あだち充が『ゲッサン』(小学館)で現在連載中の『MIX』は、あの『タッチ』に登場する明青学園が甲子園を制したその後を描く青春野球マンガだ。1年ぶりに『MIX』の新刊が発売されたことを記念し、高校時代に強豪校の野球部で活躍していたお笑いコンビ・ティモンディに同作を読んでもらった。
野球経験者のふたりの目には、同作で描かれるプレーやフォーム、そして選手たちの心の動きはどう映ったのか。
『MIX』とはどんなマンガ?
あだち充の代表作『タッチ』の約30年後を描く野球マンガ。両親の再婚により同い年の義兄弟となった立花投馬と立花走一郎は、明青学園野球部でバッテリーを組んでいる。しかし明青学園野球部は上杉達也の代に甲子園優勝を果たしてから、中等部も高等部もずっと停滞したまま。果たして二人は明青学園を再び甲子園に導き、そこで勝利を収めることができるのか。
『巨人の星』以来、久しぶりにきちんとマンガを読みました(高岸)
――あだち充先生の作品には、これまでどんなものに触れてこられましたか?
前田裕太(以下前田) 僕らが中学生のときに『H2』がドラマ化(※1)されて、同時にマンガも読んでいました。あと同じ年に『タッチ』も、長澤まさみさんの主演で映画化されたので、その二つが僕らの世代には影響の大きい作品ですね。やっぱり全体的に「爽やかな青春」というイメージです。
高岸宏行(以下高岸) 僕の場合は、けっこうみんなと違いまして、マンガやアニメなどにはあまり触れてこなかったんです。物語の内容を周りの友だちから教えてもらうぐらい。『H2』とかは、学校の休み時間にみんながよく話していたという記憶はありますね。『タッチ』も「双子が主人公だよね」とか、ところどころ知っているだけで。
前田 当時、まともに読んでいたのは子供の頃にプレゼントされた『巨人の星』だけだったんでしょう?
高岸 そうなんです。小学校へ入る前ぐらいに、初めてのクリスマスプレゼントで『巨人の星』の2巻をもらったんですよ。ええ、1巻じゃなくて(笑)。『MIX』はその『巨人の星』以来、久しぶりにきちんと読んだマンガですよ。
あまりマンガに触れてこなかったという高岸。
前田 僕は『H2』や『タッチ』以降も、『クロスゲーム』や『MIX』をコミックスで買って読んでいました。『MIX』に関しては文字通り、あだち充作品のさまざまな要素がミックスされているのと同時に、一つの独立した物語としても楽しめるところが面白いと思います。
※1 2005年に放送されたドラマ『H2~君といた日々』。
東秀戦での決着シーン、描き方がニクイ!(前田)
――お二人は愛媛県の超強豪校・済美高校の野球部出身であることが有名ですが、経験者の目から見た『MIX』はどんな印象でしたか?
高岸 高校時代に愛媛の田舎で野球をやっていた匂いを思い出させてくれました。大会前の雰囲気だとか、懐かしい気持ちにさせられましたね。
前田 ただ、学校生活の部分は僕らとだいぶ違いますけど。僕らはもう朝から晩まで野球のことしか考えず、勉強なんかは二の次という生活だったので。『MIX』を読むと正直、「こういう学校もあるんだな」と。
高岸 そうですね。でも僕らは自分たちが特殊な環境にいるっていうこともわかっていたので、『MIX』を読んで二度目の高校生活を贅沢に味わっている気分です。
前田 「放課後って、こんなに自由な時間があるんだ」とかね(笑)。僕らは授業が終わった瞬間に、急いでグラウンドへ移動してましたから。しかもウチの監督(※2)は「色恋にかけている時間や労力はない」という方針で、学校内に「浮ついている奴はいないか」を確認しにくるんです。学校でもグラウンドでも監督に見られているという、刑務所暮らしみたいな高校生活でした。
あだち充作品を追っかけて読んでいた前田。
――野球シーンについては、どうご覧になりましたか?
前田 キャラクターたちが考えている内容が、現実の高校球児と同じだなと感じますね。走一郎がリードに細かい配慮をしたり、守備の位置を少しずつ変えていたり。かなりリアルですよね。走一郎がキャッチャーを担うことで、ピッチャーの投馬も相乗効果で力を発揮できるというのも実際にありそう。キャッチャーによって、ピッチャーの投球内容だったり、気持ちの乗り方だったりがまったく違うもんね?
高岸 そうですね。僕はピッチャーでしたけど、キャッチャーによってだいぶ違いがありました。配球ひとつ、間の取り方ひとつで、本当に変わってくるので。そういう関係性というのは、高校野球そのままの醍醐味として描かれているなと思います。考えさせられたのは、試合中に投馬や走一郎が自分たちのプレイについて話し合っているシーン。高校時代の自分にはその余裕がなかったので、「なるほど、そういう方法があったのか」と。もし投馬たちのような視点を持つことができていたら、またちょっと自分のプレイが変わっていたのかなと思いました。
前田 プレイの動きやフォームも、違和感が全然なかったです。現実感のある、スムーズな動きになっていますよね。
高岸 ピッチャーなんかは、むしろ参考にしたいぐらいのキレイなフォーム。投馬もそうですけど、東秀高校の天才投手・三田浩樹とかね。絵を見ながら「ああ、いい投げ方をしているなあ」「これぐらい前のカベを我慢すればいいのか」と、勉強させていただきました。
前田 あとコミックス10巻の東秀戦での決着シーンは、僕はすごく「あだち充先生っぽいなあ」と思って好きでした。「送球が逸れた!」「暴投した!」などの説明がまったくなくて、ただ無音の中、ボールが転がっていく。しかも、ボールを投げた投馬がミスをしたのか、サードが後ろへ逸らしたのか、どちらのせいかわからないという。ニクイですよね、この描き方!
※2 名将として名を馳せた故・上甲正典氏。
あだち充作品はやはり「爽やかな青春」
――『MIX』は主人公である投馬と走一郎が高校2年生の夏を迎え、さらに盛り上がっているところです。ティモンディのおふたりは、作品のどんなところに注目していますか?
前田 僕はキャッチャーの走一郎くんの活躍に期待しています。現実の野球ではピッチャーに注目が集まることが多いですけど、キャッチャーは「扇の要」といわれるように、本当に大切なポジション。『MIX』では、その走一郎くんの存在がいかに試合を左右するかということが、とても強調されて描かれていると思います。僕の中では、『MIX』イコール「走一郎くんの物語」と言ってもいいぐらい、魅力的なキャラクターですね。
高岸 僕はもう、登場するキャラクター全員、紡がれていくストーリー全部に興味を引かれていますね。これから物語がどう転がっていっても、楽しめるのは間違いないなと。すでに自分なりの思い入れができてしまっているので、意外な展開が訪れても「おおーっ!」と唸ってしまうだけというか。
前田 確かに、いきなり負けてしまったとしても、それはそれで面白いと思えますよね。
高岸 だから、あだち充先生にはどうかご自身の思いをすべて出し切ってください、とお伝えしたいです。先生なら「やればできる!」。
前田 いや、もう十二分にやってこられている方だから!
ティモンディ
野球の強豪校・済美高校野球部に所属し、甲子園を目指した高岸宏之と前田裕太が2015年に結成したコンビ。高岸の図抜けてポジティブなキャラクターやプロ顔負けの野球技術、身体能力などが、さまざまなバラエティ番組で話題となっているが、前田の身体能力も引けを取らない。自身のYouTubeチャンネル「ティモンディベースボールTV」では、二人ともに野球愛を爆発させている。
ティモンディの詳細はグレープカンパニー
前田裕太(@TimonD_Maeda)のTwitterはこちら
高岸宏行(@Timon_Chan_)のTwitterはこちら
Kindle版 税込495円
投馬と走一郎、高校2年の地区大会。軽快に勝ち上がっていく明青学園だが、熱さが増していくにつれ、積み重ねた夏の歴史と記憶が蘇ってくる。そんな彼らに立ちはだかるのは、健丈、勢南、そして栄新……?
『MIX』の1年ぶりとなる新刊。本編に加え、2020年の本作休載中に発表された読み切り『足つりバカ日誌』も掲載されている。
『MIX』の連載情報はゲッサンWEBへ
作者・あだち充(アダチミツル)
2月9日、群馬県生まれ。1970年にデラックス少年サンデー(小学館)にて、北沢力(小澤さとる)原作による「消えた爆音」でデビューし、『タッチ』『みゆき』『クロスゲーム』などの大ヒット作を生み出した。前述の3作品で、小学館漫画賞の少年少女部門を2度も受賞。2008年には、単行本累計2億冊突破を達成した。現在はゲッサン(小学館)で『MIX』を連載中。
あだち充 (@mitsuru_mix)公式Twitterはこちら
構成/DIME編集部(取材協力/コミックナタリー)
撮影/ヨシダヤスシ