自己肯定感は高めなくていい!?
昨今は「自己肯定感」という言葉をよく聞く。それだけ自己肯定感を持てない人が、たくさんいるということだろう。世間では、心理療法から禅、はては筋トレまで、自己肯定感を高めるというメソッドが数多く登場していることからも、それがうかがえる。
一方、心理カウンセラーの山根洋士さんがすすめるのは、「自己肯定感が低めでも悩まない生き方」だ。山根さんは、著書『「自己肯定感低めの人」のための本』(アスコム)で、自己肯定感を高めるやり方とは別のアプローチを提示。これが多くの人たちに受け入れられ、5万部を超えるベストセラーになっている。
メンタルノイズが悪影響を与えている
本書のキーワードは、「メンタルノイズ」。まだ子どもの頃に潜在意識に深く刻み込まれた記憶・考え方(マインドセット)が、大人になってから悪影響を与えことがあるという。そのネガティブなマインドセットのことを、この造語で呼んでいる。
山根さんは、メンタルノイズは14種類に分類できるという。例えば「ダメ出しノイズ」。「自信がないから、堂々とできないし、ちょっとした失敗でも長々と引きずる」のが特徴。主に親から、ことあるごとにダメ出しされた経験のある人に多いという。そのほかに「謙虚謙遜ノイズ」、「石の上にも三年ノイズ」、「完璧主義ノイズ」など、日本人には美徳とされているものが、実は幼少時の心理的刷り込みに起因するものだったというものが少なくない。山根さん自身も、父母の影響で「お金は苦労して稼ぐもの」というメンタルノイズを持っていることに長年気づかず、余計な苦労をしていたという。
メンタルノイズを見つける「裏表思考法」
潜在意識に深く浸み込んで、「そういうものだ」と思いこまされているメンタルノイズに気づく方法はあるのだろうか?
山根さんは、メンタルノイズを簡単に見つけられる「裏表思考法」をすすめている。これは、なにかに行き詰まるとか、うまくいかなかったときに、以下2つのパターンで考えるというもの。
1. うまくいったら実は困ること
2. うまくいかないほうが実は得すること
一例を挙げると、ちょっとした流行になっている地方への移住。それが「うまくいったら実は困ること」として、次の事柄が思い浮かぶかもしれない。
・親しくしていた人たちと会えなくなる
・今の会社を辞めると収入が下がる
・都会での仕事の実績が通用しなくなる…など
次いで、移住が「うまくいかないほうが実は得すること」としては、こんなことが心の中から出てくるかもしれない。
・年間1000万円という収入を確保できる
・車がなくても困らない
・困った時に相談できる人が近くにいる…など
こうした事柄は、思いついたらすぐに書き留めるのがコツ。頭の中で終わらせるのではなく、メモ用紙でもスマホ・PCでもよいので、最低6個は書き出す。同じ事柄が繰り返し思い浮かぶようなら、そのまま繰り返し書く。
書き出されたものが「潜在意識にある本音・本心」。その中には、あなたにブレーキをかけているメンタルノイズも紛れ込んでいる。
山根さんによれば、メンタルノイズが特定された時点で「なんだこれか」と納得してスッキリすることもあれば、願望を行動に移さず「今のままでいい」という結論に至ることもあるという。
もちろん、解決策を具体的に考えるのもアリだ。
「それが例えばお金の問題なら、こんなことが考えられるかもしれません。先ほどの田舎への移住なら、年収が下がっても暮らしていく方法を考えてもいいし、田舎にいても年収が下がらないビジネスを考えてみるのもいいでしょう。ノイズがノイズでなくなれば、あなたの『こうなりたい』『こうしたい』は実現します。これが、本当の解決策というものです」と、山根さんは述べる。
最終的に移住を諦めると決めても、ネガティブにとらえる必要はないという。いずれにしても、心のブレーキはこれで解消されるからだ。
メンタルノイズの悪影響を回避するには
ところで、自分のメンタルノイズを把握しても、やっぱりその悪影響を受けて悩んでしまう場合、どうすればいいのだろうか?
山根さんは、メンタルノイズの影響を受けないようにする10のエクササイズを記している。一度に全部をする必要はなく、どれも1分あればできるという。
その一つに「自分実況中継」というのがある。これは、自分の動作を逐次言葉にするというもの。「本のページをめくった」、「足を組み替えた」、「テーブルの上のマグカップに手を伸ばした」というかんじでよく、口に出しても、頭の中でつぶやくのでもかまわない。
「マグカップに手を伸ばした」などと行動を言葉にする自分実況中継
これは、自分を第三者の目線で見ているような感覚をもたらす。慣れると、「自分は今怒っている」など感情を言葉にできるようになり、「まわりが見えなくなりそうなときにも冷静になれる」効果がある。
「自分実況中継」の発展版のエクササイズが「自分司令官」だ。こちらは、自分が何かする前に指令を出すやり方。「これからコーヒーを淹れます」、「電動コーヒーミルに豆を入れます」、「スイッチを押します」…などと口に出して、言ったとおりに行動する。やがて、「自分の言葉で自分を動かすシステム」が潜在意識の中につくられ、メンタルノイズによる行動への足かせが取れていくそうだ。
エクササイズにはこのほか、「水洗メンタル法」や「ぺこぱ風セルフツッコミ」など、様々なバリエーションがある。気に入りそうなものから試してみるとよいだろう。
山根さんは、「メンタルノイズを手放せば誰でも幸せになれる」と語る。その理由の一つに「自分で納得して、自分で決めている感覚を得られる」というのがある。必要なのは、自己肯定感よりも「自己納得感」。今まで自己肯定感をアップしようといろいろやってダメだったら、こちらの方向性を探れば道が開けてくるかもしれない。
山根洋士さん プロフィール
これまでに8千人以上の悩みを解決してきた心理カウンセラー。両親の離婚、熱中していたスポーツの挫折、就職の失敗などを経てノンフィクションライターとして成功をつかむものの、激務でダウン。過労死寸前まで追い詰められ、入院生活を送る中で心理療法と出会って人生が激変。「なんのために生きるのか」を模索した末に、心の風邪薬のようなカウンセリングを提供したいという想いから、カウンセラーになる。心理学だけでなく、数多くの経営者やプロスポーツ選手、芸能人等への取材経験、AIやロボット工学、脳科学などを取り入れた、メンタルノイズメソッドを開発。すぐに実践できるワークと、論理的なセッションで好評を博している。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)