなりの山奥にある
南アルプストンネルの中で最も地表から深くなる所(トンネルから地表に出るまでの距離)で約1400mというからちょっと想像もつかない世界だ……。
今回、筆者がお邪魔したのは3つの工区のうち、最も東京寄りの山梨工区。工事期間は122か月で令和7年10月31日の完成を目指して工事が進められている。
南アルプストンネルは長大トンネルなため、工事を円滑に進めるためにも、リニアが走行する「本坑」と呼ばれるメインのトンネル以外にも多くのトンネルが掘られている。本坑に先立って地質などを調査する「先進抗」や、将来的に非常口として機能する「斜坑」などがそれにあたる。
そのうち今回訪れたのは、全長約4.1kmの「広河原非常口」と呼ばれるトンネル。南アルプストンネル本坑に対して斜めに掘削されている斜坑トンネルで、開通後は非常口として機能する。
現在本坑を目指して掘られており、今のところの全長は3.3kmほど。完成までもう少しのようにも感じるが、まだ工事は「1年程度」もかかるそうだ。
トンネルの掘削現場ってどんなところ?
みなさんはトンネルの掘削現場というとどんな場所を想像するだろう? 実は筆者も掘削現場を訪れるのは人生初でとてもワクワク。
トンネルの掘削現場まではバスで移動したのだが、あたりは一面の大自然。それもそのはず、南アルプストンネルは数々の山々の下を抜けるトンネルなのだから。
やがて大きな機器が配置された工事ヤードに到着。大きなベルトコンベアは掘削された土を運ぶもので、一時的に貯め起き、24時間体制で重金属などが含まれていないか確認されたのち、運び出される。環境規定に触れる成分が含まれた土については適切に処理される。
でっかいダクトのようなものはトンネル内に新鮮な空気を送るためのものだ。これら2つは「切羽」と呼ばれる掘削の最前線まで続いている。
工事の安全を祈念して掲げられている「化粧木」。最先端の乗り物工事にも「伝統」
トンネルの開口部の上部に目を向けると何やら置物が。これは「化粧木」と呼ばれるもので、工事の無事を祈るために設置されている。この現場には発破に必要な火薬類もあり、トンネル工事現場であることを強く感じる。
いよいよ、専用車に乗り込んでトンネル内部へ!
トンネル内は制限時速20km/hを厳守して進む。ところどころ人工的な凹凸である「ハンプ」やクランクが作られており、速度超過を未然に防いでいる。
広河原非常口は入口から本坑に向かってゆるやかな上り勾配になっている。トンネルというと地面より低いところにあるイメージだが、南アルプストンネルが貫く山々は標高2000mをゆうに超えるような山々なので、トンネル自体の標高も高く設定しないと工事の難易度がさらに上がってしまうため、このような構造になっている。
切羽で作業にあたる「ドリルジャンボ」 ダイナマイトを的確に配置していく
背後には坑口に続くベルトコンベアと新鮮な外気が届けられるダクトなどが続く
15分少々走ってついに、掘削の最前線「切羽」に到着!
巨大な岩壁が立ちはだかり、そこに巨大なマシンが佇んでいた。
南アルプストンネルは「NATM(ナトム)」という工法で掘削が行われている。この工法は現代の山岳トンネルでは標準的な工法で、大雑把に解説すると、まずダイナマイトで発破し掘削を行う。その後、掘削箇所にコンクリートを吹き付け、「ロックボルト」と呼ばれる補強材を打設し、トンネルと地山を一体化させながらトンネルを掘り進んでいく工法だ。
周囲の土の圧力もトンネル壁を支える力として利用できるので、効率的かつ安全にトンネル工事を進めることができる。
従来のダイナマイトの設置作業は職人さんがその経験を活かして設置個所を吟味していたそうだが、現在では「ドリルジャンボ」と呼ばれるマシンを用いて全自動でダイナマイトを設置している。
ちなみに1回の発破で掘り進める距離は平均約1.2m! 一日3〜4回程度発破は行われるが、それでも5mも進めないのだ。慎重に慎重にトンネル工事は進められている。
山の声を聞け! ある「センサー」の役割
トンネルの掘削作業でとても大事なのがその場所の地質だ。
現場で作業にあたる中央新幹線山梨工事事務所 佐藤岳史さんにお話を伺うと、
「現在掘り進めている箇所の地質は非常に硬く、その分掘削には時間がかかるものの、掘った箇所が崩れにくいという特徴があります。また、トンネル工事を行うと湧水が出てくるのですが、この量も非常に少ないです。これも地質が固く、湧水が入り込む余地がないからだと推測しています」とのこと。
トンネル壁に滴る湧水もごくわずか これは工事の進行には大きなメリット
解説してくれた中央新幹線山梨工事事務所 佐藤 岳史 担当課長
お名前にも「岳」の字が入る山岳トンネルのプロフェショナル!
掘りたてのトンネル壁を見るとなにやらピンクのリボンの先に小さな機器が取り付けられている。これは測量のセンサー(プリズム)で、とても重要な役割を持つ。
「今回のトンネル工事で最も気を配っているのが測量なんです。トンネルを掘ったあと、一定の間隔で測量用のセンサーを取り付けます。これで掘った箇所の『歪み』などの変動を観測しています。
掘り進んだトンネルには様々な方向から圧がかかります。この圧によって掘った箇所に歪みが生じた場合、すぐに補強等を検討する必要があります。現場にいなくても逐一スマートフォンなどで現状を確認することができ、自身が休んでいる夜間なども歪みが出ていないか、どうしてもそわそわしてしまいます」と佐藤さんが苦労を教えてくれた。
まさに山の声を聞きながら工事は行われている!
等間隔に並ぶスジとスジの間が1回の発破で進める距離にあたる青と赤の部品は補強材のロックボルトだ
リニアの今って?
現在リニア中央新幹線は全線開通を目指して品川~名古屋間の各所で工事が進行中。ただ、当初予定されていた2027年度中の開業からはやや遅れる見込みだ。
山梨リニア実験線では、これまで訓練を行ってきたL0系をさらにより営業運転を想定した新車両「L0系改良型試験車」が試験運行を行っている。
走行日の予定は山梨県立リニア実験センターのWebサイトに公開されているので、機会があればぜひそのスピード感を自分の目で見てみてほしい。
また、以前JR東海が募集したリニアでかなえたい「夢」や「想像する未来」が詰まった冊子もこちらのサイトに公開中!
リニアが作り出す、次の交通機関の夢を共有してみよう。
山梨リニア実験線で試験走行が繰り返されている「L0系改良型試験車」
会うことに距離を置いている今だが、会わないことが当たり前になったとき、会うことが少しだけ「特別」になる日が来るような気がしている。
そうした時、鉄道が、リニアがまた新しい感動のきっかけを作ってくれるはずだ。
取材・文/村上悠太