■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は5G拡大を狙う通信キャリアの今について議論します。
auとソフトバンクの5Gエリアは2021年、一気に広がる
房野氏:KDDIの髙橋社長が10月9日に法人企業向けイベント「KDDI BUSINESS SESSION 2020 online」で登壇し、2030年までに2兆円の投資をすると語りました。5Gに対応したiPhone 12シリーズも発売になったことですし、楽天モバイルも含めてキャリアは5Gをどうしていこうとしているのか、解説していただけないでしょうか。
石川氏:髙橋社長は、2030年まで5Gと次世代の6Gに向けて2兆円を投資していくと語りました。後日、インタビューの際に「料金値下げをすると2兆円全部を投資としては使えなくなるのではないか」と聞いたところ、そんなことはないということでした。「KDDIは年間5000億から6000億円の設備投資している。そのうちの2000億円くらいは、10年間に渡って5Gと次世代の6G関連に投資できるであろうというコミット」だということでした。劇的に収入が下がったりするとできなくなる可能性はあるけれど、そういう見立てで投資していきたいという話をしていました。髙橋さんとしては、料金値下げ云々よりも、キャリアが利益を出して設備投資すれば国も潤うし、国力が上がってくるんじゃないかという考えです。各社、似たようなことを考えていると思います。
KDDIとソフトバンクは共同で「5G JAPAN」という会社を設立し、地方の5G基地局展開をやっていく話もあります。だから、KDDIとソフトバンクの計画地はほとんど一緒なんですよね。人口カバー率も同じ。あとは12月から井伊新社長体制になるドコモがどうしていくか。基地局の数では明らかにKDDIに見劣りする中で、井伊さんは基地局シェアリングもするという話をしているので。
房野氏:ドコモの設備投資額はどれくらいなのですか?
石野氏:直近の株主総会では、2023年まで1兆円と言っています。それが続けば、KDDIよりちょっと多いくらいかな。でも、差はそれほど大きくない感じですね。
房野氏:キャリア間で差は出にくいということでしょうか。
石野氏:まぁ、LTEもそうですからね。そして、インフラベンダーとして割安なファーウェイの基地局も使えないので、極端に安くすることはできないですし。
房野氏:5Gは徐々にエリアが広がるイメージでしょうか。
法林氏:キャリアによって違う。ドコモは4Gメインで、5Gは専用周波数でやっていくので、エリア展開はかなりスロー。もちろん、ちゃんとネットワーク状況を見てやっていく。auとソフトバンクは4Gで使っている周波数も5Gに使っていく。ただ、ここも簡単に全部5Gというわけにはいかない。ユーザーの数をコントロールしていきながら、やはりネットワークを見ながらやっていく。KDDIとソフトバンクの2社は基地局や設備の共用化もある程度はしていくと思う。
石野氏:今の計画だと、KDDIとソフトバンクは、たぶん2021年に入れば、手元のスマートフォンで5Gのピクト表示を見られる機会が多くなるんじゃないかなと思います。
石川氏:そう思う。KDDIのエリアマップがよくできている。ちゃんとsub6の5Gエリアとミリ波(28GHz帯)の5Gエリアが色分けされている。色が同系色すぎて、ちょっとだけ見分けにくいんだけど(笑) とはいえ、違いを出すことでわかりやすくなっているし、基地局を探しやすい。
au サービスエリアマップ (C)2020 Google
【参考】エリア|スマートフォン・携帯電話|au
石野氏:こうなると楽天モバイルの立場がツライんですよ。
石川氏:楽天モバイルはマズイですねぇ。
房野氏:2Gと3Gは始まってから停波まで20数年です。気の早い話ですけど、4Gもいずれ終わりますよね。4Gが始まって10年くらいですから、あと10年ちょっとで4Gが5Gにほぼ切り替わるという感じですか?
石野氏:あと10年経つと、今の4Gのように5Gがそこら中で利用できるようになっていると思う。既存周波数もほぼ5Gに転用してしまっているんじゃないかなとは思うんですけど……。
房野氏:5Gの展開は4Gや3Gよりちょっと遅いイメージがありますが。
石野氏:現段階で少し遅いですよね。日本は2020年3月にスタートしたけれど、まだ少ししか広がっていない。4Gの時は、もうちょっと4Gの電波がいろいろな場所で入ったような気がする。5Gは周波数が高いので、電波を遠距離で飛ばないせいもあるんですが。
石川氏:5Gの電波は扱いにくいという声をよく聞きます。また、またiPhone 12シリーズが出ていなかった時期は、5Gにそれほど本気になっていなかったようなところもある。KDDIは、電波が飛びやすい4Gの周波数を5Gに転用するのが本命なんだろうなと思います。新しい周波数のエリア展開は局所的にやるんじゃないかな。
法林氏:周波数の特性を考えると、届きやすい電波は限られている。5Gの電波が届く距離は短いので、低い周波数で本格的に展開しない限りは難しいでしょう。エリアの広さはともかく、今、5Gエリアが優れているのは楽天モバイルだと思いますよ。東京・世田谷の二子玉川駅南側付近の5Gエリア展開だけは面ですから。
楽天モバイルのサービスエリア
【参考】5Gサービスエリア|通信・エリア|楽天モバイル
石川氏:すごかったですよ。安定していた。大井町線に乗って二子玉川駅に近づいたらバッチリ5Gが入りました。
法林氏:大井町線沿いの二子玉川駅近くに来ると、あの辺りはぶわーっと面で全部5Gが入る。
房野氏:いいなぁ。
5Gの魅力がユーザーに伝わっていない
法林氏:でも、5Gでつながったからどうなの? ってことですよ。ユーザーは5Gのピクト表示が見たいわけではなくて、5Gらしいことをしたいわけでしょ。
房野氏:LTEが始まった頃は、各キャリアの通信速度調査が頻繁に行われていて、どのキャリアが一番良い/悪いという記事もたくさん出ていましたが、今回はあまりそういう記事を目にしませんね。ユーザーとして、4Gと5Gで技術的な違いがあまり感じられません。
石野氏:ぶっちゃけ、あまり違いがない(笑)
法林氏:明確なメリットは使い放題ということ。でも「auは4Gでも使い放題できるじゃん」みたいになっている。ドコモの場合は5Gギガホにして使い放題というメリットがあるけれど、エリアはやっぱり限定的。ソフトバンクは現状、4Gも5Gもメリハリプランなので50GBが上限。
石野氏:さらに上限を20GBに下げたプランを出そうとしている。
法林氏:そういう状況なので、各キャリアとも、5Gに移行するモチベーションをユーザーに伝え切れていないのが大きいかなと思う。
石川氏:5Gがつながるエリアで速度チェックしても、まぁ、がんばって200Mbps超えくらい。新宿駅でそれくらいがいいところ。誰もいない羽田空港でやっと800Mbpsくらい。
石野氏:渋谷は800Mbps出ますよ。でも、800Mbpsが出たからといってね……。
法林氏:4Gでキャリアグリゲーションして速いところでも200Mbpsくらいが限度だけど、さすがに5Gだと300Mbpsは超える。羽田空港やキャリアの本社が入っているビルでは1Gbps超えを何度も経験している。でも、200Mbpsではダウンロードできないけど1Gbpsならダウンロードできるデータがあるかと言われると、まぁ、ないなと。
石川氏:5Gのキラーアプリが、今は速度測定アプリになっちゃっているんですよね。
石野氏:しかも速度測定をするとデータ容量をめっちゃ食う。
石川氏:1回1GB。
法林氏:そう。ドコモの回線契約を切り替えた時に、スタッフさんから「予備回線なら5Gギガライトでいいんじゃないですか?」と聞かれたけど、いや、最初はベンチマークを測りますから5Gギガホにしてくださいと(笑)
房野氏:5Gの魅力がユーザーに伝わってこないですねぇ。
法林氏:速度測定アプリ以外に、ユーザーレベルで体感できることがない。絶対とはいわないけど、ほぼないです。例えばSNSを見ているとわかるけど、「5Gスマホにしました、これができました」と言っている人はいなくて、アップしている画像はほぼ100%、速度測定アプリの画面ですよ。それ以外、5Gスマホにしたからこうなったという投稿している人は1人もいないんですよ。
房野氏:動画が見やすいといった意見はないのですか?
法林氏:ないです。Netflixは自分たちでコーデックを作って、ビットレートを下げているんです。ネットワークに負荷をかけないようにしている。
動画で5Gが必要になるのは、まさしくプロの用途で、例えばカメラマンさんが撮った画像データを外出先で1000枚くらいクラウドにアップしなくてはいけないという場合。5Gだから速い。4Gの人を見て「まだアップロードできないの?」と優越感に浸れるわけですよ。
石野氏:5Gが必要だとちょっと思ったのは、iPhone 12で4K 60fpsの動画をアップロードする時。1~2分くらい撮ると、それだけでデータ量が1GBいっちゃっていたんです。これをアップロードするのには5Gが必要だなとは思いました。
石川氏:AirDropでいいじゃん(笑)
石野氏:いや、Google フォトにアップロードするために必要なんですよ。
石川氏:KDDIの髙橋社長が言っていましたが、今回のiPhoneは、キャリアと連携して、料金プランによってデータモードが「5Gでより多くのデータを許容」モードになる。情報はAPIでコンテンツプロバイダ側にも提供されるようになる。そうすることによって「この人はiPhone 12で使い放題のプランだから、きれいな画質で配信しよう」という話になってくる。コンテンツ周りが5Gネットワークに対応するようになると、体験がちょっと変わってくるかもしれない。
石野氏:データモードは手動で切り替えればいいんですけどね。
石川氏:auはそれを自動で切り替えてくれるわけでしょ。
法林氏:ユーザーがわざわざ設定を変えることは少ないだろうから、オートマチックに設定されるのはいいんだけど、実際に自分の住んでいる街で使えるのは来年? もしくは再来年? みたいな話になっている。今のタイミングでは、それほど重要ではない気がする。今、ユーザーが5Gにしたいと思えるようなモチベーションの演出が何もないんですよ。「5G端末を持っていて、そんなことをできていいなぁ。僕のではできない」っていうような話になっていないんですよ。5Gだろうが4Gだろうが、できる体験に違いはないんですよね。ピクトの表示が5Gになるだけ。ただ、それでモチベーションが上がるのなら、5Gをつかんだ場所を記録してくれるアプリを作ればいいのに、キャリアはそれすらやらないわけですよ。それはダメじゃないかな。5Gをどこまで本気で推進していくつもりなのか、最初から疑問を感じている。
石野氏:3Gから4Gに移行した際はスマートフォンが出てきて、3Gだと遅いっていうフラストレーションが溜まっていたんですよね。4Gに関しては、まだそこまでフラストレーションが溜まっていないというか、普通に使えちゃう。
石川氏:当時は、端末がまだこなれていない感じもあった。
5Gは動画コミュニケーションと使い放題がカギ
石川氏:5Gで可能性があるとするならば、やっぱりコミュニケーション系だと思います。今はFaceTimeしか対応していないけど、5Gを使ったらZoomがすごくいい音声で、画質もきれい、ということになったら変わってくると思う。ビデオ会議で1人だけ4Gでガタガタだということになると、自分も5Gに変えなきゃいけないなということになる。過去を振り返ると、テクノロジーはコミュニケーションサービスによって一気に普及してくるものなので、動画のコミュニケーションを5Gで提供できるようになるといいかなと。VRやARは先に行きすぎの感があるけど、今年、これだけビデオ通話アプリが増えたことを考えると、ZoomやTeamsなどのサービスがカギを握っているんじゃないかなと思います。
房野氏:LTEで数十GB使えるとはいえ、通信速度が速くなるとすぐデータ容量の上限に行ってしまいますしね。
石川氏:使い放題は5Gの1つのトリガーになるんじゃないかな。5Gに切り替えると、本当にストレスなく使えるので。
法林氏:家に帰ったからWi-Fiをオンにするとか、そういう必要がない。使い放題だからWi-Fiがなくても関係ない。かえってWi-Fiの通知が煩わしい。
房野氏:ただ、全ユーザーが使い放題にしても大丈夫なキャパなのでしょうか。
石川氏:だから分散させていく。
法林氏:個人がスマホで使うデータ量の限界値はこの程度だと、わかってきているんです。ただ、テザリングがデータ量無制限だとパソコンや、下手するとサーバに接続する人も出てくるので、とんでもないデータ量をやり取りすることもあるので、それはキャリアとしては制限をかけたい。
房野氏:そういう極端な使い方をするユーザーは、全体の1%いるかいないかってことですよね。彼らに制限をかければ、残りは使い放題できるというキャパは5Gにはあるんですね?
法林氏:容量がどれくらいなのかにもよりますが、たぶん、現状のユーザー数だったらできると思います。ただ、テラバイトレベルで使う人もいる。1TB使う人が1億人いたら困るわけですよ。
石川氏:大量に使う人が1つの基地局に大量にいると困っちゃうけど、分散させれば負荷は減る。
法林氏:基地局数を増やして、いろんなところからつながるラインがある状態にする。僕はこっちにつないで、君はあっちにつないでという状態になると、負荷が分散する。その先は固定の光回線になるので、容量が無制限に増やせるわけではないけど、電波に比べれば増やしやすいので、そこはなんとかなるでしょう。
房野氏:フルハイビジョンで1日4時間動画を毎日見続けても大丈夫でしょうか。
石野氏:それくらいは余裕ですね。
法林氏:4Kになると4倍なので、しんどいと思うけど。
石野氏:まだ端末に4Kの再生機能がほぼないですからね。ちなみに自分の端末はWi-Fiを完全に切って、月末の26日時点で40GBくらい使っています。
房野氏:50GBくらいあれば足りるってことですかね。
石野氏:普通は足りると思います。ただ、50GBまでだと40GBくらい使うと、そろそろ危険だなと思うので、使い放題の方がストレスはないですね。
法林氏:現状、個人が毎月100GBくらい使う程度なら、5G全体のキャパを超えないだろうし、それに見合うだけの対価をキャリアは求めている。その料金プランということですね。
難しいのは、使い放題となると、とんでもなく使う人がいること。ただ、もう1つの考え方もあって、使い放題になると、使い放題の料金を払いつつ、実は1か月に10GBだけしか使わない人も出てくる。
使い放題で動画を見る時間は制約があるかもしれないけど、音楽は移動時間中もずっと聞いていられる。使い放題であるがゆえにユーザーとしては安心です。都心から郊外の自宅に帰る間、ずっと音楽を聴いていても容量を気にしなくて済む。その安心感としての使い放題は大きい。
石川氏:また総務省の批判になっちゃうけど、明らかに時代のニーズは使い放題なんですよ。でも、値下げもしましょうという話になっている。使い放題にしてスマホ上でいろんな産業が生まれてくればいい。「光の道」じゃないけれど、国の成長を考えたら、本来は「使い放題の道」を提供することが理想なんだけど、セコセコ使う方向性を求めちゃっている。それは違うんじゃないかな。
石野氏:それも20GBプランを安くする。中途半端ですよ。今、20GBプランを安くされてもなぁって感じ。
法林氏:まぁ、そういう選択肢もあっていい。でもそれが主ではないでしょうと。
石川氏:数年前に1GBプランを作らせた時とよく似ている。総務省は今しか見ていない。今、1GBプランで毎月のデータ通信量が済む人がどれだけいるのかと。20GBプランも、安くなって今はいいかもしれないけど、たぶん、来年、再来年になると容量が足りないプランになる。スマホの画面が大きくなり、通信速度も上がっているので、動画をサクサク見られるようになると20GBでは足りなくなるでしょう。髙橋社長によると、auユーザーには20GBプランよりも使い放題が選ばれているそうです。
石野氏:だって、Dolby Visionの4K動画を10本、20本アップロードしたら、すぐ容量の上限に達するくらいですから。
石川氏:ビデオ会議を1時間やったら1GBですから。そう考えると、20GBプランは足りない容量になっている。
房野氏:あまりスマホを使わない、どちらかというとシニアユーザーのための施策ですよね。
……続く!
次回は、総務省のアクションプランで携帯電話料金の値下げは実現するかどうかを話し合う予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘