新型コロナウイルスに振り回されてきた2020年のスポーツ界。サッカー日本代表もご存じの通り、約1年間の空白期間を強いられながら、10月のカメルーン・コートジボワール2連戦(オランダ・ユトレヒト)でようやく活動を再開。11月もパナマ・メキシコ2連戦に向けて、9日からオーストリア・グラーツで強化合宿に突入。今日13日に初戦・パナマ戦を迎える。
ドイツ帰国後の活動制限によって大迫勇也(ブレーメン)と堂安律(ビーレフェルト)の招集が見送られ、追加招集されたばかりの奥川雅也(ザルツブルク)もクラブ内での陽性者発覚で参加見送りになるなど、合宿入り後も森保一監督は頭を悩ませている。対戦相手のパナマとメキシコのチーム編成もどうなるか分からない。まさに綱渡りの代表活動となっているのだ。
代表密着動画「Team Cam」の配信
こうした異例の事態だけに、メディアも思うようには現地取材はできない。今回も現地に赴いているのは、欧州在住記者数人のみ。チームの宿泊先は貸し切りで外界との接触を断っているため、インタビューは全てリモートだ。日本サッカー協会は森保監督や選手たちの取材機会を連日設けているが、リモート取材だと70~80人もの取材者が同じ話を聞き、同じ内容を報道することになる。
となれば、サッカーファンの興味も自然と薄れてくる。今はJリーグの取材環境も同様になっているが、限られた情報しか表に出てこないければ、サッカー人気の停滞や低下につながりかねない。
実際、10月のカメルーン戦のテレビ平均視聴率は11.7%(関東地区)、コートジボワール戦は5・7%。深夜帯のゲームとはいえ、約1年ぶりの代表戦なのだから、もう少し盛り上がってほしかったというのが関係者の本音ではないか。
「本田圭佑(ボタフォゴ)や香川真司、内田篤人らが全盛期だったザックジャパン時代(2010~2014年)が日本代表人気のピークだった。その頃に比べるとかなり関心が下がっている」というのは、サッカー界全体の共通認識だ。当時なら彼らを前面に出すだけで視聴率が上がり、グッズも売れたが、それは過去の話。協会としても認知度を高める努力をしなければならなくなったのは、紛れもない事実だろう。
そこで彼らが打った新たな一手が、代表密着動画「Team Cam」の配信だ。協会プロモーション部が中心となり、10月シリーズから15分程度のデイリー密着動画を「JFA TV」にアップするようになったのだが、これがにわかに注目を集めている。
10月シリーズでは、川島永嗣(ストラスブール)、吉田麻也(サウサンプトン)、柴崎岳(レガネス)らが中心となって毎朝出かける「散歩隊」の様子、日本代表専属シェフ・西芳照氏の料理へのこだわり、練習用具やユニフォームなどを管理する縁の下の力持ち・麻生英雄氏と山根威信氏の両キットマネージャーの一挙手一投足、森保監督が熱弁をふるって選手を奮い立たせる様子など、趣向を凝らした内容が盛り込まれている。
約10日間の活動中に散歩隊が取り上げられる機会は多いが、10月7日配信動画では、川島が若手DF冨安健洋(ボローニャ)に新隊長を任命する様子が流された。ただ、冨安は毎日散歩には参加しておらず、やはりコアメンバーは川島、吉田、柴崎の3人。37歳の最年長GKとキャプテン、中盤の要は連日、たわいもない情報を交換しつつ、チームの一体感を高めるための「首脳会談」を行っているという見方もできる。
写真提供:日本サッカー協会
「隊長はもう冨安なので、そのへんは全部下に渡しているので、僕たちはもうただの年寄りの散歩です(笑)。ただ、日々来る選手は変わりますし、今は食事会場で会話ができなかったり、リラックスルームもなかったりするので、コミュニケーションの場として体を動かすついでに何でもない話をすることで絆も深まったり、ピッチの上で言えることも増えてくると思う。そういう機会としてうまく生かしていければいいですね」
川島は筆者の謎にこのように答えてくれたが、密着動画を見るだけで代表チームへの新たな興味関心が深まってくるのは確かだ。どういうキャラクターの選手が試合に出ているのか、どんなスタッフがチームを支えているのかが分かれば、日本代表への愛着も強まるだろう。そういう意味で、この密着動画はPR効果大と言っていい。
11月シリーズは、さらに代表チームの動きを詳しく知ってもらおうと、森保監督らコーチングスタッフや反町康治技術委員長、関塚隆ナショナルチームダイレクターらが成田空港からオランダ・アムステルダム経由でグラーツ入りするところから密着。到着後は練習会場へ出向いてピッチ状態やロッカールームなどを確認する様子も流された。
成田もアムステルダムも空港は閑散としており、グラーツは吐く息が白くなるほどの厳寒状態。そういった現地の空気が感じられるのは、見ている側にとっても親近感が湧く。しかも、同練習場では10年前にサンフレッチェ広島が合宿を張り、横内昭展コーチと下田崇GKコーチが帯同していた写真が大写しになった。そんなシーンを目の当たりにすれば、グラーツへの思いが強まってきて当然だ。
「Team Cam」を人気回復の起爆剤に
また、11日に配信された動画では、10日に26歳の誕生日を迎えた浅野拓磨(パルチザン)がチームメートからプレゼントされたケーキを掲げ、新たな決意を口にする様子も流された。そういった様子はこれまでメディアの取材対応の中でもしばしば話題に上っていたが、実際の彼らの一挙手一投足を映像で見られるのは一味違った感慨深さがある。文字とは違った利点を駆使して、日本代表の今を伝えていくことは、プラス要素が大きいのだ。
残念ながら、現時点ではこの「Team Cam」の存在がサッカー界であまり知られていない。メディアの間でも「こんなのあったのか」という声が出ているくらいだから、一般になればなおさらだろう。再生回数も10月シリーズでは22~26万回。11月シリーズ突入後も同様の数字だ。植田直通(セルクル・ブルージュ)の劇的決勝弾で勝ち切ったコートジボワール戦のハイライト動画が56万回だから、その半分以下ということになってしまう。ユーチューバーとしても人気の格闘家・朝倉未来の動画が再生回数100万回をゆうに超え、300万回に到達することもあるのを考えると、まだまだ告知不足と言わざるを得ない。
日本代表人気を最盛期のザックジャパン時代に戻すのは容易ではないが、このようなPR活動を地道に続けていくことが肝要だ。バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(ビジャレアル)がかつての中田英寿や本田圭佑のようにエースの座に上り詰めるまではまだまだ時間がかかりそうだし、突出したスター選手もすぐには現れそうにない。だからこそ、「Team Cam」を人気回復の起爆剤にしたいところだ。
これを手始めに、協会は「日本代表オンラインイベント=日本代表の名のもとに」を10日に朝日新聞社と共同で開催したり、パナマ戦・メキシコ戦当日には「サッカー大好き芸人「ミキ」と元日本代表 大黒将志選手によるインスタライブ」を実施するなど、さまざまなチャレンジに打って出ている。こうした策が結実し、代表の社会的価値が再び高まり、2022年カタールワールドカップ8強入りという好循環が現実になればまさに理想的。選手たちには11月2連戦で力強い一歩を踏み出してほしいものである。
取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。