Consorzio Vino Chianti Classico
パスタやピザなどのイタリア料理とともに、今ではすっかりと日本の食卓に定着しているイタリアワイン。
そのイタリアワインといえば、バブル期のイタ飯ブームでトスカーナ地方の「キアンティ」を思い浮かべる方も多いかもしれないが、実は「キアンティ・クラッシコ」というワインも存在する。世界中で混同されることが多いこの両者の違いは何なのか。そしてワイン好きの方は知っておいて欲しい、キアンティ・クラッシコの魅力にスポットを当てて今回はご紹介したい。
キアンティ・クラッシコとは?
イタリア・フィレンツェ(トスカーナ地方)に本拠地を置くキアンティ・クラッシコ協会が、日本で初めて開催した公式ウェビナーは、大変興味深い内容だった。テーマは「キアンティ・クラッシコ 唯一の個性を持つワインと産地」。講師は日本におけるイタリアワインの第一人者であり、キアンティ・クラッシコ アンバサダーの宮嶋勲氏。
300年を誇る歴史
「キアンティ・クラッシコ」はイタリアで一番古いアぺレーション(産地と結び付いたワインの名前)であり、歴史は1716年まで遡る。その頃のトスカーナは、フィレンツェで有名なメディチ家が支配しており、メディチ家のコジモ3世がワインの優れた産地を四つに線引きした。
1924年に、本来のキアンティ地方のワインの品質を守るために「キアンティワインを保護する協会」が設立された。1932年には、キアンティと区別するために「クラッシコ」が加えられた(詳しくは後述)。
1996年に「キアンティ・クラッシコDOCG」(イタリアの原産地呼称制度の最高クラス)となり、現在はキアンティ・クラッシコがユネスコ世界遺産に登録されるように働きかけている。
キアンティ・クラッシコはどこにあるの?
イタリア中部にあるトスカーナ地方の、フィレンツェとシエナの間に広がる美しい丘陵地帯がワインの生産地区となる。
Alessandro Masnaghetti www.enogea.it for Consorzio Vino Chianti Classico
写真左の赤枠で囲ったところがトスカーナ地方で、一番濃い緑色の部分がキアンティ・クラッシコDOCGだ
全域は7万haでブドウ畑は1万ha。そのうち、「キアンティ・クラッシコ」と名乗れるブドウ畑は7200haだ。キアンティ・クラッシコのワインを造るためには、最初からキアンティ・クラッシコのブドウ畑として登録されている必要がある。
特筆すべきは、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロが描く絵の背景に広がっている風景が、今も変わらずに続いていることだ。ブドウ畑以外の面積が広く、森林やオリーブ畑、糸杉並木など、絵葉書のように美しい風景が広がっている。
今も避けて通ることができない問題「キアンティ」と「キアンティ・クラッシコ」
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イタリアを代表するワインといえば「キアンティ」を挙げる人が多いが、「キアンティ」と「キアンティ・クラッシコ」の違いが分かっていない人が世界中にいるという。本記事でも、ここだけは特に押さえておいて欲しい部分である。
この問題は一体どのように発生したのだろうか?
先程から述べている、フィレンツェとシエナの間に広がる「キアンティ・クラッシコ地区」は、もともとはキアンティ地方という名前であった。ここはフィレンツェに高品質のワインを供給する産地として非常に名声が高かった。
昔のキアンティのワイン(現在のキアンティ・クラッシコのワイン)はおいしくて人気が高く、多くの需要があったため、1716年に定められたワインの生産地域の外で造られたワインもキアンティとして売り、その生産範囲をどんどん広げていってしまった。
キアンティの海外輸出も好調だったため、何ともびっくりする話だが、政府が生産範囲を広げるやり方を認めてしまったのだ。しかし、産地が広がるにつれてワインの一貫性がなくなってしまった。
宮嶋氏が分かりやすく例えると、「京野菜」は京都で作られるので京野菜と名乗れるが、人気が出て京都の野菜だけでは足りなくなり、奈良も大阪も「京野菜of奈良」「京野菜of大阪」として売ったようなものだ。
本来はキアンティ地方で造られるキアンティというワインが、ほかの村も皆キアンティを名乗ったため、「私がオリジナルのキアンティです!」と本家感を出すために「キアンティ・クラッシコ」と名乗るようになったのだ。
まとめると
・キアンティ地方では「キアンティ・クラッシコ」が造られている。
・キアンティ地方を名乗れない他の地方では、「キアンティ」を造っている(トスカーナ地方でメジャーなワイン)
という、今は本当に矛盾した状況にある。
Alessandro Masnaghetti www.enogea.it for Consorzio Vino Chianti Classico
写真右の一番濃い緑色部分がキアンティ・クラッシコDOCGで、黄色がキアンティDOCGだ。産地がどんどん広がったことが伺える
しかし、キアンティは産地が広いから質が劣るという訳ではなく、トスカーナらしいチャーミングなワインを生産しているので、「それぞれのワインのキャラクターが違うということを覚えて欲しい」と宮嶋氏は解説した。私たちもこの違いをしっかりと理解しておきたい。
ちなみにキアンティは千円台から、キアンティ・クラッシコは二千円台から購入できるワインが多い。
キアンティの本家である「キアンティ・クラッシコ」の特徴
キアンティとキアンティ・クラッシコの見分け方
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キアンティ・クラッシコは現在515軒のワイナリーがある。キアンティ・クラッシコ協会はキアンティと区別する方法として、キアンティ・クラッシコに「黒い雄鶏」のマークをワインの首、または裏のラベルに付けることを義務付けた。
この「黒い雄鶏」には伝説がある。昔フィレンツェとシエナがトスカーナの覇権を争って何百年も戦っていた時、この両都市の間にあるキアンティ・クラッシコが主な戦場であった。戦争ではなく、雄鶏が鳴いたら双方が出陣し、ぶつかったところで境界線を決めようということになった。
フィレンツェは黒い雄鶏を選び、シエナは白い雄鶏を選んだ。フィレンツェは黒い雄鶏に食べ物を与えなかったため、飢えて怒り朝早く鳴いた。シエナは白い雄鶏に食事を与えてのんびり過ごさせたため、朝遅くに起きた。白い雄鶏が鳴いた頃には、フィレンツェ側はかなり前進しシエナの門のところまで来た。そこが今のキアンティ・クラッシコであり、勝利したフィレンツェ側の黒い雄鶏がシンボルとなったのだ。これも豆知識として覚えたい。
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ブドウ品種
キアンティ・クラッシコは黒ブドウのサンジョベーゼを80%、他の黒ブドウを20%ブレンドすることができる。
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サンジョベーゼは特にトスカーナ、中部イタリア全体で広く栽培されている土着品種であり、すみれの香り、チェリー、赤い果実、エレガントで優美な香りがある。酸がいきいきとして飲みやすくフード・フレンドリーであり、タンニンがスパイシーである。
20%の補助品種は、よりエレガントなワインに仕上げたい時、またはボディをしっかりとしたワインにしたい時など、それぞれ生産者の感性でどの補助品種をブレンドするか決めていく。その中でも、味わいにまるみをもたらす「カナイオーロ」は補助品種として一番使われる傾向にあるとのことだ。
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キアンティ・クラッシコの3つのカテゴリー
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キアンティ・クラッシコの品質は三階建てで構成される。
一番下が「アンナータ」。これはヴィンテージという意味で、収穫した翌年にはすぐに飲めるため、比較的軽く、デイリーに食卓で楽しめるワインだ(最低熟成期間12か月)。
真ん中の「リゼルバ」は熟成期間が長くなり、それだけの熟成に耐えうる良いブドウを使用するので、よりしっかりとしたワインになる(最低熟成期間24か月。うち3か月の瓶内熟成)。
そして、一番上は最も品質の良い「グラン・セレツィオーネ」(大きなコレクションという意味)だ。
イタリアワインは1970年代頃から急速にワインの質が向上してきた。近代的で濃厚な味わいを目指し、ブドウのクローン選別を行ったことも理由の一つと言えるだろう。
品質の向上に伴い、最上級のカテゴリーであるグラン・セレツィオーネが、2014年にキアンティ・クラッシコ協会により制定された。ワイン通をターゲットとした、5~10年以上の長期熟成が可能なワインである。グラン・セレツィオーネは30か月以上の熟成(うち3か月の瓶内熟成)のほか、自社畑のブドウからしかワインを造れないことも大きな特徴だ。
はじめは30ほどの生産者しか参加していなかったが、反応が良くあっという間に成功し、現在は144の生産者に増えている。しかしグラン・セレツィオーネを名乗るための基準は大変厳しく、キアンティ・クラッシコ全体の6%ほどのみである。世界でも注目を集めているカテゴリーであり、日本では約六千円台から購入できるケースが多い。
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テロワールが反映されたワイン
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現在、ワインは醸造技術が発達したことで、おいしいワインが昔より比較的簡単に造れるようになった。そのため、ブドウが「どこで造られたか」ということが非常に重要で、現代の消費者は「テロワールの結びつきが見えるワイン」を重要視している。
テロワールを的確に説明する日本語訳はないのだが、「〇〇地域のブドウの特徴が、このワインに非常に密接に表れている」というように認識して欲しい。
テロワールには重要な概念が二つある。
1.自然要因:気候、土壌、標高の高さ、どこにあるかということ
基軸になる土壌がいくつかあるが、例えば「アルベレーゼ」という石灰岩は、エレガントで酸が強く、ミネラルが感じられるワインができやすい。また、粘土質の土壌だとフルボディのワインが造られるなど、さまざまな特徴の土壌によりワインのキャラクターも必然的に変わる。
2.人的要因:土地の文化や歴史、またどんな人が造っているか
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一見ワインに関係ないようだが、ワインは常に食事と共に飲まれてきたので、食べ物により合うワインが変わる。魚をよく食べる土地では魚に合うワインが造られるなど、その土地の文化や歴史がワインに反映される。
そして、土地の人の感性もある。ピエモンテの人は控え目で地味であることが美徳とされ、
トスカーナの人はおしゃれでスタイリッシュの人が多いなど、「感性」の違いもワイン造りに反映される。
キアンティ・クラッシコが目指す未来
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これらのテロワールとの結びつきが見えるワインという視点は大変重要であり、先述した自社畑から造られるグラン・セレツィオーネは、「テロワールを反映していく」という、将来歩んでいくキアンティ・クラッシコの方向性を示している。
さらに、現在キアンティ・クラッシコ協会では「村別呼称」も考えている。8つの村があるが、キアンティ・クラッシコを名乗るだけでなくて、「ガイオーレ・イン・キアンティ」など、村別で呼称される未来を描く。
ボルドーの「シャトー・マルゴー」のように、どこからブドウが生まれたかというトレーサビリティを追うことができるように、キアンティ・クラッシコもより狭い範囲のテロワールへの結びつきを目指している。
別日のキアンティ・クラッシコ協会主催のセミナーにて、村別のキアンティ・クラッシコを試飲。基本的には果実味とタンニンのバランスが良く、飲み疲れがしない心地良いワイン。標高や土壌の違いにより、酸とミネラルを感じるもの、パワフルでアルコールの高さを感じるものなど、さまざまな個性が際立っていた
宮嶋氏が語るキアンティ・クラッシコの最大の魅力
最後に、宮嶋氏が見るキアンティ・クラッシコの魅力や、おすすめの料理について質問した。
「キアンティ・クラッシコはフード・フレンドリーであり、料理とともに生きるワインです。
特に炭火焼きなどシンプルなものが最高です。イタリアの他の地域でワインを造る人たちも、『食卓ではキアンティ・クラッシコを飲む』という方もいます。酸と果実とタンニンの全てのバランスがよく、食事を引き立ててくれるので、毎日飲むならキアンティ・クラッシコが良いですね」
宮嶋氏もトスカーナのレストランに行くと、キアンティ・クラッシコのアンナータをよく飲むそうだ。
「リゼルバやグラン・セレツィオーネを飲むと、偉大ですごいなと思いますが、ついついグラスが進むのはアンナータです。品質も上がってきており、『毎日の生活の中で、ワインのあるより豊かな時間を過ごしたい』という考え方になると、自己主張の強い偉大なワインよりも、寄り添ってくれるアンナータが愛おしく思えるのです」と締めくくった。
近年のヴィンテージでは、2014と2017年以外は良いヴィンテージで、2015、2016年は特に良いヴィンテージとのことだ。
キアンティ・クラッシコはさまざまな歴史や伝説を持つ、誰かに話したくなるワインだ。黒い雄鶏が目印の「キアンティ・クラッシコ」をぜひ飲んでみてほしい。
サイト内で地図上をクリックすると、各テロワールの360度パノラマ画像で美しい景色を楽しめる。
※記事内の情報は記事公開時のものです。
一部の写真は2021年3月15日にキアンティ・クラッシコ協会が開催したマスタークラス「キアンティ・クラッシコの産地を360度俯瞰する」を使用しています。
【講師紹介】
宮嶋勲氏
1959年京都生まれ。東京大学経済学部卒業。1983年から1989年までローマの新聞社に勤務。現在イタリアと日本でワインと食について執筆、セミナーの講師、講演を行う。BSフジのTV番組「イタリア極上ワイン紀行」の企画、監修、出演を務める。著書に「10皿でわかるイタリア料理」「最後はなぜかうまく行くイタリア人」(日本経済新聞出版社)など。2014年、イタリア文化への貢献により“イタリアの星勲章”コンメンダトーレ章をイタリア大統領より授与。
【主催】
キアンティ・クラッシコ協会
【協力】
ウィタン アソシエイツ株式会社
取材・文/Mami
(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート
https://mamiwine.themedia.jp/