■連載/Londonトレンド通信
昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『ノマドランド』が、賞レースでも位置を占め始めた。まずはゴールデングローブ賞で、作品賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、監督賞(クロエ・ジャオ)など主要部門に軒並みノミネートされた。2月28日に結果発表となる。
その後にはアカデミー賞が控える。コロナ禍で2か月延期され4月開催だ。アカデミー賞では『ファーゴ』(1996)と『スリー・ビルボード』(2017)で2度の主演女優賞受賞歴があるマクドーマンドの、3つ目のオスカー獲得が期待される。
さて、華やかな映画賞だが、そこに名を連ねるこの映画は地味な作品だ。映画ファンにお馴染みの顔は、マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンくらい。特に前半でマクドーマンドを囲むのは、ほとんどがプロの俳優ではなく、自身のままで登場する素人。味の濃い彼らがいる画面は、ドキュメンタリーのようだ。
マクドーマンドが演じるのは、夫も職も家も失い、車上生活を余儀なくされるファーン。ファーンとのひと時を過ごす人々の多くが、実際の車上生活者なのだ。映画は車上生活のリアルを描き出していく。
それぞれの事情でそこに行き着いた彼らは、仕事から仕事へと移動しながら、生活道具一式を積んだバンなどの車で暮らす。ファーンも、クリスマス前のAmazon倉庫で作業したかと思うと、今度はカフェで働くといった具合。車上生活者には、ファーンなどまだまだ若手に見えるような高齢者もいる。
この映画の基になったのは、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション小説『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』。読んで衝撃を受けたマクドーマンドが、主演のほかプロデューサーも務め映画化している。マクドーマンドのお眼鏡にかなったジャオ監督が脚本も書き上げた。
映画では、車上生活新入りのファーンが、案内人のような役目を果たす。観る者は、ファーンとともに、車上生活を知っていく。車上生活者は、お互いに親切だ。集まった時には、必要な物や情報が行き来する。仕事場などで、顔を合わせたり、ばらけたりの、ゆるいコミュニティーを形成している。
コミュニティーを映し出していく一方で、ファーンの物語も進行していく。知りあいの子供に、「ホームレスなの?」と直球な質問をされる場面がある。ファーンは穏やかに「ホームレスではないわ。ハウスレスなの」と答える。そんなファーンのまっとうさが、観ている側の偏見をも抑え、物語に引き込む。
本物の車上生活者と並んでも浮くことのないリアリティーを醸し出しながら、ヒロインとして十分なキャラクターとなって物語を牽引するマクドーマンドは、まさに得難い案内役だ。
年季の入った車と人が集う場で、地平線に陽が沈んでいくアメリカ西部の広大な景色が、もの悲しくも美しい。
ベネチアで9月に金獅子を受けた『ノマドランド』は、イギリスでは翌10月のロンドン映画祭でお披露目となった。コロナ禍でほぼオンライン上映で開催されたロンドン映画祭だったが、この映画は特別上映として、劇場で上映された。観客の密を避けるため、19回の上映が組まれた。さすがにレッドカーペットは催されず、いつもは登壇して行われるキャスト、スタッフのQ&Aも、オンラインとなった。
ジャオ監督とマクドーマンドが、画面の向こうから映画祭ディレクターであるトリシア・タトルの質問に答えた。監督起用についての質問では、マクドーマンドが当時を振り返った。
「3年前ですから、『スリー・ビルボード』でロンドン映画祭に参加した年に、友人にトロント映画祭に行ったら『ザ・ライダー』を観るよう勧められ、そうしました。ほんとうに感動して、(ジャオ監督を指しながら)その映画制作者とも会いました。それから間もなく、プロデュースの相棒ピーター・スピアーズに『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』を勧められ、これを映画にするには誰がいいかとなった時に、私が思ったのはクロエ・ジャオでした」。
『ザ・ライダー』(2017)はジャオ監督長編2作目で、長編監督デビュー作『Songs My Brothers Taught Me』(2015)ともども、ジャオ監督は、プロの俳優ではない人にその人自身に近い役を演じさせている。
長編監督3作目『ノマドランド』でもその方法をとりながら、合わせてマクドーマンド、ストラザーンといった実力派俳優も入ったことについて、ジャオ監督が答えた。
「素晴らしい経験でした。プロの俳優ではない人たちの体験や人生の物語を、ファーンの旅路にどうやって含めていくか、方法を見つけ出していったのです」。
日本でも10月の東京国際映画祭でお披露目された『ノマドランド』は、3月26日より公開予定。
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文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com