炭治郎の活躍に心躍り、画面越しに「がんばれ」と応援したくなる。彼らの心情を感じ取れるのは、ストーリーや映像のすばらしさだけでなく、音楽も重要なポイントだった。
POINT
一、常識破りの「オーダーメイドの劇中音楽」
二、ドラマには真似できない「音楽効果」が物語を盛り上げる
三、主題歌『紅蓮華』に込められた、歌手・LiSAの想い
音楽評論家 冨田明宏さん
1980年生まれ。音楽プロデューサー。執筆活動のほか、『マツコの知らない世界』でアニソンについて解説するなど活動の幅は広い。
シーンに合わせて曲を作った
『鬼滅の刃』は、TVアニメも映画も映像に対して音楽がぴったりはまっています。なぜなのか調べてみてわかったのは「こんなところまでやるのか!」と思えるほど、徹底的に丁寧に作り込まれていたということ。推測ですが、『鬼滅の刃』の音楽は、通常のTVアニメの5倍くらいは手間と時間がかかっているのではないでしょうか。
アニメには「劇伴(げきはん)」というBGMが付きますが、『鬼滅の刃』は「フィルムスコアリング」という音楽の制作方法を採用しています。映像を先に完成させ、シーン何分何秒のためだけに音楽家が曲を作り、演奏家が映像を見ながら演奏するというオーダーメイドの制作方法ですが、これはTVアニメではなかなか使われない手法です。通常の作り方では、作曲者はアニメ映像を見ず、こういうBGMが欲しいなという依頼メニュー一覧に沿って、BGMを何十曲と作成・納品します。その後、アニメのシーンに合わせて、各曲が切り貼りされ編集される。自分の作った曲がどう使われるのか放送までわかりません。
アニメは仮想の世界であるため、その世界を表現するために劇伴の担う役割はとても大きいんですが、「フィルムスコアリング」は手間もコストもかかるので、TVアニメにはハードルが高い。しかし、『鬼滅』はこれを採用したことで、〝炭治郎が怒っている〟〝強敵と戦っている〟などあらゆるシーンの臨場感が増しました。ドラマでは音楽が演技を邪魔するといわれ、こういった演出はできません。
そして、『鬼滅』の音楽を語るうえで欠かせない、主題歌の『紅蓮華』はLiSAのアニメ業界とともに歩んだ10年間の感謝と〝鬼滅愛〟が込められています。LiSAにとってアニメ業界は何年も苦労した先にあった、「ここにいていいよ」と肯定してもらえた世界。原曲サビの「ありがとう悲しみよ」というネガティブを肯定する歌詞は、まさに彼女らしい表現です。しかし、ここはアニメ版で「何度でも立ち上がれ」に変えられています。これは2番などではなく、アニメオリジナルのもの。この歌詞のおかげで、視聴者は「炭治郎がんばれ!」とエールを送ることができる。作品の世界観を大事にし、炭治郎の物語に寄り添っているということが伝わってきます。
そんなことで作品が変わるのか? と思う人がいるかもしれません。しかし、妥協を許さない〝子供騙しじゃない音楽〟が、子供はもちろん幅広い世代に受け入れられた理由ではないでしょうか。
アニメ版の主題歌『紅蓮華』の特装盤には炭治郎が、通常盤にはLiSAが描かれた。
JR九州とのコラボ企画であるラッピングトレインには、多くの子供たちがキャラのコスプレをして乗車した。
取材・文/田村菜津季