「ハードボイルド」という小説のジャンルをご存知だろうか。ダンディな男がスーツやトレンチコート姿で煙草を燻らせ、寡黙に任務を遂行するというイメージはあっても、具体的にどんなものか意外と知らない人も多いのではないだろうか。
そこで本記事では、ハードボイルド小説の定義や魅力、おすすめの作品を紹介したい。ステイホームで家にいる時間が長い今、ストイックでかっこいいハードボイルド小説の世界に浸ってみては。
【目次】
ハードボイルド小説とは?その定義と魅力
元々「ハードボイルド(hard boiled)」という言葉は、英語で「ゆで卵などが固くゆでられた状態のこと」を指す。固ゆでの卵は黄身が流れないことから、恐怖や喜びといった特定の感情に流されず、精神的・肉体的に強靭で、時に冷酷非情とも言えるような主人公を描いた小説をハードボイルド小説と呼ぶようになった。
また、文学の手法として、現実を客観的で簡潔に描写するという意味合いも持つ。ハードボイルドはミステリーのサブジャンルとして扱われるのが一般的で、主人公は私立探偵や刑事であることが多い。特に、レイモンド・チャンドラーが生み出した私立探偵フィリップ・マーロウは今もなお世界中で愛されており、ハードボイルド小説を代表する主人公の一人だ。
小説以外にも、漫画『ゴルゴ13』のデューク東郷、アニメ映画『紅の豚』のポルコ・ロッソのように、さまざまなジャンルで印象的なハードボイルドなキャラクターが生み出されている。
権力に屈することなく、良きにつけ悪しきにつけ自分の中の信念を曲げることのない、ストイックな主人公の生き様も、ハードボイルド小説の魅力の1つだ。
男の生き様を描く!国産ハードボイルド小説の傑作
日本でハードボイルド小説が書かれるようになったのは、1950年代以降。欧米に比べるとその始まりは遅いが、北方謙三や大沢在昌など、日本独自のハードボイルドを作り上げた作家たちが多くの名作を生み出している。
野獣死すべし 大藪春彦
日本ハードボイルド小説の先駆的作品ともいえる『野獣死すべし』は、東大卒のエリートで射撃の心得がある主人公、伊達邦彦が武器と金、そして己の力のみを頼りに数々の犯罪行為に手を染めていく様を描く。社会性や倫理観を捨て去り、まさに「野獣」として生きる伊達の姿は、孤高のダークヒーローとして多くの読者の心を打った。松田優作主演で映画化もされており、松田は伊達の役作りのために奥歯を抜いたという逸話は有名だ。
出典 公式サイト|野獣死すべし 大藪春彦
さらば、荒野 北方謙三
架空の都市にある酒場「ブラディ・ドール」を舞台に、さまざまな男たちの生き様を描くブラディ・ドールシリーズ。その第1作となる『さらば、荒野』は、酒場の経営者である川中良一を主人公に据えた物語だ。ジャズ、酒、拳銃、煙草……ハードボイルドといえば正にこれ、という世界観に浸りたい人におすすめ。全10作あるシリーズはそれぞれ中心となる人物が異なり、読み進めるうちにどんどんこの物語の奥深さに魅了されるはず。
出典 公式サイト|さらば、荒野 北方謙三
暗躍領域 新宿鮫XI 大沢在昌
2019年に出版された『暗約領域XI』は、キャリアでありながらさまざまな事情により署内で孤立した存在の警察官、鮫島を中心に描かれる「新宿鮫シリーズ」の最新作。北新宿のヤミ民泊で鮫島が発見した銃殺死体。その謎を捜査するうちに、事件は思わぬ方向へと進んでいく。テンポよく次々と展開していくストーリーの面白さは今作も健在。以前の作品を読んでいなくても十分楽しめる。
出典 公式サイト|暗躍領域 新宿鮫XI 大沢在昌
それまでの明日 原寮
『それまでの明日』は、筆者のデビュー作である『そして夜は甦る』から続く、私立探偵沢崎が活躍する探偵シリーズの第5作目。2020年に文庫化された。望月と名乗る男から、とある料亭の女将の身辺調査を依頼された沢崎。しかし、その女将は既に亡くなっており、望月も忽然と姿を消してしまう。望月の行方を追う沢崎は、ある奇妙な事実を知るのだった。
出典 公式サイト|それまでの明日 原寮
心に響く名言が満載。海外ハードボイルド小説の傑作
1920年代から始まり、1930年代にはスタイルが確立していた海外ハードボイルド小説。まさしくハードボイルドといった簡潔な行動描写、ウイットに富んだ台詞や独特の比喩表現など、80年以上経った今でもその魅力は色褪せない。
郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェームズ・M・ケイン
実際にあった事件を基に描かれたと言われる、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』。筆者ジェームズ・M・ケインの処女作であり、幾度となくブロードウェイや映画化が行われている。無頼の青年フランクは、働き始めたガソリンスタンドの店主の妻と関係を持ってしまう。二人は邪魔な店主を殺害しようと企み、完璧な殺害計画を実行するのだが……。欲望と愛と憎しみ、さまざまな感情が渦巻く名作。
出典 公式サイト|郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェームズ・M・ケイン
プレイバック レイモンド・チャンドラー
後に多くの作家に影響を与えたハードボイルド小説の巨匠、レイモンド・チャンドラーの遺作となった『プレイバック』は、私立探偵フィリップ・マーロウシリーズの第7作目にあたる。チャンドラーに影響を受けた作家の一人、村上春樹が翻訳を行っている。この作品の中でマーロウが口にした「タフでなければ生きられない、優しくなければ生きていく資格がない」というセリフは、ハードボイルドの代名詞とも評される名言。
出典 公式サイト|プレイバック レイモンド・チャンドラー
マルタの鷹 ダシール・ハメット
ハードボイルド小説の元祖、ハメットの『マルタの鷹』は、徹底して客観的で簡潔な状況描写、主人公である”金髪の悪魔”サム・スペードのタフでクールな人物像など、王道のハードボイルドの雛型ともいうべき作品。ある女の依頼をきっかけに、私立探偵スペードは黄金の鷹像を巡る争いに巻き込まれていく。ラストシーンでスペードが刑事に放つ「The stuff that dreams made of.(夢がつまっているのさ)」という名台詞も有名。
出典 公式サイト|マルタの鷹 ダシール・ハメット
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文/oki