トップアスリートから難病患者までをも魅了
2020年2月、テニス界の強豪・ノバク・ジョコビッチ選手は、自身のインスタグラムで、雪が積もる川辺から海水パンツ姿で冷たい川に入る姿を公開した。
それは、ウィンブルドンの芝を食べるのと同様の、彼流のパフォーマンスなのだろうか?
実は、今回ばかりは違う。こごえるような冷水に浸かるのは、心身の鍛錬に役立つからだとジョコビッチ選手は語る。これは、単なる我慢比べでなく、医学的なエビデンスのあるメソッドに基づくものだそうだ。
そのメソッドは、発案者の氏名(ヴィム・ホフ)にちなんで「ヴィム・ホフ・メソッド」と呼ばれ、アスリートから難病患者まで、世界中の人たちの注目を浴びている。その効果は、肥満解消から免疫力強化までさまざまだという。おまけに、ジョコビッチ選手のように寒中水泳もできるほど寒さに強くなるというのは、真冬を迎えたわれわれにとって天啓だ。
今回は、日本人にはなじみのない、この健康法を紹介しよう。
登山未経験者が上半身裸でキリマンジャロを登頂
ヴィム・ホフさんは、1958年生まれのオランダ人。髪の薄さは年相応だが、たくましい身体は、とても還暦過ぎの男性とは思えない。
なお信じがたいのは、耐寒に関する20ものギネス記録を持つことだ。
その記録がどれほどすごいかは、1つの例を挙げれば十分だろう。2009年、マイナス16度のフィンランドで、ヴィムさんは42.195kmを走破するフルマラソンに挑戦した。ちなみに、ヴィムさんは、マラソンを完走するためのランニングといった訓練は一切せず、しかも上半身裸でスタートした。疲労のため37km地点からは歩いたものの、5時間26分かけて完走。前人未到の記録を成し遂げた。
このエピソードを知っても、「彼は遺伝的に恵まれた特殊な体質の持ち主」と思うだけかもしれない。それを反証すべくヴィムさんは、26人のグループを引き連れて標高5895mのキリマンジャロ登頂を目指した。26人は、登山経験のないいたって普通の人たち。それどころか、がんや難病を患っている人もいた。彼らの共通点は、ヴィム・ホフ・メソッドの訓練を事前に受けているということだけ。
無謀としか思えない挑戦はしかし、26人中24人が48時間内に登頂するという快挙で幕を閉じた。山頂の気温はマイナス15度。しかも、全員が上半身裸である。いうまでもなく、多くのメディアがこの偉業を報じた。
意外とシンプルなメソッド
極寒の地でマラソンを完走することにも、アフリカの最高峰を征服することにも興味はない方でも、「ヴィム・ホフ・メソッド」を日課とする意義はある。このメソッドの体験者たちからは、以下のような効果があったと報告が寄せられている。
・血行が改善された
・心臓が強化された
・肌の張りが増した
・感染症にかかりにくくなった
・エネルギーが増大し、気分が高揚した
さらに食事の量が減り、ダイエットに成功したという人も。ヴィムさん自身も一日一食ぐらいだそうだ。きょうびの社会情勢を考えると、感染症にかかりにくくなる効果が、特に心惹かれるかもしれない。要するに、頑健な肉体の持ち主になると言ってもよいかもしれない。
では、前置きはこれくらいにして、メソッドの内容に移ろう。実は意外とシンプルで、「コールド・トレーニング」と「呼吸法」という、基本的にこの2本立てでOKというから驚き。
コールド・トレーニングとは、冷水のシャワーを浴び、氷水に両手をひたすというもの。まず、冷水シャワーだが、最初は普段通りに温かい湯のシャワーを浴びる。このとき、数秒かけて息を鼻から吸い、数秒かけて吐くよう留意する。1分ほどしたら、シャワーの湯温を少し下げる(呼吸のリズムは崩さない)。また1分ほどでさらに湯音を下げる…を数度繰り返す。初日から混じりけなしの冷水を浴びる必要はなく、日数をかけ徐々に慣らすのでかまわない。
次は、下の写真のように氷水の入ったボウルを用意。それに両手を手首までひたして、2分間そのままでいる。これには細かい説明は不要と思うが、息を詰めないように注意。
メソッドのもう1つの柱となる呼吸法だが、これは横になるか座った状態で行う(車の運転中は不可)。リラックスした状態で、鼻から息を吸って、ゆっくりと軽く吐く。これを30回ほど続ける。最後に息を完全に吐き切り、深く吸う。そしてまた軽く吐き、顎を引いて呼吸停止。我慢できなくなった呼吸を再開する。行う時間帯は、朝食前の空腹時がベストだという。
ヴィムさんは、自身のYouTubeチャンネルで呼吸法をガイドしているので、慣れるまでこの動画を見ながらやってみよう。
ヴィムさんによる呼吸法のチュートリアル
超寒がりがメソッドに挑戦
筆者は無類の寒がりで、北国から関西に引っ越した理由の1つが、「冬の寒さが嫌だから」であった。今も寒がりなのは変わらず、朝は布団から出られず、外出はとても憂鬱だ。
「冬の寒がりを克服できたら、人生もだいぶ変わるだろう」と、いろいろ探してヴィム・ホフ・メソッドに出合い、さっそく試してみた。まだ、始めてから2週間だが、それでも寒さへの耐性を実感しつつあり、継続したいと考えている。以下の自分の体験にもとづく記述は、「これからやってみよう」と考えている方には、多少参考になるかと思う。
まず、何よりも心に留めておきたいのが、呼吸の重要性。冷水シャワーを浴びると、本能的にパニックに近い情動変化が起き、つい荒く浅い呼吸になってしまう。これだと効果は望めない。コツは、シャワーの水温を下げるたびに、水量も絞っていくこと。これで、パニックは避けられるし、安定した呼吸も維持できるようになる。氷水の入ったボウルに両手をつけるトレーニングも同様で、努めて呼吸のリズムを保つようにする。また、どうしても2分間我慢できないときは、冷水シャワーから上がった直後に行うとよい(習慣づけにもなるし)。
そして、意外と役立つのが「寒がりを克服したらやってみたいことのイメージ」。冷水シャワーや氷水ボウルが辛くて挫折しかけたら、例えば「北欧へ観光旅行してオーロラを見ている自分」を思い浮かべてみる。できるだけ楽しいことと結びつけることで、最初の苦しい時期は乗り越えられるはずだ。
また、ヴィムさんの著書『ICEMAN 病気にならない体のつくりかた』(サンマーク出版)には、ここで紹介したメソッドの詳細や理論的な解説が載っておりモチベーションの維持にもなる。やろうかやるまいか迷っているなら、一読をすすめたい。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)