黒人の夫に科せられた重すぎる刑罰の不当性を約20年間にわたって訴え続けた、ある勇気ある女性の戦いを綴ったドキュメンタリー。
Amazon Prime Videoで2020年10月より独占配信中の映画『タイム』は、“不屈の女性”フォックス・リッチさんが約20年間撮り溜めたホームビデオをもとに、ギャレット・ブラッドリー監督が映画化した。
本作は高く評価されており、2020年サンダンス映画祭では監督賞を受賞した。
あらすじ
1971年生まれのフォックス・リッチさんは、6人の子供たちを育て起業家としても活躍しながら、ルイジアナ州立刑務所に収監されている夫の釈放を求め、黒人差別が根強く残るアメリカの司法制度と戦い続けてきた。
高校生時代に出会った夫ロバートさんと結婚後に起業したフォックスさんは、資金繰りが難しくなり、1990年代に夫婦で銀行強盗を行った。
司法取引に応じたフォックスさんは早くに出所できた。しかしロバートさんには1999年、死傷者なしの銀行強盗にしては重すぎる“懲役60年”の刑罰が科せられた。執行猶予・保護観察・仮釈放もなし。
この理不尽な判決の根幹には、黒人差別がある。
フォックスさんは、失われた“家族の時間”を胸に、息子たちとの日常や夫への変わらぬ想いをホームビデオに記録し続けた。
見どころ
あらすじを読んで本編を観始めるまでは、もっと怒りと悲しみに満ちた暗い作品を予想していた。しかし再生ボタンを押すと、そこには優しい笑顔の女性がいた。
冒頭、双子を妊娠中のフォックスさんは、大きな瞳でカメラを真っ直ぐに見つめながら、戦う覚悟を独白する。
その表情はとても凛々しいが、同時に穏やかさと明るさも兼ね備えているのが印象的だった。フォックスさんの話し方はとても温かみがあり、聴く人の心を掴んで離さない不思議な魅力に溢れている。
表向きは悲壮感があまりなく、いつもお洒落と笑顔を欠かさないフォックスさん。息子たちとの季節のレジャーやイベントも大切にしており、新生活や将来の夢に胸を膨らませ、談笑したりもする。
しかしそれこそが、彼女のプライドなのだろう。
絶対に負けない、絶対に家族全員で幸せになってやる、私たちから笑顔も愛も奪わせない。
たしかに銀行強盗という、いけないことをしてしまった。それは反省している。でも人間はみな、過ちを犯すもの。それに当時の自分たちは生きていくのに必死だった。
一度罪を犯した人間は、どんなに虐げられても尊厳を奪われても、仕方ないのだろうか?
罪を犯した人間をまるで鬼の首を取ったように極限までいじめ抜く人たち自身は、一度も過ちを犯したことはないのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。
ある人は「自分は道徳的な過ちを犯したことがあっても刑法上の犯罪に手を染めたことはない」、と胸を張るかもしれない。しかし、それらに一体どれ程の差異があるというのか。
社会が変われば法律は変わる、国や時代が違えば同じ行為でも犯罪になったりならなかったりする。そもそも司法制度そのものが不公平であることもある。
マイクを握って大勢の前で「私が犯した罪は、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、あんな仕打ちには値しない」と断言できるのは勇気あることだし、それに対して拍手喝采で応じる聴衆もすごい。もし日本なら、負い目を感じて畏縮してしまう人が多いかもしれない。
社会構造を無視した過剰な自己責任論が幅をきかせている日本においても、見習うべきではないだろうか。
そして不完全な存在である人間が他の人間を罰して人生の時間を奪うことの重みを、今一度真剣に考えてみたいと思った。
『タイム』
Amazon Prime Videoで独占配信中
文/吉野潤子