ランニングシーンに大きな改革をもたらしたナイキの〝厚底レーシングシューズ〟が登場して今年ではや4年。性能、走り心地、そして今後の進化について、シューズレビューの達人に語ってもらった。
【教えてくれた人】
『Runners Pulse』編集長 南井正弘さん
スポーツシューズブランドのプロダクト担当を経て、現職へ転身。ランニングシューズの過去から現在までを知り尽くす達人。
厚底がもたらした革新性とは?衝撃吸収性・反発性・軽量性・耐久性を高次元でキープできること
圧倒的な推進力の発明がブランド勢力図を塗り替えた
「高橋尚子さんなどのマラソン選手や箱根駅伝に出場するようなトップランナーがレースで使用するランニングシューズは、これまでソールの薄い〝薄底〟が主流でした。脚で蹴り上げる力を地面にロスなく伝えることを目的としたデザインです。ただ、この〝薄底〟は着地時の衝撃吸収性を犠牲にしているため、体の出来上がっていない市民ランナーに不向きでした。このように高速で走れるシューズ=薄底という時代に変革をもたらしたのが、ナイキが発表した〝厚底〟だったのです。あっという間にブランドの勢力図を塗り替えました」。そう語るのは、ランニングメディア編集長の南井正弘さん。
「厚底といっても従来の薄底ランニングシューズと比較して厚いという意味。ナイキの厚底が画期的だったのは、ズームXフォームと呼ばれる独自のクッションフォーム素材を採用したことです。まず驚くべきは、足を踏み込んだ際の力を押し返して推進力へと転換するエネルギーリターン効率です。一般的なランニングシューズは約60%といわれる中、ズームXフォームは約85%に引き上げた。しかも、着地衝撃を和らげる厚さがありながら、軽量に仕上げているため、疲労が緩和され、後半のペースダウンを防げるのです」
ただし、すべての選手が厚底の恩恵を享受できるわけではないとも。
「当初の厚底はテクノロジーに合わせた走り方を要求するプロダクトアウト的な側面がありました。そのため、フォームに合わない、着地位置が合わないという選手もいました。ただ、この成功を機に様々な走り方に対応するモデルが増えています。もちろん、ほかのブランドも黙ってはいません。アシックスは日本人の走り方に合うような厚底モデルを投入し、クッション性に定評のあるホカ オネオネは脚をいたわりながらもペースアップできる市民ランナー向けのモデルを発表しています。選び方さえ間違わなければ、故障を軽減できて、かつペースが上がる。そんな厚底が今は増えています」
厚底レーシングシューズ『ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%』のプロトタイプで走るキプチョゲ選手。非公式レースながら、人類初のフルマラソン2時間切りを達成した。
見た目は同じ厚底でも加速性重視、保護性重視など持ち味は様々
現在、多くのランニングシューズが厚底化している。ソールの特性を高反発性に振るか、保護性に振るかなど、ブランドやモデルによってアプローチに違いがある。
まずは自分の脚力を見極めレベルに合ったものを選ぶ
厚底シューズを語るうえで外せないテクノロジーのひとつが、カーボンファイバープレートだ。ただ、ひと口に〝プレート入り〟といってもモデルによって特性は大きく異なる。
「踏み込む力でソール内部にあるプレートがテコの原理で足を押し上げて加速するというのが、基本的なプレート搭載シューズの仕組みです。先述のナイキの厚底レーシングシューズもプレートを搭載していますが、剛性が高く、市民ランナーの脚力では加速性を高めるというカーボンファイバープレートならではの機能を生かし切ることはできないでしょう。一方、ヨネックスの『セーフラン』シリーズなど、一般的な人でも使いこなしやすいカーボンファイバープレート搭載モデルも登場しています」
走ることに慣れ始めた脱初心者であっても扱いやすいプレート搭載シューズは、加速性だけでなく、着地時のブレを軽減するなど安定性も重視。もちろん、プレートを用いることなく衝撃吸収性を高めた厚底もある。脚力が伴っていない初心者には、このジャンルが向く。
「速く走りたくなる気持ちはわかりますが、まずはケガをすることなく、脚力を鍛えることが先決。ダイエットが目的であれば、過度なスピードで心拍数を著しく高める走り方は非効率だといわれています。スムーズな体重移動をサポートする、車輪のような厚底が特徴のホカ オネオネのシューズのように、保護性を重視し、かつ長くゆっくりとした走り方に適したモデルがおすすめです。
すでにジョギングが習慣化している人なら、保護性と反発性のバランスのとれたモデルを選ぶのもいいでしょう。足裏の感覚をある程度感じながらペースアップできれば、走る喜びはさらに高まるはずです」
じっくりと脚力を養って走力を高めていけば、いずれレースに挑戦したいという思いは強くなる。
「やはりレースに出る中級者以上のランナーともなれば、バネ感のある高反発なクッションフォームやカーボンファイバープレートなど、上位モデルの推進力を継承したモデルが狙い目です。とはいえ、スピードアップばかりに気を取られないこと。軽さ、保護性、反発性のバランスの取れたモデルを履けば、後半のタイムの落ち込みがかなり違ってきます」
最新テクノロジー、3つのキーワード
【保護性】膝の関節などを保護することで故障を防止。レース後半になってもペースが落ちにくい。
【高反発性】素材を押した時に跳ね返す力を応用。着地時の衝撃をロスすることなく推進力へと変換する。
【転がり性能】靴底が大きく弧を描く、ロッカー形状が代表例。コロコロと転がるように自然に脚が前方へ進む。
取材・文/今 雄飛