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「シン・エヴァンゲリオン」でのシンジのうつ回復プロセスは正しいのか、専門家に聞いてみた

2021.06.03

※こちらの記事は、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』および『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のネタバレを含みます。視聴済みの方、またはネタバレOKの方のみお進みください。ゲンドウも「でなければ、帰れ。」と申してます。

どうも、タカハシヒョウリです。

『シン・エヴァンゲリオン』公開から早3ヶ月が経過しようとしてますが、興行収入も85億円を突破し、いまだにその盛り上がり衰えずといったところ。

終盤の怒涛の展開ももちろんですが、個人的に『シン・エヴァ』で印象的なのが、前半部分にあたる第3村を舞台にしたシンジくん立ち直りパート。

前作『ヱヴァQ』で14年の眠りから目覚めたら、突然みんなに責められ、ミサトさんに「あなたはもう何もしないで」と突き放され、「急にこんなことになってて、ワケわからないですよっ!」と途方に暮れるシンジ。

そんな中で出会った渚カヲル=自分を受け入れてくれた友人を目の前で失い、シンジは心に深い傷を負い、失語症のような状態でフラフラと歩いていくところで『ヱヴァQ』は終劇となりました。

前々作『ヱヴァ破』での娯楽大作的ムードから一転した『エヴァQ』の陰鬱な空気感は、東日本大震災を経て、鬱モードへと入ってしまった庵野秀明監督の精神状態を色濃く反映している…とも言われています。

それから8年、最新作にして最終作となる『シン・エヴァ』では、ふさぎ込んだシンジが、次第に回復し、再度自らの意思でエヴァに乗り込んでいくプロセスが描かれています。

このプロセスが生々しい説得力と、強烈な印象を持っているからこそ、『シン・エヴァ』後半の”超展開”へとスムーズに突入していける、非常に重要なパートだと思います。

そこで今回は、この「シンジのうつ状態からの回復プロセス」を深く掘り下げようと思います。

そう、メンタルの専門家の方に見てもらって、『シン・エヴァ』のうつ回復プロセスは、専門家の目で見てもリアルで正しいのか?を検証しようという企画です。

今回、お話を聞かせていただいたのは、公認心理師、精神保健福祉士などの資格を持ち、メンタルケア・コンサルタントとして活動する大美賀直子さん。

近著大人になっても思春期な女子たち(青春出版社)では、エヴァ好きのアニメオタク女子の成長物語も執筆した大美賀さんに、シンジの回復プロセス、そして周りの対応は正しいのか?どうするのが好ましかったのか?を聞いてきました。

タカハシヒョウリ(以下、ヒョウリ):本日は、よろしくお願いします!

前作『Q』のショックで失語症のような状態に陥ったシンジは、たどり着いた第3村で、かつての旧友・鈴原トウジの家に匿われます。

しかし、口をきくことも、トウジの家で出された食事も食べることができませんでした。トウジの義父には、怒られてしまいます。

大美賀直子さん(以下、大美賀):人は、うつ状態になると食欲に変化が表れ、多くの場合食欲が減退します。

したがって、シンジがトウジの家で出された食べ物を受け付けなかったのは、無理からぬことだと思います。

ヒョウリ:なるほど、その辺はトウジも理解していて優しく接していました。ここでもう1人の旧友・相田ケンスケが登場して、シンジはケンスケの家に連れて行かれます。

全裸のアスカと遭遇してもシンジは無反応でしたが、前作でカヲルくんが目の前で死ぬ原因となったDSSチョーカーが視界に入ると、反射的に吐いてしまいます。

大美賀:シンジは、自身がニアサードインパクトを引き起こしてしまったこと、親友のカヲルを目の前で失ったことを原因とするショック状態に陥っていると考えられます。

この場合、ショックの原因となるトラウマを想起させる刺激にふれると、精神状態が非常に不安定になります。その結果、吐き気と嘔吐が発生したと考えられます。

ヒョウリ:ここでのケンスケの対応は、しばらく好きに過ごして良い、というものでした。

アスカはケンスケの態度を甘すぎると言うのですが、こういった対応はどうでしょうか?

大美賀精神症状が強い状態にある方への望ましい対応だと思います!

強い精神症状からの回復には長い時間がかかり、その間には心の傷が癒えるまで、本人のしたいように過ごすことが原則です。

ヒョウリ:では、ケンスケの態度は素晴らしいものだったんですね。さすが大出世のケンケン!

このあと、動けず食事も取らないシンジに苛立ったアスカがレーション(携帯食)を無理矢理食べさせようとします。

「こちとらずっと水だけだ。何も変わらない身体になる前に、飯の不味さを味わっておけ、バカガキ!」というセリフとカメラワークも相まって、強烈なシーンです。

強引なのはもちろんダメだと思うのですが、不器用ながらもアスカの内心にはシンジへの心配もあったと思うんです。

たとえばこういった状況になった時、周りはどんな対応をすべきなんでしょうか?

大美賀:無理に食べさせようとしても食欲はわきませんので、本人が欲するものを、欲したタイミングで口にできるようにするのがよいかと思います。

食欲が低下している時には、普通の食卓に並ぶような固形物の食べ物がつらいと感じる方が多いです。

どのような食べ物なら受け付けられるのかは人によって異なりますが、スープ類、さっぱりしていて栄養価の高い飲み物、ゼリー状の物などがあるとのどを通りやすいようです。

そうしたものがさりげなく、手に取りやすい場所に置いてあるとよいです。(もちろん、復興中の第3村では便利な飲食物など手に入らない状況ですが……)

ヒョウリ:うーむ、なるほどです。手に取りやすいところに、食べ物を置いておく。その対応は、まさにケンスケや仮称:アヤナミレイがやったことですね。

大美賀:私は、うつで食事がのどを通らないという方には、ひとまずウィダーを手元に置いておくようにアドバイスしています。

ヒョウリ:シンジもレーションじゃなくてゼリーならもう少し早く食べてたかも…。

ヒョウリ:このアスカとのやりとりでシンジは家出してしまいますが、そのあとを追っていったのが綾波レイのクローン、仮称:アヤナミレイです。

たどたどしくも優しく接するレイを、「もう誰も来ないでよ!僕なんか放っておいてほしいのに!なんでみんな、こんなに優しいんだよ」とシンジは拒絶してしまいます。

うつ状態のシンジに対して、レイの行動はどうだったんでしょうか?

大美賀:精神症状が強い状態にある方には、やさしい対応が必要です。ですが、本人が他者から過剰に気を遣われていると感じると、好意を負担に感じてしまうことがあります。その気持ちが「放ってほしいのに」という言葉にあらわれています。

ただし、今まで何を言われても無感動な状態だったシンジが、他人のやさしさに激しく抵抗を示したことは、非常に重要な転機です。感情の回復を示すサインだと考えられます。

ヒョウリ:レイの無垢な行動がシンジの回復を促したのは間違いなさそうですね。実際にシンジが拒食状態から回復したきっかけも、失語症状態から回復したきっかけも、レイとのやりとりでした。

「碇くんが好きだから。ありがとう、話をしてくれて。」というレイの優しさは、無条件で、無償のものです。

大美賀:精神症状が強いときには、やさしい対応すら負担に感じられてしまうものです。

しかし、相手のやさしさが無条件のものであり、自分に回復を強いるものではないこと、かわらずに同じやさしさが向けられ、どのような状態にあっても受け入れてもらえるということがわかると、自分はほんとうに安全で安心できる環境にいるのだということが分かり、心の傷が癒えていくんです。

ヒョウリ:「仲良くなるためのおまじない」、効果あったんだなぁ…。

ヒョウリ:レイとのやりとりのあと、シンジはケンスケの家に戻ってきます。かなり回復の兆しを見せているシンジに、ケンスケは「仕事」を与えますね。

大美賀:心の傷が癒えてくると、しだいに活動への欲求が生じてきます。そのタイミングで少しずつ、できる範囲で仕事をしていくと、日常生活のリズムが戻り、心の健康が回復していきます。

とくに、自分の仕事が他者の役に立っていることを実感できることが、心の回復には必要です。

ヒョウリ:こうして見ると、ケンスケはシンジの回復の先導役として、完璧に近い素晴らしい働きをしているんですね。世界を救ったのはケンケンだったのか…。

ここで興味深いのは、ケンスケがシンジを自然の中に連れ出し、身体を動かす仕事=見回りや釣りをさせていることです。

大美賀うつ状態からの回復期には、家から外に出て体を動かし、自然の中で過ごすことが回復につながります。

自然の中にいると、人間が本来持つ生命力が活性化され、人や自然とかかわりながら、この世界で生きていきたいという気持ちが生起します。

ただし、出歩くことや体を動かすことは、義務感や他者から強要されて行うのではなく、内発的な欲求の高まりを待つことが重要です。

自然にふれながら過ごしていると、その欲求は自ずと生起していきます。

ヒョウリ:緑に囲まれ、土に触れて生活している第3村は、最適な場所と言えますね。

大美賀:くわえて、第3村には赤ちゃんや幼い子供たちがたくさん登場しますよね。 シンジは、子供たちには直接かかわっていませんが、新しい生命の誕生、そしてぐんぐん成長していく幼い子供たちの存在を常に身近に感じていたことが、うつ状態の回復に大きく影響したのではないかと感じています。

ヒョウリ:たしかに、第3村では生命の誕生や循環が色濃く描かれています。子供といえば、ミサトさんと加持さんの息子、リョウジJr.の存在も、シンジに影響を与えているように思えますね。

大美賀:リョウジJr.は14歳。ちょうど、シンジがエヴァンゲリオンに乗り始めたのと同じ年齢です。リョウジJr.が親にも会えないなか、村の復興を目指して仲間と力を合わせて懸命に働く姿に、シンジは14歳の頃の自分自身を重ねたのではないでしょうか。この運命的な出会いが、シンジに自分にしかできない使命を思い起こさせ、元の任務に戻る決意につながったのではないかと思います。

ヒョウリ:このあと、シンジは仮称:アヤナミレイとの別れも乗り越え、自分のやるべき落とし前をつけるために戦場へと向かいます。

物語の後半では、別人のように回復し、成長したシンジを見ることができます。

大美賀さんの目から見て、『シン・エヴァ』のうつ回復のプロセスを総合してみると、いかがでしょうか?

大美賀:『シン・エヴァ』の、冒頭のうつ状態回復のシーンはとてもよく描かれていると思いますね。庵野監督ご自身のうつ状態からの回復の経験がふんだんに生かされているのだろうな、と思いました。監督の回復過程に寄り添い、支えてきた妻の安野モヨコさんの包み込むような女性性が、この作品全体のあたたかい雰囲気に寄与しているように感じています。

ヒョウリ:ありがとうございます!『シン・エヴァ』のうつ回復プロセスは、専門家の目で見てもリアルで正しい!ということがわかりました!!

大美賀:『シン・エヴァ』は、深層心理学的な視点から見ても、とても奥の深い話です。

思春期、青年期を経て大人へと成長する若者の心の発達過程がこの1本の中に凝縮されています。

レイやカヲルはなんだったのか、ゲンドウとエヴァンゲリオンはなんだったのか、カウンセラーの立場からは、非常に考えさせられる映画でした。

ヒョウリ:様々な解釈があり、様々な考察ができるのも、エヴァの面白さの一つですね。

大美賀さんの近著『大人になっても思春期な女子たち』(青春出版社)で描かれている「大人の思春期」に通ずるテーマも垣間見えますね。

大美賀:『エヴァンゲリオン』は、そもそもは思春期の子供たちが大人へと成長する際の「通過儀礼」を描いた物語だと思いますが、『シン・エヴァ』で登場したシンジのかつての同級生たちは、見た目も中身も立派な大人です。シンジも同じ年齢のはずなのに、どう見ても14歳にしか見えない。つまり、大人になりきれない「大人の思春期」に留まっているということです。

ヒョウリ:大人になりきれない「大人の思春期」ということですが、「大人になる」ために必要なことがあるとしたら、どんなことなのでしょうか?

大美賀逃げずに自分自身と向き合うことです。『シン・エヴァ』の全編を通じてシンジは自分に向き合ったからこそ、最後には大人として現実の世界に飛び出していけたのではないでしょうか。自分に向きあう過程では、誰の心にもシンジが鬱に陥ってしまうほどの葛藤が生じます。しかし、その試練を乗り越えることで、若者は大人へと成長できるのだと思います。

ヒョウリ:『シン・エヴァ』にはそのプロセスも詰まっていますね。ぜひ、この記事を読んだあとにあらためて『シン・エヴァ』を見てもらいたいです。

大美賀さん、本日はありがとうございました!

プロフィール&新刊情報

メンタルケア・コンサルタント
大美賀 直子(おおみか なおこ)
公認心理師、精神保健福祉士等の国家資格を持ち、企業や大学等でのカウンセリング活動に従事。発達心理学や深層心理学をベースにした、自己成長の心理カウンセリングが得意分野。総合情報サイトAll Aboutで「ストレス」と「人間関係」のガイドを務める。2021年4月に『大人になっても思春期な女子たち』(青春出版社)を出版。心理学理論+小説+実践ワークを融合させた、まったく新しいスタイルの書籍として好評発売中。

●ホームページ
https://www.mentalcare555.com/
●All Aboutガイドプロフィール
https://allabout.co.jp/gm/gp/52/
●『大人になっても思春期な女子たち』詳細ページ
http://www.seishun.co.jp/book/22829/

取材・文・イラスト/タカハシヒョウリ

タカハシヒョウリ
ミュージシャン、作家。ロックバンド「オワリカラ」ボーカルギターとして6枚のアルバムをリリース。
また様々なカルチャーへの偏愛と独自の語り口で、カルチャー系媒体での執筆や、番組・イベント出演など多数。

編集/福アニー

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