1日何時間もSNSに費やす現代人
「1日のうち8時間を仕事にあて、8時間を睡眠にあてても、まだ8時間残るはずなのに、どうしていつも時間がないのだろう?」。
おそらくビジネスパーソンの8割は、ときどきこう思っているのではないだろうか。そして疑問を感じると同時に、その「時間泥棒」が何かも重々承知して、ため息をついているのかもしれない。
「わかってるよ…スマホを覗いている時間が、時間泥棒の張本人なんだよな」と。
実際の話、現代人の多くは1日のうち平均5時間を「情報の消費」にあてているそうだ。「情報の消費」とは、インターネットを通じて提供されるテキストや画像・動画の洪水に接すること。特にスマホという最強のツールを手に入れてからというもの、情報消費は加速。朝起きてスマホチェック、就寝前にスマホチェックが習慣になりながら、その状況から脱出したいという人は実は結構いる。
平日の「豊かな時間」な取り戻す
スタートアップデザインの顧問などに携わるスワンさんも、その一人だった。少し残業してから帰宅後、晩御飯とお風呂の時間を差し引くと、就寝前の自由時間がまるでない日々を送っていたという。
ある日、スワンさんは、この問題に真っ向から直視する。そして、「毎日3~4時間ほどTwitterを見ている」ことを知って、げんなりしてしまう。
しかし、心の奥に隠しこんでいた真実を明るみにしたことで決心がつく―「年間で計算したら何百時間という膨大な失われた時間を取り戻そう」と。
試行錯誤を経てスワンさんは、「画面の外で、豊かな時間」を取り戻すことに成功する。それも、山奥に引っ越したわけでなく、Twitterともゆるく付き合いながらいい関係を続けているという。
今回は、数少ないデジタルデトックスの成功者に、人生の一部を取り戻すまでの道のりと、誰でもできるデトックスの秘訣をうかがった。
最初の一歩はスクリーンタイムの確認
― いの一番にしたことは何でしょうか。やはり、Twitterのアカウント削除ですか?
スワンさん:まず、最初に行ったのはスクリーンタイムを毎日見ることです。まずは自分の罪の重さを理解しないときっと自分の行動は変えられないだろうなと思っていたので、まずは自覚することからはじめました(笑)
毎日スクリーンタイムを見るようになると、本当に言い訳のしようがないんですよね。ああ、ツイッター4時間見てるなとか。読書は全く進んでいないのに、やたらAmazonでウィンドウショッピングしてるなとか丸裸なわけです。それが嫌で恥ずかしくて、モチベーションを醸成したところでアプリをどんどん消しました。
ツイッターやInstagramなどSNSだけでなくYouTubeやNetfixといったコンテンツアプリに加え、仕事で手放せないと思っていたGmail、Slackまで消しました。スマホの中身はあっという間にすっからかんになって、なんのためにストレージの多い機種を高いお金を払って買ったのかと不思議な気持ちになりましたが。
本当に最初の1ヶ月ぐらいはそわそわして、誰かの連絡に数日気づけなくて「しまった」と焦ることもしばしば。それでも「すぐに反応しない」「それは過剰だ」と自分に言い聞かせて、ゆっくり読書をしたり、集中したい仕事や趣味に静かに没頭する時間を楽しむように努めました。
アプリの通知を全部OFFに
― 最初の試みでうまくいけそう、となって、次にチャレンジしたことを教えてください。
スワンさん:アプリの通知を全てOFFにしたことです。
アプリを消しても、どうしても細かい通知やサービス側の都合のお知らせが届くのが目につきました。毎日「今日もログインしよう」とか「今日は〇〇の日です」とか、別にいいんですけど欲しいと思った情報が送られてくることは全くなかった。まあ、自分も通知の設計をしていたことがあるので、中の人の気持ちは痛いほどわかるのですが、「呼び戻し」と言ってアプリに引き戻す、思い出させる役割を担うのがプッシュ通知なので、どうしても回数は多くなるし全てのサービスがやりたがる。だから全てを許可していると、毎日数百通の通知が届くようになってしまって、その度にスマホが画面を点けたり、バイブで私の気を散らしてくるんです。
これ、家に例えるなら日中に100回インターホンが慣らされているようなものだと思うんです。そう思うとう異常で、異様だなって気づけるんですけど、スマホの中だとバーチャルなイベントで負荷感が紛れてしまうんですよね。
今は電話とSMSだけ許可していて、他のすべてのアプリの通知をオフにしています。常に静かで誰も邪魔してこないので、本当に目の前の仕事や趣味が捗ります。
時事情報の細かいチェックもやめたら…
― そこからさらに、デジタル情報との接触の範囲を減らしていったと。
スワンさん:次に減らしたのは、テレビニュースやネットメディアです。
ITという仕事も相まって、どうしても「情報は命」「流行りを追ってトレンドを掴まないといけない」と、強迫観念のように思い込んでいました。新聞をアプリで読んだり、ネットニュースを端から端までみたり、ツイッターに流れてくるゴシップに思わず意識を持っていかれたり。でも先んじてアプリと距離をとったことによって、すでに冷静に物事を考える余裕があったので、ふと思ったんですよね。これ、本当に必要なのかなって。
冷静に見直してみると、仕事に必要なニュースってごくごく僅かなんですよね。関わっている業界の話や、技術の話ってそこまで毎日でてくるものでもないし、その話がないと仕事にならないかと言われると全然そんなことなかった。むしろ短期的な世間の声や誰かの大きな声に惑わされて、自分の軸がブレるきっかけになることの方が多いなと。
それに必要以上に情報を得ようとすると、どうしても他の雑多な情報が無理矢理に私の思考に入り込んでこようとする感覚があって「ただのノイズだな」と思ったんです。誰かの不倫や、謎の商品紹介、不安を煽る時事ネタやコンプレックス商材など、裏のからくりを知ってしまうと「売りたいんだろうな」とか「不安がらせて視聴率取りたいんだな」とか、本来の伝えるという役割を大きく外して切り売りされる情報にものすごい嫌悪感を抱いたんです。
いざニュース断ちに加えてメディアのチェックをやめてみると膨大な時間が生まれて、加えて精神的にすごく安定するようになりました。いくら時間が空いても不安に押しつぶされていたら行動ができなくなってしまうので、この安定感はすごく重要です。それが意外にも知らない誰かの声や情報に振り回されていたのだと気づいた時、本当になんで今まで「不安になるために情報を仕入れていたんだろう」とおかしくなってしまいました。
そのまま数ヶ月も続けていくと、憑き物が落ちたように毎日が今までにないほど晴れやかな気分になりました。」
リバウンドは無理に抑えつけないのが秘訣
― 「二歩進んで一歩後退」したような、リバウンドや挫折体験もあったのではないでしょうか?
スワンさん:もちろんあります、やはり人なのでそうそう自分の欲を手放せないことの方が自然だと思います。
私はやっぱりTwitterが強敵でした。仕事のブランディングや発信の役割も担っているし、純粋に文章を考えるのが楽しいので一番堪えました。アプリを消してもブラウザからログアウトしても、つい再インストールしてしまったり、何度もブラウザでログインして無理矢理見ようとしてしまうほどの執着でした。
これは無理に抑えようとすると心身にも不健康だし、リバウンドで前より見るようになってしまうといけないと思って時間をかけてゆっくりと量を減らしていきました。ダイエットと同じですね。急激にやると反動も大きいので、徐々に徐々に鳴らしていきました。
衝動が沸いていざリバウンドしたら、自分に「どうして見たかったの?」「楽しかった?」と聞いてみる。その答えを聞いて、楽しかったなら「よかったね」でよくて、一方でイライラしたと思ったなら「ちょっと減らして見ようか」と語りかけてみる。1人カウンセリングの要領で、自分を責めることなく自分の欲求や声に耳を傾けてみると自分の欲求や目的、それに伴う感情がクリアに受け止められるようになって無理なく離れられたと思います。
一歩進んだのに、二歩下がってしまったと真面目な人ほど自分を責めてしまいがちなんですが、あまり自分を責め続けると自尊心が下がって不安になり、誰かの意見や声が聞きたくてまたネットや情報にすがる悪循環に陥ってしまいます。だから自分だけは、自分の味方でいてあげて欲しいなと思います。
情報の「浪費」を100%切り捨てず
― 現状の「情報の消費」を目的としたネットとの付き合いはどんな感じですか?
スワンさん:かれこれ情報の消費を見直してから2年ほど経つのですが、随分とうまく付き合えるようになって、今では情報の「浪費」と「消費」を分けられるようになりました。
消費は本当に必要なこと、仕事のメールチェックや返信、情報収集などです。仕事なので切ってもきれないことですが、以前は「怒られるかもしれない」「仕事を失注してしまうかもしれない」といった幻想に取り憑かれて、過剰にサービスしていたことはすっぱりやめました。でも仕事は減っていないし、むしろ心地よい環境で高いパフォーマンスを出すことによって信頼を獲得し、次の仕事につながるといった好循環に入りました。
一方で浪費は生活になくても成り立つけれど、自分の心を豊かにするようなコンテンツです。大好きなクリエイターさんの動画をみたり、趣味のマニアックな記事を調べるのは本当に楽しいです。前は「まだサボっちゃってる」と言った罪悪感に苛まれながら見ていましたが、今はやるべきことを片付けた後に適切な量を自分で調整しながら思う存分ダラダラできるので、すごく気持ちがいいし自分の活力になっていると感じます。
以前はキリキリとアプリを消したり、ニュースを減らそうと躍起になる必要がありましたが、今では「いつでも止められる」基礎筋力のようなものがついたので、そこまで厳重に管理しなくてもそもそも欲求が薄れたのでとても自己管理がしやすくなりました。
また自分のライフステージが上がっていく中で情報との付き合い方は徐々に変わると思いますが、常に柔軟な気持ちで「情報と自分の心地いい関係」を探していきたいと思います。
― スワンさんの話を聞いて「これからデジタルデトックスを始めたい」と決心した人に、中途挫折を回避できるロードマップやコツを教えてください。
スワンさん:恐らく、デジタルデトックスの一番の裏ボスは「孤独」なのだと思います。世間から置いて行かれているのではないか、周りに変なやつだと思われているんじゃないか。上司に怒られたり、友達を失うんじゃないかといった「他人からの自分の評価」を気にするからこそ生まれる、集団における孤独を回避したいという恐れ。それは多分、共生していくことを求められ続けてきた、人類の本能的な恐怖でもあるのだと思います。
そしてこれは、完璧に取り去ることはできないと思います。できるとしたら、修行僧ぐらい厳しい訓練を積む必要があると思います。私自身もたまに寂しくなったり、こんなことをしているのは私だけなのではないかと虚しくなる日もあります。
でも、恐怖から逃れ続けるために情報を浴び続けるのは強力な薬漬けで誤魔化すようなものです。だからこそ「孤独」をどうにかしようとせず、そのままそっと置いておくような気持ちでデトックスの中で生まれる不安や、恐怖を受け流してみてください。もちろん呑まれる日もあると思いますが「不安だな」「孤独だな」という状態から必死に逃げようとすれば逃げようとするほど逆効果で、どんどんリバンドしていってしまうので、何もしない。自分の気持ちをどうにかしようとせず、そのまま置いておくような気持ちで、デジタルデトックスに取り組んでみて欲しいです。
また、近年はスマホだけでなくさまざまな機器にインターネットが接続する時代なので敵の形もさまざまです。人によっては最大の敵がiPadだったり、スマートデバイスだったりと本当にさまざまなので、ぜひ広い視野で自分の周りにある情報の質や内容を見直して見てください。
正解はないしすぐに変わるものではないから、健康管理のように気長に気軽に初めてもらえると嬉しいです。そしてその先にある自由で軽やかな時間を、ぜひ味わってみて欲しいです。
スワンさんの話をうかがって、完全にデジタルを断ち切る必要はないし、そうしたところで悪影響の方が大きいことがよくわかる。多少の試行錯誤をしながら、自分が心地よいと感じる落としどころを見つけるのが、「豊かな時間」を取り戻す意外な近道といえそうだ。また、スワンさんは、関連する著書として『あなたの24時間はどこへ消えるのか』(SBクリエイティブ)を上梓している。あわせて本書も読まれると参考になるだろう。
スワンさん プロフィール
1991年群馬県生まれ。事業デザイナー、スタートアップデザイン顧問。多摩美術大学卒業後、サイバーエージェント、メルカリなど大手IT企業でデザイナーとしてサービス開発に携わりつつ、個人で現在まで数10社以上のスタートアップの事業改善、また組織開発など幅広く顧問として携わる。2020年春に独立し、2021年3月に事業責任を務めるデザインスクール「Designship Do」をリリース。Twitter、noteを中心に実体験と科学的根拠を融合させた情報発信を行う。平日は働き、遊び、休み、休日は山に登る日々。
Twitter: https://twitter.com/shiratoriyurie
Note: https://note.com/shiratoriyurie
YouTube: https://www.youtube.com/channel/UCc6q5q1Bb_Bn2sfMzT0CcFQ
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)