黒人奴隷の少女がアメリカ南部の農園から自由を求めて北部に亡命する旅路を描いたピュリッツァー賞受賞小説『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド著)がAmazon Prime Videoで実写化され、5月14日より独占配信中だ。
監督は、映画『ムーンライト』でアカデミー賞作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス。
あらすじ
19世紀初頭、アメリカ・ジョージア州の農園で黒人奴隷として強制労働をさせられていた少女コーラ(スム・ムベドゥ)。新入り奴隷の青年シーザーに、北部への亡命を持ちかけられる。シーザーによると、南部の黒人奴隷を運ぶ秘密の“地下鉄道”が実在するという。
地下鉄道とは、当時北部の奴隷廃止論者によって結成された黒人奴隷の亡命を支援するための秘密組織。この場合の“地下”は、“隠れた・秘密の”を意味する比喩表現だ。
しかしコーラとシーザーを迎えにきたのは、本当に地下を走っている機関車だった。
奴隷狩りを生業とするリッジウェイに追われ、命がけで逃げるコーラとシーザー。旅路の途中も、黒人奴隷制を巡って渦巻く人間の悪意と罠が二人を待ち受ける。
見どころ
本作を撮影するにあたって、黒人俳優やスタッフらのメンタルヘルスをサポートするため、ジェンキンス監督は撮影現場に専属セラピストを迎えたそうだ。
そんな解説を読んで恐るおそる鑑賞したのだが、実際に行われていたことだと思うとより一層つらい気持ちになり、何度も中断しながら少しずつ観進めた。
直視に耐えないほど極めて残酷な描写が多く含まれているので、体調が悪いかたや苦手なかたはご注意を。
以前ご紹介した『ザ・ホワイトタイガー』『隔たる世界の二人』(いずれもNetflixオリジナル)も本作と同じく差別をテーマにしており、かつ高評価を得ている作品だが、これらを観ていて強く思ったことがある。
それは、やはり差別というものは、人間が大なり小なり持っている怠慢や傲慢さなどの“弱さ“から生じているのではないかということ。
何者かになりたくてもなれなかった人間が惨めさをごまかし“誇り”を得るには、人種や社会階級や性別などを拠り所にするのが手っ取り早い。他人を見下して貶めていれば、自分自身の“弱さ”“情けなさ”に一生向き合わなくてすむ。
コーラを外の世界へと導いたシーザーが読んでいた『ガリバー旅行記』は、本作のメッセージを伝えるための重要なカギとなっている。楽しい児童書として昔から人気だが、じつは様々な示唆に富んでいる物語だ。
シーザーは、当時の奴隷には珍しく文字を読むことができ、それゆえに“様々な選択肢や可能性”、そして“自分自身の価値”を知ることができた。シーザーがコーラに脱出を提案できたのも、文字が読めて教養があったからだろう。
学問は、差別に打ち勝つ一番の力になる。反対に、他者から力を奪い支配するためには、学問を取り上げるのが有効だ。
コーラが「字が読めると知られたら主人に舌を切られる」とシーザーのことを心配していたのも、奴隷から力を徹底的に奪い、支配を強化させていたということだろう。
コーラとシーザーを狙うのは、奴隷狩りのリッジウェイだけでない。味方や善人の皮をかぶり、ふたりを罠にはめようとする人々が至るところに存在する恐怖。
他者への差別心や支配欲を大義名分にすり替えて正当化する人間の邪悪さに戦慄する。
「人はとことん残虐になれる、正しいと信じる大義のために」というセリフは、正義中毒がまん延する現代社会への警鐘ともいえる名言だ。
『地下鉄道 ~自由への旅路~』
Amazon Prime Videoで独占配信中
©Courtesy of Amazon Studios
文/吉野潤子