もちろん移動の手段としての機能は大切だけれど、運転や移動自体を楽しめるクルマが、かつての日本車には多くラインアップしていた。
1983年7月1日より発売された、ホンダ「バラードスポーツCR-X」は、軽量、コンパクトなボディに、これまた軽量でコンパクトな高性能エンジンを搭載。
小気味よい走りは、まさに“FFライトウェイスポーツ”と呼べるもの。若い人にも親しみやすい価格のスポーツモデルとして、多くのユーザーのハートをわしづかみしたのだった。
ホンダ「バラードスポーツCR-X」とはどんなクルマだったの?
車内スペースを効率良く使うため、ファミリーカーを中心に多くのクルマがフロントエンジン・フロントドライブ=いわゆるFFを採用した1970年代。
ホンダは1972年7月に発売された、初代「シビック」などFF車を積極的に展開。高い実用性により、各車が人気を博していた。
そんな1970年代のFF車は、欧州車を中心とした海外勢に比べて、ハンドリング性能が劣るとされることが多かった。
しかしホンダはそんな常識を覆すべく、FF車でもスポーツができるクルマの開発を進めていた。
その結実のひとつが、ホンダ「バラードスポーツCR-X」といえるだろう。
当時のホンダは「MM(Man-Maximum、Mecha-Minimum)思想」を採り入れていた。
これは、「人のいる居住空間・ユーティリティスペースは大きく、メカニズム部分は小型・高性能にというコンセプトであり、手法」である。
この思想があったからこそ、“FFライトウェイトスポーツ”が誕生したのだ。
ベースとなった、3代目ホンダ「シビック」(通称ワンダーシビック)の3ドア ハッチバックモデルが、全長3810×全幅1630×全高1340×ホイールベース2380mmなのに対して、全長3675×全幅1625×全高1290×ホイールベース2200mmのサイズを採用。
ワイド&ローフォルムでいて、ショートホイールベースな“小回りの利く”コンパクトスポーツになった。
エクステリア
FF車でありながら、低いボンネットを採用したホンダ「バラードスポーツCR-X」。
そのため前面投影面積の縮小を可能にし、空気抗力係数CD値0.33に加えて、CD×A値0.56を実現した。
また、軽量で耐久性に富む、鋼板の感触に近い「H.P.ALLOY(HONDA POLYMER ALLOY)」を、フロントマスクやヘッドライト・フラップ、フロントフェンダー、ドアロア・ガーニッシュ、サイドシル・ガーニッシュに採用。さらに樹脂バンパーを含め、ボディロアハーフを樹脂で囲っている。
ABS樹脂とPolycarbonateに、衝撃性を向上させる新成分を加え合成したPolymer Alloy、さらに超フレキシブルな塗料とのマッチングにより、大幅な軽量化と、耐チッピング性、防錆を達成した。
テールゲートのノッチ形状は、クラウチング・ヒップという歯切れのいいフィニッシュ。軽快なイメージを演出すると同時に、ルーフから流れる気流を利用して後輪にダウンフォースを与え、フロントのエアロスカートとともに、高速時の安定性を高めている。
そして、使用時にボンネット先端のカバー部が持ち上がる、セミリトラクタブル・ヘッドライトを採用。空気抵抗を低減するとともに、スペシャリティ感も高まっている。
また、世界初の電動アウタースライド・サンルーフを採用したのも話題となった。
インテリア
フロントシートにはスポーツ感覚にあふれたバケットシートを採用。“2人のデュエットクルージング”と呼ぶにふさわしい、スポーツ性能と心地よいゆとりを実現した。
また、ラゲッジスペースは2名乗車時で310Lと、コンパクトサイズを超えた容量を確保している。
一方で、リアシートは「1マイルリアシート」と呼ばれ、エマージェンシーシートという位置づけ。後席での2名乗車が可能とされたが、実際は荷物置き場、もしくはシートを倒してラゲッジスペースとして利用するのが現実的だった。
これはネガティブなこととは言えないはずだ。ショートホイールベースのパッケージにこだわった結果であり、むしろ潔い選択と評価すべきかもしれない。
インストルメントパネルは、ダクトをボディの中に埋め込んだことで、よりエンジン側に寄せることが可能となり、広い居住空間を形成。
オーソドックスなアナログメーターに加え、
1.5iサンルーフ仕様車では、カラード液晶デジタルメーターも選べた。
エンジン
エンジンはベーシックなSOHCながら、当時としては珍しい、吸気バルブ×2、排気バルブ×1の1気筒当たり3バルブを持つ、12バルブ4気筒エンジンを採用。
1342ccと1488ccがラインアップし、1488ccエンジンには電子制御燃料噴射式(ホンダ・PGM-FI)が採用され、最高出力は110PSを誇った。
サスペンション
サスペンションは、フロントに操縦性、回頭性にすぐれたトーションバー・ストラット式サスペンションを、
FF車の運動性能に影響が大きいリアには、路面追従性、高速安定性にすぐれたトレーリングリンク式ビーム・サスペンションを採用する。
ホンダ「バラードスポーツCR-X」1.5i
1983年7月1日より発売された、ホンダ「バラードスポーツCR-X」には当初、2種類のエンジンにより、「1.5i」「1.3」の2種類のグレードがラインアップした。
まずは、1.5iからご紹介しよう。
1.5iには、乗用車で世界初のルーフベンチレーション仕様が用意された。
オーバーヘッドスタイルのルーフ・ラム圧ベンチレーションで、飛行機のように天井からフレッシュなエアが降りそそぐ。
また、H.P.BLENDバンパーはシルバー・メタリックをチョイス。フロントロアスカート、デュアルエキゾーストパイプ、マフラーカッターなどスポーティなスタイルを構築するパーツを採用する。
走行性能の向上に貢献する、フロントベンチレーテッドディスクブレーキ、リアスタビライザー、ハーダーサスペンションも搭載。オプションで185/60R14 82Hのスチールラジアルタイヤと5J×14のアルミホイールを選べた。
1.5iのスペック
エンジン形式 EW
エンジン種類・シリンダー数 CVCC水冷直列4気筒横置OHCエンジン
総排気量 1488cc
燃料供給装置形式 電子制御燃料噴射式(ホンダ・PGM-FI)
最高出力 110ps/5800rpm
最大トルク 13.8kg-m/4500rpm
燃料タンク容量 41L
全長 3675mm
全幅 1625mm
全高 1290mm
ホイールベース 2200mm
車両重量 800kg(5MT・ルーフベンチレーション仕様車)/825kg(3AT・サンルーフ仕様車)
パワーウェイトレシオ 7.27kg/ps(ルーフベンチレーション仕様車)
0→400m 16.2秒(2名乗車時)
0→100km/h 8.8秒(2名乗車時)
10モード燃料消費率 15.0km/L(運輸省審査値)
60km/h時燃料消費率 26.0km/L(運輸省届出値)
ホンダ「バラードスポーツCR-X」1.5iの新車時の価格
東京では、5速MTのルーフベンチレーション仕様車で127万円。
5速MTのサンルーフ仕様車で138万円。
ホンダ「バラードスポーツCR-X」1.3
1342ccのキャブレーター式エンジン搭載モデルは「1.3」と呼ばれる。
700kg台の軽量ボディにより小排気量ながら、キビキビとした走りと低燃費を実現する。
バンパーなどをブラックとし、フロントロアスカートなどが非装着のため、すっきりした印象だ。
インテリアでは、デジタルメーターが非採用。
シートも1.5iのツイルウィーブではなくシンプルなものになる。
1.3のスペック
エンジン形式 EV
エンジン種類・シリンダー数 CVCC水冷直列4気筒横置OHCエンジン
総排気量 1342cc
燃料供給装置形式 キャブレター式
最高出力 80ps/6000rpm
最大トルク 11.3kg-m/3500rpm
燃料タンク容量 41L
全長 3675mm
全幅 1625mm
全高 1290mm
ホイールベース 2200mm
車両重量 760kg(5MT・ノーマルルーフ仕様車)/785kg(3AT・サンルーフ仕様車)
パワーウェイトレシオ 9.50kg/ps
0→400m 18.2秒(2名乗車時)
0→100km/h 11.9秒(2名乗車時)
10モード燃料消費率 20.0km/L(運輸省審査値)
60km/h時燃料消費率 33.0km/L(運輸省届出値)
ホンダ「バラードスポーツCR-X」1.3の新車時の価格
東京では、5速MTのノーマルルーフ仕様車で99万3000円。
5速MTのサンルーフ仕様車で107万3000円。
“バラードスポーツ“の名を冠するルーツとなった、ホンダ「バラード」とは?
ホンダ「バラード」は、1980年8月27日より発売された、FF4ドアノッチバックセダンだ。
排気量は1335ccと1488ccの2タイプで、全国のホンダベルノ店で発売された。
そして、1983年10月20日より発売されたのが、2代目となるホンダ「バラード」だ。
セミリトラクタブル・ヘッドライトを4ドアセダンながら採用したのも、この時代のホンダらしい、スポーツ志向ゆえといえるだろう。
室内も、上位グレードの「CR-i」では明るいシート地にトランクスルー・リアシートを採用するなど、兄弟車の「バラードスポーツCR-X」と共通する若さあふれるものになっている。
待望のDOHCエンジン(ZC)が追加! ホンダ「バラードスポーツCR-X Si」
1984年11月1日より、ホンダ「バラードスポーツCR-X」は、F1レースで培かった技術を基に開発した、小型高性能DOHC・16バルブエンジン(ZC)の搭載車が発売された。同車は「バラードスポーツCR-X Si」の名で人気を集めた。
ZC型エンジンは、総排気量1590cc。135PS/6500rpmの最高出力と15.5kg-m/5000rpmの最大トルクを発生。ボア×ストロークが75×90mmのロングストロークエンジンながら、高回転までスムーズに回り、ホンダ「バラードスポーツCR-X」の人気拡大の立役者となった。
5速MTと3速フルオートマチックが選べ、最軽量モデルは860kgと軽量を維持。
「バラードスポーツCR-X Si」とスタンダードモデルとの見分け方は、フロントボンネットのパワーバルジと、
高速走行時、後輪にダウンフォースを与え接地性を高めるリアスポイラーを装着するか否かだ。
ついにVTECエンジンを搭載! ホンダ「CR-X SiR」とは?
1987年9月、「バラードスポーツCR-X」はフルモデルチェンジを行い、2代目へと進化した。
それに伴い“バラードスポーツ”の名称を廃し、「CR-X」としての道を歩み始めた。
ホンダ「CR-X 1.5X」
1343cc、1493ccのエンジンは16バルブへと進化。サスペンションは新開発の4輪ダブルウイッシュボーン・サスペンションを全車に搭載した。
そして、その2年後の1989年9月に、ついに自然吸気エンジンで1Lあたり100馬力のハイパワーを達成、しかも、低・中速性能を高いレベルで両立させる、可変バルブタイミング・リフト機構のDOHC VTECエンジンを、「CR-X」に搭載することになる。
VTECエンジン(※画像はインテグラ)
総排気量1595cc、最高出力ネット値160PS/7600rpm、最大トルクネット値15.5kgm/7000rpmのハイスペックエンジンを搭載した「CR-X」のグレード名称は、「SiR」となる。
ビスカス・カップリング式のLSDとALBをセットにしてオプション装着車を設定(LSDのみの選択も可能)。
専用のリアスポイラーとハイマウントストップランプを装着する。
シート部(ヘッドレスト、サイド部前面など)の表皮とステアリングホイールには本革を採用。
195/60R14タイヤと、フロントに14インチ専用大径ベンチレーテッドディスクブレーキを装備し、VTECエンジンのハイパワーにふさわしい足周りを構築する。
新車での価格はマニュアルミッション車で154万7000円(東京)だった。
新型ハイブリッドとして「CR-X」が再来か!? と騒がれたホンダ「CR-Z」
1992年2月に「CR-X」はフルモデルチェンジし、「CR-X delsol(デルソル)」へと進化した。
オープンとクーペが楽しめる2シータースポーツとして登場したが、バブル期の終焉により経済状況が悪化する中、販売は苦戦。やがて1999年に生産を終了。1983年7月1日より発売された初代「バラードスポーツCR-X」以来、16年あまり続いた「CR-X」の名前は根絶する。
しかし、2007年10月27日から11月11日に開催された「第40回東京モーターショー 2007」にハイブリッドシステムを搭載した、次世代のライトウェイトスポーツが登場した。それが、「CR-Z」だ。
「CR-Z」(デザインスタディモデル)
モーターショーに出展されて以来、発売を望む声は次第に高まり、ついに2010年2月26日に「CR-Z」が発売された。
1.5Lのi-VTECエンジンにIMAを組み合わせ、CVTもしくは6MTで駆動するFFライトウェイト・ハイブリッドスポーツは、上級グレードの「α」が税抜き237万9048円で販売された。
比較的手ごろな価格と、久々のライトウェイトクーペ、ハイブリッド車では珍しい6MTなどが評価され、人気沸騰。
2017年1月まで生産され、ホンダのスポーツイメージを具現化するモデルとして一時代を築き上げた。
今でも買える? ホンダ「バラードスポーツCR-X」の中古車価格
さて、ホンダ「バラードスポーツCR-X」は現代でも手に入るのだろうか?
大手中古車販売サイトで確認したところ、4台の掲載を確認できた。
1台目は、1984年式 1.5i 走行距離19万5000km 紺銀 5MT 車両本体価格148万円のモデル。
※画像は新車のイメージ
また、同じく1984年式 1.5i 走行距離9万3000km 白銀 5MT 車両本体価格148万円のモデルが掲載。
※画像は新車のイメージ
さらに、マイナーチェンジを受けてセミリトラクタブル・ヘッドライトをやめた後期型のSiが2台。
1985年式 Si 走行距離12万4000km 銀 5MT 車両本体価格128万円のモデル。
最後に1986年式 Si 走行距離6万6000km 銀 5MT 車両本体価格179万9000円のモデルが掲載されている。
ホンダ「バラードスポーツCR-X」は人気車種のため、販売台数もスポーツカーとしては豊富ではあったが、とはいえ販売終了から30年以上が経った旧車。良コンディションの中古車が市場に出る可能性は極めて低い。
どうしても欲しいというなら、ボディのレストアやエンジンのオーバーホールなどを覚悟の上、一生乗り続ける気持ちで入手すべきかもしれない。
ただし、旧車は台数が減ることはあっても増えることはない。今後、車両価格は上昇することが予測される。
一期一会と思い購入へと踏み出す勇気も、時には必要かもしれない。
※データは2020年11月下旬時点での編集部調べ。
※情報は万全を期していますが、その内容の完全性・正確性を保証するものではありません。
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文/中馬幹弘