■連載/阿部純子のトレンド探検隊
コロナ禍で注目される地方移住だが綾部に移住者が多い理由とは?
京都府綾部市の人口は約3万3000人。「今後30年間で人口を4万人に」を目標に、市を挙げて移住者のサポートを行う「移住立国あやべ」に取り組んでいる。綾部市内には1000軒ほどの空き家があるが、ネットで空き家探しができる「空き家バンク」や、空き家の改修補助金の支給、定住支援住宅、定住促進住宅などさまざまな定住支援を行っている。
移住を考えている人が情報収集を兼ねて多く訪れるのが「農家民宿」。綾部の農家民宿22軒のうち18軒は移住者で、農家民宿が定住人口の増加に寄与している。
綾部市・上林地区にある「里山ゲストハウス クチュール」オーナーの工忠照幸さんも7年前に大阪から移住し、ゲストハウスを始めて5年目となる。
現在は新型コロナの影響で、1組1部屋、1棟貸しを行っているが、昨年まではドミトリー形式のゲストハウスとして1日最大7名まで受け入れ、1年間で584人が宿泊。うち半分は外国人で、フランス、台湾、香港からの来訪者が多い。
工忠さんはゲストハウスと旅行会社の経営、農業の傍ら、綾部の農家民宿のまとめ役、仲介役、PR活動を担っている。また、綾部市中上林・奥上林担当の「里の公共員」、通訳案内士として国内外からの訪問者に、歴史や体験など綾部の魅力を語る活動で多忙な日々を送る。妻の衣里子さんも2歳の長男・桜久くんの子育てをしながら、ゲストハウス経営、イベント企画を行い、綾部の魅力を発信している。
「移住希望者、田舎暮らしを考えている層が増えており、地元の生活を知る機会として、綾部の農家民宿が移住者の受け皿になっている。宿ごとにいろいろなアイディア、考え方を持っているオーナーがいて、泊る宿によって違った体験ができる」(工忠さん)
自身や家族が食べる分は自給農業でまかない、残りの時間は自分のやりたいこと(=天職)に費やす「半農半X」を提唱する塩見直紀さんは綾部市に在住。「半農半X」に共感した移住者も多く、ミュージシャンやライター、ウェブデザイナーなど、農家と自身の仕事を両立させながら、宿の経営も行っている人もいる。
「僕の場合、外国人向けに里山でゲストハウスをやりたいと場所探しをしていたのがきっかけ。19歳の時から約7年間バックパッカーで地球を2周したが、旅の中ではアジアの田舎が印象的で、上林地区を見たときラオスみたいだなと思ったのが決め手だった。大阪から2時間、京都市から1時間とアクセスの良さもあった。
最初はあやべ温泉(後述)で住み込みの仕事をしながら、築60年の空き家を見つけて、自身で改築をして宿を始めたのが5年前。綾部は物価、地価が安いのもメリットで、僕のゲストハウスも150万円で購入。自分で改修を行い費用に300万円かけたが、150万円は補助金で返ってきたので、300万円で土地と建物が手に入った。一人暮らしだったら月15万円、夫婦でも月20万円の収入があれば十分暮らしていけて貯金もできる。
綾部には陶芸家やデザイナーなどのクリエイター、ニュージーランド、カナダ、フランスの外国人といった多様性のある移住者が多いのも特徴。無農薬・有機栽培で米作りに携わりながら、米粉パンやパンケーキを提供する『夢のなかの家事』など、食にこだわりのある人も多く移住しており、府道1号沿いには移住者によるヴィーガンのケーキやオーガニックの商品を提供する店もある」(工忠さん)
綾部の「半農半X」ライフスタイルを支えるのが、整備されたネット環境。綾部のほぼ全域に電柱を使った光回線を導入しており、契約すればすぐに光回線を引ける。工忠さんも畑作業をしながらYouTubeを見たり、音楽を流したり、小川に足を浸けながらZoom会議をすることもあるそうだ。衣里子さんもリモートワークで仕事をしている。
「商売するにもネット環境が整っているのは大きな利点。上林地区にはコンビニが1軒もないが、自分たちで野菜や米を作っている人が多いので、要るものは限られてくる。両親は大阪にいて僕も都会が大好きだが、コロナ以降、田舎にも都会と同じくすべてがあり、無いものは作ればいいと思うようになった。宿がメインだったので畑を始めたのは今年からだが、これこそがみんながやりたいと言っていた、自分で作った安心なものを食べて、仕事もできる田舎暮らしだと実感している。
世界を旅して、最終的に行きついた答えが何もしないということ。ヨーロッパ人に受けるのも綾部の不便さだと思う。地域の中での交流や、自然の中で何もしないスタイルを体験できるのが外国人に喜ばれている。
綾部は何もないように見えるが、昔ながらの暮らしを丁寧にしていて、土地や家をみんなが協力してきれいに守っている。移住者もそれを大事にしており、ものづくりでも昔ながらのやり方を大切にしている人が多く、-子どもや孫が出ていき、失いかけた技術や知恵を移住者たちが受け継いでいる。子育ても地域全体で見守ってくれるのでとても住みやすい」(工忠さん)
工忠さんおすすめの綾部観光&体験スポット
〇光明寺 二王門
標高581mの君尾山中腹にある光明寺は599年に聖徳太子によって開かれた。山門である二王門は、京都府北部の建造物で唯一の国宝に指定されている。二王門に行く道は紅葉の名所としても知られる。
二王門は鎌倉時代の1248年に建立。栩葺(とちぶき)と呼ばれる、2.4㎝の分厚い栗板を三重に重ねて葺いた屋根で、木の板で葺いた屋根は全国的にも珍しく、現在の屋根は平成28年から3年間かけて葺き替えたもの。門は昭和29年に国宝指定され、二王像は令和元年7月、重要文化財に指定された。国宝の門の中に重要文化財があるのは珍しく、他では奈良県に3か所あるだけだという。
光明寺は平安から鎌倉時代までは山上から山下まで72坊の大寺院を形成したが、室町時代の大永7年に、二王門以外はすべての坊が焼かれた。6年後には上林一族や多くの方々の手で再建されたが、その後、明智光秀が何鹿郡に兵を進めて再び焼失。江戸時代になり領主の藤懸氏によって寺は再建された。
幕末の天保7年に再建された本堂には、君尾山から伐採した木を柱に使っている。正面の6本と内陣の2本はけやき材、他は杉材だが、表面はつるつるに磨かれ、当時にこれほどまでに研磨できる道具があったのかと思うほどなめらかだ。
本尊の千手観音は秘仏で、33年に1回の御開帳の時にしか公開されない。平時は御前立と呼ばれる小さい千手観音を祀っている。両側は28部衆、風神、雷神を合わせ30体がご本尊を守る形で並んでいる。堂内の左には不動明王、観音、右には大日如来、毘沙門天、九頭竜王が祀られている。
光明寺の近くに樹齢1000年とも2000年ともいわれる大トチの木がある。中は空洞で外皮のみだが、主幹の周囲は10.4m、樹高は23mあり、トチの木では京都府一の巨木だ。
〇あやべ温泉 二王の湯
「あやべ温泉 二王の湯」は、温泉と宿泊施設、綾部の特産品を販売する売店があり、地元の人も多く訪れる施設。「二王の湯」の泉質はナトリウム炭酸水素塩泉で、つるつるの肌になることから「美肌の湯」とも呼ばれている。鳥垣渓谷の景色が一望できる檜の露天風呂もある。日帰り入浴も可能。
宿泊施設は洋室2室、和室7室の計9室。一番広い洋室はバリアフリー対応。露天風呂同様に鳥垣渓谷の景色が一望できるロケーションも良い。1週間宿泊のワーケーションプランもあり、仕事の合間に散策や温泉を楽しめる。
レストランでは地元の上林鶏を使った料理を中心に提供。Wi-Fiとコンセントがありコワーキングスペースとしても利用できる。宿泊をしなくても温泉1日券を使えばワーケーションも可能だ。
地元の新鮮野菜や特産品を販売する売店コーナーは綾部の名産品が集結。あやべ温泉のオリジナルブランド「二王門カレー」シリーズやチャウダーをはじめ、過疎・高齢化の進む集落の再生に取り組む「水源の里」活動により生まれた、おばあちゃんのとちの実のクッキー、製造工程でアルコールを使わない梅干し、黒瓜の粕漬といった特産物、地元ならではのこうぞ餅、地酒やとちの実を使った焼酎、上林の万願寺とうがらし味噌、綾部おいしいものめぐりでも紹介した宮園さんの米粉クッキーなど、ストーリー性のある商品が多く、お土産としてもおすすめ。
〇こうぞもち体験
工忠さんが運営する旅行会社「MATA TABI」 では、「国宝二王門巡礼の道と2000年の巨木オオトチトレッキング」、「水源の里~トチノキと平均年齢93才のおばあちゃんとトチモチつくり体験」など、自然を満喫したり、地元の人たちと交流するさまざまな体験ツアーを実施。
「黒谷和紙のこうぞをつかった世界にひとつのこうぞもち体験」(4000円/昼食付)は、和紙の原料となるこうぞの葉を使った「こうぞ餅」の餅つき体験。よもぎほど香りはないが、独特の風味があって、万願寺とうがらし味噌をつけて食べるとおいしい。
体験ツアーで付くお昼ご飯は、地元の「すまいる工房」の手づくり。上林で採れた新米と地元の丹波栗を使った栗ご飯や、上林鶏のチキンカツ、春先に採れたものを湯がいて真空保存したたけのこ、万願寺甘とうも地元産。デザートはこうぞ餅を使ったぜんざい。
〇黒谷和紙体験
全国でも数少ない純手漉き和紙の産地として知られる黒谷和紙。800年前に平家の落ち武者が山里に隠れ住み、生活の糧として始めたと伝えられている。紙漉きの伝統は今も大切に受け継がれ、綾部市の小学生は自分で漉いた和紙を卒業証書にする。
「黒谷和紙会館」「黒谷和紙工芸の里」の2か所で紙漉きの体験ができる。黒谷和紙会館の「はがき漉き体験」(一人1000円・税込)は5名から受付、1週間前までに要予約。紙漉き体験や昔ながらの道具を見学できる。両施設では紙製品や小物類などの現品限りのアウトレット品も販売しているので、こちらも要チェック。
【AJの読み】その地に滞在して地元の話を聞くことが地方移住計画の第一歩
綾部・上林地区は、明智光秀軍に追いやられた上林氏がかつて治めた地。現在、上林城跡は公園となっており、ここで音楽フェスが開かれたことも。上林一族の墓もあり、末裔である宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の上林秀敏さんも時々訪れるとのことで、「綾部の人は『綾鷹の綾は綾部の綾だ』と勝手に言っています(笑)」(工忠さん)。
地元産の上林鶏を平飼いしている「かしわや」も拝見。かしわやの女将さんが営業している「鶏肉鉄板焼き 拍屋 二王公園店」ではおまかせの鶏料理を楽しんだ。上林鶏は肉厚でジューシーな味わい。地元の人は基本が鶏肉とのことでBBQ、唐揚げ、鶏丼、鶏うどんと鶏肉尽くし。鶏丼は300円でボリュームたっぷりで、夜も一人1000円もあれば十分に食べられる。鶏肉、お惣菜、野菜も販売しており、地元の方々のコミュニティの場にもなっている。
「里山ゲストハウス クチュール」では、工忠さん家族や、研究のために滞在している同宿の学生さんと一緒に食事をしたり、よもやま話に花を咲かせたりと、親戚や友人の家に遊びに来たような感覚だった。1か月という長期滞在で家族のように親しくなった人や、農家民宿の滞在がきっかけで移住を決めた人もいるのも頷ける。
移住者が抱える不安のひとつが、地域に受け入れられるのかということ。綾部には昭和時代から移住者が多いためか、よそから来た人を受け入れてくれるオープンな雰囲気があるという。実際に上林地区を回ってみると、先住者、移住者を含め若い世代がさまざまな取り組みにチャレンジしているという印象を受けた。
工忠さん自身も自治会と消防団に加入しているとのことだが、地域の人と積極的に交流する姿勢があれば、思った以上に地方移住のハードルは低いのではないだろうか。漠然と地方移住を考えているのなら、まずはその地に滞在して空気を感じ、地元の人や移住者の話を聞くことから始めてみてはいかがだろうか。
文/阿部純子