全国各地に酒蔵がありバリエーションが豊か、かつ身近なお酒というイメージが強い日本酒。そんな日本酒にワインやウイスキーのような高級市場を開拓すべく2018年に立ち上がった日本酒ブランドが、『SAKE HUNDRED(サケハンドレッド)』だ。1本(500ml)19万8000円の26年ヴィンテージ『現外』や、3月10日発売された『天雨』など6製品を展開している。商品開発を担当している株式会社Clearの高良翔氏に、高級日本酒市場の可能性を聞くとともに、試飲させていただいた。
−−なぜSAKE HUNDREDというブランドを立ち上げられたのでしょうか。
「弊社は2014年から幅広く日本酒の魅力をお届けする情報サイト『SAKETIMES』を運営してきました。全国の酒蔵様を取材させていただく中で、日本酒の可能性に気づくと同時に大きな課題も見えてきました。そのひとつが、日本酒には価格の評価がついてきていないこと。多くの酒蔵さんは地元の生活に密着したお酒を造ってきており、酒を造るプロフェッショナルではあるのですが、それを売るのは酒屋さんの役割。それらが理由で、高級マーケットが成立してこなかった。
品質としては高く評価されていても、価値として市場から正しく評価されていない。価格的に世界から評価され、より愛されるようにするために、SAKE HUNDREDのブランドを立ち上げました」
−−SAKE HUNDREDは立ち位置としてメーカーになるのでしょうか?
「醸造メーカーでありオリジナルのブランドです。商品ごとに異なる酒蔵とタッグを組んで生産しています。それにより、酒蔵の地域や設備などに縛られることなく最高峰が表現できます。例えば『百光(びゃっこう)』は山形県の楯の川酒造で作っていますが、現地の楯の川酒造では『百光』を買うことはできません。日本酒ではまだ一般的ではありませんが、ビールやワインでは“ファントムブルワリー”と呼ばれる委託醸造のブランドはメジャーになっています」
−−OEMのような形態と考えればわかりやすい。開発はどのように?
「まずはコンセプトを作ることからスタートします。『百光』でしたら上質を極める至高の一本、王道の純米吟醸として最高の質を満たそうというイメージを作る。それから、香りや口当たりといったスペックを設計します。酒蔵とのディスカッションで詰めていくことで、僕たちの意思や考えが色濃く反映されたお酒が作られます」
−−工業製品とは異なり、日本酒は完成するまでに時間がかかります。
「いちから開発するとなると1年以上かかる場合もあります。作れて1年間に一つないしは二つ。多くても三つしか作れない。少数精鋭でお客様に届けるやり方になります」
−−日本酒の場合、どのような基準で高級となるのですか?
「商品の価格については、僕たち自身の軸を持っています。磨きもそのひとつです。『百光』などは、精米歩合18%にすることで、完全に雑味がなくなります。そして、単に美味しいで終わらない、体験の豊かさやブランドに対する価値も高めていかなければいけない。心を満たす、人生を彩るというのが、僕たちが目指している世界観です」
−−販売のチャネルは?
「商品の品質管理を徹底するため、自社のサイトで販売をしています。ブランドの世界観を一番表現できるもの自社サイトですし。ただ、一部のトップホテルやレストランには、限定的に卸しています」
−−となると、お家で飲むのがメイン。
「ギフトとしてのご利用も一部ありますが、ほとんどはご家庭で楽しんでいただいています」
−−海外からの購入は?
「ECサイトは海外から買えるようにしていませんが、昨年の11月から、国ごとにパートナーと組んでおり、香港とシンガポールで販売しています。今年からはアメリカ、中国、イギリスに展開していく予定です」
いざ試飲!
『百光(びゃっこう)』2万5000円(税別)
SAKE HUNDREDのフラッグシップ。今年は抽選販売で、500本に対して2万件の応募があった。
ひとくち口に含んだ瞬間に、これはヤバイと感じる。女子高生みたいな表現しかできなくて恐縮だが、味わいの透明感がこれまで飲んできた日本酒とは次元が異なる。これが精米歩合18%のチカラなのだろうか。香りは桃のようで、すいすい飲めてしまう非常に危険なお酒だ。日本酒が苦手という人でも絶対に美味しいと思うはず。
『天雨(てんう)』2万5000円(税別)
3月10日発売の新商品。火入れを行わない生酒で、お酒を絞り上げたその瞬間でしか味わえないフレッシュな味わいを楽しむことができるという。
先ほどの『百光』に比べると、より酸味が感じられる。口に入れた時は非常にフルーティーな爽やかさ(マスカットのような香り)があり、その後で日本酒らしい苦味が余韻として残る。生酒ならではのピチピチとした酸味もあり、一口で様々な味わいや香りが楽しめる。グラスに注いで時間が経つと、(温度が高くなることで)より甘みが出る。
『現外(げんがい)』18万円(税別)
26年熟成ヴィンテージの日本酒。
1995年の阪神淡路大震災で、兵庫県の酒造メーカー沢の鶴の工場が倒壊。その中にひとつだけ倒れなかったタンクに残った「酒母」を20年以上熟成させた。酒母は日本酒として完成する前の段階で、工場が倒壊したことで味を調えることができなかった。廃棄するか強引に絞ってお酒にするか2択を迫られたが、蔵人達は熟成に一縷の望みを託した。
倒れずに残った醸造タンク。沢の鶴では、1970年頃から熟成酒の研究に取り組んでおり、その知見があったので熟成に賭けてみた。計算上はあと3000本から4000本分残っているが、沈殿した澱の影響もあり、実際に飲める量は正確にはわからないという。
香りを楽しむために大きなグラスで試飲する。
香りは、日本酒とは思えない。紹興酒のような酸化熟成の香り、カラメルやカカオのような、複雑な香りだ。ひとくち口に含むと、スモーキーさがあり、余韻が非常に長い。なんだろう、お酒なのに、美味しい料理を味わっているかのような感覚になる。つまみなどなくてもこれだけで楽しめる。見た目から想像する飲みづらさはまったくない。メインディッシュのお肉、複雑なソースを使ったフレンチなどに合いそうだ。
『天彩(あまいろ)』1万4000円(税別)
最後に試飲したのはデザート日本酒の『天彩』。水の代わりに日本酒を使うことで、凝縮された甘みを生み出しているという。色は天然発酵によるゴールド。
味わいは、スイーツのような不思議な甘さ。それでいて日本酒らしい麹の香りがあり、酸度も高いので甘いとはいっても子供っぽい味ではない。レーズンなど果物の入ったチョコレートと合いそうだ。普段日本酒を飲まない人にもおすすめできる。
取材として試飲させていただき、ふわふわとした気分で帰宅した。いつものダメな酔っ払いとは明らかに違う。味だけでなく酔い方にも上質感がある。これは気のせいではないだろう。日本酒の、そして酔い方の新しい世界を知ってしまった。
取材・文/小口覺