■連載/Londonトレンド通信
コロナ禍だが、ゴールデンウィークだ。薫る風に誘われ、お出かけしたくもなるが、コロナ除けにはステイホームが一番、悩ましいところである。そんな時にお勧めしたい映画が、今回のベン・ウィートリー監督『サイトシアーズ ~殺人者のための英国観光ガイド~』(2012)だ。いわゆるおバカ映画だが、カップル旅行が殺人旅行に転じるブラックコメディで、外出欲も萎えるかもしれない。
タイトルの通り、お子様向きではない。イギリスでは15歳以上の規制がついた。そのうえ、かなり変な映画で、万人向けでもない。だが、エンパイア誌などはその年の観るべき映画の1本にあげた。この手の笑いが好きな人には、たまらない映画なのだ。
この手とはどの手か、物語るのが完成するまでの過程だ。そこには、ブリティッシュ・コメディのおいしいところも、様々絡んでくる。セーフティネットとして、そちらもお勧めしながら、いきたい。
『サイトシアーズ 』の基は、カップルを演じるアリス・ロウとスティーヴ・オーラムによるステージでの一コマだった。映画の7年ほど前で、キャンパーカップルが実はシリアルキラーというもの。(写真は2013年のサンダンス・ロンドン映画祭でのアリス・ロウ)
典型的イギリス観光に見られる表面的な行儀良さをかき乱すカップルにしたというロウは、壊れた人同士がカップルになることで、個々でいた時よりさらにぶっ壊れる主人公は、『ウィズネイルと僕』(1987)にインスパイアされたとしている。
『ウィズネイルと僕』
脚本も書いたブルース・ロビンソン監督の自伝的作品。ロンドン、カムデンで共同生活する売れない役者の僕(ポール・マッギャン)とウィズネイル(リチャード・E・グラント)が、ウィズネイルの叔父モンティ(リチャード・グリフィス)所有コテージでのホリデーを目論む。アルコールとドラッグでラリぱっぱな2人がやらかす数々で笑わせつつ、そんな時代の終焉を匂わせる最後が胸をしめつける秀作で、イギリスの代表的カルト映画ともなっている。(DVD、BD発売中、Amazonプライム配信中)
ロウとオーラムは、シリアルキラーキャンパーカップルコメディの映画化を計画するも、ダークすぎるという理由で、なかなか手を挙げる人がいなかった。そんな中、すでに監督として名を成していたエドガー・ライトがエグゼクティブ・プロデューサーとなり、ついに始動する。
エドガー・ライト監督作
ロウは、ライト監督作『ホット・ファズ‐俺たちスーパーポリスメン!‐』(2007)にティナ役で出演している。ちなみに、ロウが『サイトシアーズ』で演じる主人公の名もティナだ。『ホット・ファズ』は、ライト監督前作『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)ともども大ヒットしたので、ご存知の方も多いはず。ポリスコメディの前者、ゾンビコメディの後者とも、文句無しに笑える。(両作 DVD、BD発売中、U-NEXT、Amazonプライム配信中)
さて、ライトをきっかけに進んだ映画化計画で、名前があがったのがベン・ウィートリー監督だった。ウィートリー監督は、長編監督デビュー作の犯罪映画『Down Terrace』(2009)がレインダンス映画祭最優秀英国長編映画賞などを受賞、続くホラー映画『キル・リスト』(2010)もさらに様々な映画賞受賞で、長編監督3作目が『サイトシアーズ』となった。もともとダークが持ち味の監督なのだ。
映画化にあたって、ロウとオーラムの脚本に、エイミー・ジャンプが加わった。脚本家のジャンプは、ウィートリー監督の映画作りのパートナーかつ妻でもある。
オリジナルでは実はシリアルキラーだったカップルが、旅行がきっかけでシリアルキラーになるカップルに変更された。自分の基準に添って行動するクリス(オーラム)と、彼に気を使い、嫌われまいとするティナ(ロウ)が、事故とも思える最初の殺人から、坂を転げるようにシリアルキラーカップルになっていく。
前述の『ウィズネイルと僕』やライト監督作の主人公がおバカだけれど愛すべき2人なのに対し、ウィートリー監督は主人公を愛すべき人にはしていない。かといって、憎むべき人でもなく、イタい人くらい。やっていることは極端だが、そこにいたる基は誰もが覚えのある苛立ちや嫉妬だ。
『サイトシアーズ ~殺人者のための英国観光ガイド~』の副題通り、イギリスの観光名所も出てくるが、あくまでメインは2人、最後のヒネリがさらにダークだ。(DVD発売中)
この映画の原型になっているのが、マイク・リー監督・脚本のテレビ映画『Nuts in May』(1976)だ。こだわりが強すぎて周囲とトラブルになるキース(ロジャー・スロマン)と、彼に従うキャンディス・マリー(アリソン・ステッドマン)のカップル旅行話で、高評価を得て、今も変わらぬ位置を占めている。
残念ながら現在では観るのが難しいので、リー監督がイタいカップルで笑わせたこちらの代わりに、イタい女で笑わせた『家族の庭』(2010)を次回でお勧めしたい。リー監督と言えば、ケン・ローチ監督と並ぶイギリスの二大巨匠だが、コメディセンスも秀逸なのだ。
※発売、配信は予告なく終了することがあります。
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com