北海道を代表する農産物といえば、じゃがいもである。その種類はとても多く、北海道庁の主要品種資料(2019年3月)によれば、優良品種だけで42種、ほかに地域在来品種などが19種。さすが全国収穫量の約77%(農林水産省、2018年度野菜生産出荷統計)を占めるだけのことはある。
そんなじゃがいもの中で、もっとも知名度の高いものといえば「男爵」だろう。ちょっとゴツゴツしていて、皮が剥きづらいけれど、ポテトサラダやコロッケといった定番料理にピッタリ。どこの家庭でもストックしているはずだ。
川田龍吉とじゃがいもの関係
ただ、これだけ馴染みのあるものなのに、なぜ「男爵」の名が付いたのかは、あまり知られていないようだ。答を探るべく調査を進めると、川田龍吉(りょうきち)という人物に行きついた。
川田龍吉は1856(安政3)年、土佐(高知県高知市)の半農半武の家に生まれた。1877(明治10)年、イギリス(スコットランド)に留学し機械工学を学ぶなかで、現地の農業に触れる機会があり、じゃがいもの存在に目を付けたと伝えられている。
帰国後、三菱製鉄所、日本郵船を経て横浜船渠(ドッグ)の取締役から社長に就任。1896(明治29)年に父(川田小一郎=元日銀総裁:男爵)の急死により爵位を継いでいる。
1906(明治39)年、日露戦争後の不況にあえぐ函館船渠(現、函館どつく)の取締役として北海道にやってくると、仕事のかたわら、七飯村(現、七飯町)の農場でイギリスやアメリカから様々な種いもを取り寄せ、北海道の土壌に合ったじゃがいもの試験栽培に取組んだ。
そこで「アイリッシュコブラー」が最も合うことがわかり、地元農家に広めた。これが後に男爵いもと命名されたのだ。
男爵いも発祥の地は七飯町
つまり、北海道の七飯町は男爵いも発祥の地というわけで、川田男爵が試験栽培を行なっていた町内の川田農場跡地に「男爵薯発祥の地記念碑」があり、函館市内の五稜郭公園にも同様の記念碑が建立されている。
川田男爵の農業に関する功績は、男爵いもだけにとどまらない。函館七飯町のほか、渡島当別(現、北斗市)にも広大な農場を建設し、アメリカから最新式の農機具を多数輸入。北海道における近代農業の発展に大きく貢献した。
その時に使っていた農機具や資料は、農場跡に「男爵資料館」を建て2014年まで展示。そして2019年春、男爵いも発祥の地である七飯町に「THE DANSHAKU LOUNGE(男爵ラウンジ)」としてリニューアルオープンし、新たな情報発信地として注目を集めている。
男爵愛用の品々と宙を舞うラブレター
THE DANSHAKU LOUNGEは、「道の駅なないろ・ななえ」の隣にある。共に地元を盛り上げていく目的があるといい、広い館内には川田男爵にまつわる貴重な資料が大量に展示されている。
玄関を入ってまず目を引くのは、日本初のオーナードライバーであった川田男爵の愛車の「蒸気自動車ロコモビル」。その右奥に見えるのが巨大な暖炉と、周辺には、個性豊かな雑貨の数々。
壁一面ところ狭しと掲げられている農機具類。空間を上手に生かした独創的な展示は「日本空間デザイン賞 2019 BEST100」に選出されている。
暖炉の近くにある古い金庫とその上に舞うように配された手紙も目を引くはず。遠目には何を意味しているのか分からないが、近づいて説明を読めば納得。実は男爵、英国留学時代に交際し、結婚を約束した女性ジェニーがいた。承諾を得るため帰国したものの父親の大反対で諦めざるを得なかった過去がある。
切ない思いは誰にも語ることがなかったというが、亡くなって数年後に発見された金庫からは、ジェニーの金髪と89通ものラブレターが大切に保管されていたエピソードを形にしたものだった。
食の分野も注目
館内には食品や生活雑貨、ギフトやワインなどを扱うショップ、薪式グリルによる料理が自慢のレストランがあり、観る・学ぶ・食べる・買う・寛ぐが一挙に楽しめる。
ちなみにレストランの人気メニューは、隣の森町産、ひこま豚を使った「ひこま豚ロースステーキ(1550円)」や「【男爵謹製】大沼牛ハンバーグ1850円」。*いずれもライスorパン、サラダ、ドリンク付。薪式グリルの薪の一部は、七飯町名産リンゴの廃木を使っている点も大きなこだわりだ。
テイクアウトは、やはり男爵いもを前面に押し出した「ザ・男爵チップス(400円)」や「ザ・男爵フライ(1個350円)」がおすすめ。フライ(コロッケ)の入っている小さな袋は髭付きというのが、いかにも男爵っぽくて楽しくなる。
地元農家と連携した新たな試みも模索中
ほか、THE DANSHAKU LOUNGEがプロデュースした地元の若手農業者グループ「男爵5」と連携し、野菜に関するさまざまなイベントの開催も企画。新たな食と農の情報を発信することも目指している。
なお、建物の前には巨大な男爵いもが街灯に直撃し、めり込んでいる風のオブジェがあり、「地球外の小惑星から落ちて来た男爵いもが街灯に衝突した」との設定で造られています」とは広報担当の小林優さん。
コロナ禍ではあるが、冬期はとくに密にならず、ゆっくりできる施設なので、お近くに行ったときはぜひ立ち寄っていただきたい。
取材協力/THE DANSHAKU LOUNGE
https://danshaku-lounge.com/
取材・文/西内義雄
医療・保健ジャーナリスト。専門は病気の予防などの保健分野。東京大学医療政策人材養成講座/東京大学公共政策大学院医療政策・教育ユニット、医療政策実践コミュニティ修了生。高知県観光特使。飛行機マニアでもある。JGC&SFC会員。