雨の日に、体育館と旧館をつなぐ渡り廊下そばの植え込みに真っ白いきのこを発見したばかりか、〈なにか青い小さなもの〉が視界の隅で動いたことに気づいた「一年一組一番と二組一番」。
結婚し、2人の子供をもうけた男が、25年前に佐藤という女と同棲していたアパートを訪ねると、彼女そっくりの女を窓辺に見つけてしまうという不思議。
急行列車が止まらない小さな駅を眺めながら、急行に乗っていける〈どっか〉への憧れと苛立ちを募らせる中学生男子たちのその後。
台風が来ると増水で決壊しそうになる土手の、今や誰も知らない100年前、そのずっと前の光景。
同じ時間にアパートの前の路地を通る猫に気づいた住人が、その後を追っていって見つけた空き家にかつて住んでいた家族の話。
横田が運転するクルマで事故に遭った水島が、その後に経験する横田をめぐる不可解な出来事。
子供の頃に見たドラマで探偵が住んでいたところに憧れて、屋上にある部屋を探して移り住んだ山本が、両親から相続した2階建ての家に作る広いベランダ。
雪が積もらない町に大雪が降り続き、隣のアパートに住む同級生が行方不明になったという出来事を思い返す、寒い国の寒い街の大学に入った4階の子供。
羊を飼っていた祖母の祖父が、毛糸を紡ぐ無口な妻の真の姿を知って驚き喜んだ話を祖母から聞かされて、彼らが住んでいたという外国にある石積みの家を訪ねてみようと思う〈わたし〉。
解体が決まった建物の奥に発見された部屋と、そこに残されていた原稿を書いた人物の過去。
27+6篇の物語が伝える生きていることの歓び
といった27の掌篇と、その合間に挟まれたそれぞれ3話からなる「娘の話」「ファミリーツリー」が収録されているのが、柴崎友香の『百年と一日』です。本当はわたしの拙い粗筋など必要ないのは、本を開けば一目瞭然。各作品にはタイトルではなく、19世紀までは好んで使われていた「次章で展開する話の概略を冒頭で紹介する」テクニックを思わせる、作者自身による大旨が載っているからです。
そうした種明かし的な概略に目を通してもなお、各篇を読むと新鮮な読み心地と「そうくるか」という驚きが生まれる。デビュー20周年を迎えた作家の新境地ともいうべき作品集になっているんです。
いろんな場所、いろんな時代に生きる、いろんな人々が過ごす100年にも相当する1日の積み重ね。わたしがこの本にサブタイトルをつけるとしたら「ぼくらはみんな生きている」です。唯一無二の自分と同じく、それぞれの比類なき人生を生きる人々へと思いを至らせたくなる作品たちなんです。
潔い文章操作によって時間を巧みに操ることで、柴崎さんはとても短い物語の中に「永遠」といっても過言ではない長い時を封じ込め、読む「ぼくら」の心の中でその時を解き放ちます。今ここに生きていることの歓びを、この本の中の物語たちが教えてくれる。
読後、『百年と一日』というタイトルの意味を自分なりに考えたくなる。そんな、短いのに長い、深い余韻を残す27+6篇なのです。
『百年と一日』
著/柴崎友香 筑摩書房 1400円
豊崎由美
最近興奮したのが『クイーンズ・ギャンビット』(Netflix)。物語、演出、映像も出色だけど、チェスの天才を演じたアニャ・テイラー=ジョイが着こなす1960年代ファッションのカッコよさにも瞠目。
事実はやはり小説より奇なり?【編集部イチオシの3冊】
『「池の水」抜くのは誰のため?暴走する生き物愛』
著/小坪 遊 新潮社 760円
■ 行動する前に考察してみよう
様々に行なわれている動物愛護活動。しかし本当に愛護、保護につながっているのかを検証し、時に反論する。メディアの煽り文句に踊らされることなく、動物にとって、人間にとって真に大切なことは何かを学びたい。
『サヨクとイマジン』
著/岡田成史 文芸社 900円
■ 暗殺がなければ世界は変わっていた?
キリストへの嫉妬、マルクス主義やイルミナティへの傾倒を探り、ジョン・レノンは〝こそくな野郎〟で、『イマジン』は似非平和主義歌だと説く。さらに日本滅亡を望んでいたとも。信じる・信じないはあなた次第!?
『おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ』
著/安彦考真 小学館 1400円
■ 漫画でも描けない(?)生き様がここに
39歳で一念発起。1000万円の年収を捨て、40歳でJ2クラブと年俸10円として契約。41歳でジーコの持つ最年長初出場記録を更新した著者。何もかもが想像を超える彼の生き様、信念を綴る1冊。熱き思いを再び!
文/編集部