■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ
ベントレー「フライングスパー」が第3世代に生まれ変わった。間近に見ると、先代モデルよりもさらに堂々とした姿に圧倒される。ホイールベースが130mm伸ばされ、フロントアクスルが前方に移動したことによって、躍動的な印象を醸し出している。前から見ても横から見ても、ひと目で第3世代となったことがわかる。クロームメッキされた縦のルーバーの輝きが強調されているように見えて、フロントグリルが存在感を強く主張している。
機械として優れているか? ★★★★★ 5.0(★5つが満点)
都内の雑踏に走り出すと、635馬力の最高出力と900Nmもの最大トルクを発生する6.0L W型12気筒ツインターボエンジンが微かにハミングしながら「フライングスパー」を滑らかに加速させていく。このエンジンも初代「フライングスパー」や「コンチネンタルGT」などの新世代のベントレーに搭載れて以来、熟成を重ねて生きている。
それに組み合わされるトランスミッションが一新されたのが新機軸だ。先代までのオーソドックスなトルクコンバーター式ATから、ツインクラッチ式のDCTとなった。DCTは“ロボタイズドAT”と呼ばれるように、マニュアル・トランスミッションをメカニカルに変速させ、それを電子制御でコントロールする。レーシングカーから拡がっていったものだから、変速時間の速さやダイレクトな感触を活かしたスポーティなクルマを中心に採用されていたのだが、「フライングスパー」のような静粛性や快適性が高いレベルで要求される超高級車にも用いられるようになった。
ツインクラッチ式の弱点は変速の際にギクシャクしたような感触とそれに伴うノイズの発生だが、新型「フライングスパー」からはそれらを全く感じることがなかった。都内の混雑気味の路上では、2速と3速で変速を繰り返しているのに、弱点が見受けられなかったのはさすがだ。夜間に高速道路を150kmほど走ったが、それを大いにサポートしてくれたのが運転支援機能(ドライバーアシスト)だった。
ステアリングホイール上のスイッチで、メーターパネル内のデジタル表示パネルが大きなドライバーアシストの表示に切り替わる。「フライングスパー」と先行車を模したイラストの左右に道路上の車線を模したラインが現われ、カメラとレーダーで車線を捕捉している証しとして、それがグリーンに点灯する。
ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)とLKAS(レーンキープアシスト)機能を働かさせるために、ステアリングホイール裏の左下にある専用レバーを操作する。ロジック、操作方法ともにわかりやすく、すぐに飲み込めた。「フライングスパー」のドライバーアシストは「渋滞アシスト」機能も付いた最新のものだ。レバーで最高速度と前車との車間距離を設定し、ステアリングホイールの右スポーク上のボタンを押して有効化される。
ただし、何らかの理由によって先行車を捕捉できていなければ、ACCの機能を使うことができないし、車線を捕捉できていなければLKASを働かさせることもできない。走行中に、それらがちゃんと機能しているかどうかを確かめるのには表示を確認するしかないから、表示は大きく見やすく、わかりやすくなければならない。新型「フライングスパー」は申し分ない。
たとえ、スピードメーターとタコメーターの中間部分にドライバーアシスト画面を選ばず、他の表示を利用していたとしても、右側のタコメーター下部にも小さく表示されるから安心だ。タコメーターの代わりにナビゲーションの地図画面を表示させていたとしても、それは変わらないから万全だ。大きく見やすく、わかりやすい。現在の運転支援機能は、「レベル2」と呼ばれる基準内にあるために、クルマに任せ切ってしまうのではなく、ドライバーが運転を執り行なっていなければならないから、これらの表示がとても大切になってくる。
運転支援機能を備えていても、表示が小さくわかりにくいものもまだまだ少なくはない。職業柄、新型車を試乗した際に運転支援機能はすべて試すことにしているが、この新型「フライングスパー」のドライバーインターフェースが最も優れているもののひとつだ。もうひとつの新機軸は、4WS(4輪操舵)。ベントレーに初めて採用された。低速域での操作性と高速域での走行安定性の向上を目論んだものだ。全長5.3mを超える「フライングスパー」のような大きなクルマの取り回しに寄与しつつ、高速道路での巡航で安定したコーナリングをもたらしてくれる。
実際に、新型「フライングスパー」での高速巡航は“安定”以上のものだった。あり余るほどのエンジンパワーは必要がないと判断されれば、12気筒のうち6気筒が停止されて、燃費を向上させる。テストデータでは、先代よりも15%も効率化された。一定のペースで走行すると、エンジンとトランスミッションの連結が切り離されるコースティング機能も働く。
他にも「48Vアンチロールシステム」や「アクティブAWD」などの効能によって、高速巡航は安楽そのものだ。山道ではコーナーが連続するので、ドライブダイナミックモードをこれまでのBモードからスポーツモードに切り替え、さらにナイトビジョンもオンにして、メーターパネル中央に暗闇の中のものを映し出すことにした。スポーツモードに切り替えたことで、ステアリングの手応えが増し、ギアも低めが選択される。サスペンションも引き締まった。オートハイビームではるか前方まで照らし、2.4tもの巨体とは思えないほど軽快に峠を駆け上がっていった。
と、その時。道路の左から勢いよく飛び出してきた野生の鹿が前を横切ろうとした。そのまま横切ってくれればいいようなものの、鹿はフライングスパーに驚いたのか、道路の真ん中で立ち止まってしまった。
フロントガラス越しに見えたのとほぼ同時に、ナイトビジョンのモニター画面越しにも見えた。慌ててステアリングを切って「フライングスパー」の左フェンダーが鹿の頭のギリギリ数cm横を切り抜けられて、難を逃れることができた。ルームミラーで見ると、鹿はキョトンとしながら何もなかったように反対側の林の中に消えていった。スポーツモードとオートハイビームとナイトビジョンに助けられ、鹿と衝突せずに済んだ。
商品として魅力的か? ★★★★★ 5.0(★5つが満点)
新型「フライングスパー」の車内は、紛れもないベントレーの世界が展開されている。一瞥しただけで素材の上質さを窺わさせる革やウッドなどがふんだんに用いられていて、もし自分が注文する時にはどんな素材や色、仕様などを選ぼうかと妄想しただけでワクワクしてしまう。ボディカラーだけで88色、内装色は5色だが、最近では革やウッドだけでなくインドの渓谷で切り出された石材まで極く薄く切り出されて内装材に用いられていて、その組み合わせは5000通り以上にも上るというから驚きだ。
時には、シートに組み込まれたマッサージで身体をほぐしながら、接続した自分のスマートフォンを通じて音楽アプリのSpotifyを起動させ、さっきまで自宅のPCで聞いていたプレイリストの続きを楽しむこともできた。車内は極上のプライベート空間に変わった。オーディオシステムは、オプションの「naim」製だから、音は飛び切り上質だ。イギリスのプロ用音響機器メーカーのnaimは、初代のフライングスパーからオプションのカーオーディオシステムを供給している。
新型「フライングスパー」は、先代モデルをはじめとするベントレー各車の魅力となっていた工芸品的な各部分の超絶的な仕上げや仕様の幅広さ、圧倒的な高性能などが担保されているのは当然のこととして、新型には最新の運転支援機能が盛り込まれ、狙い通りに機能していたことに唸らされた。
試乗車は、2667万4000円の車両価格にオプションを加えて3483万3962円という途方もない総額となる。もはや、クルマであってクルマではないような存在かもしれないけれども、購入して維持し、存分に堪能できる人にとってはその価値は十分にあると思った。
伝統や固有の価値だけにこだわることなく、意匠は可能な限り維持しながら、最新鋭の機能を貪欲に取り込み、見事にインターフェイスを向上させ、現代流の超高級ドライバーズサルーンに仕立て上げられている。生産を終了した「ミュルザンヌ」なき後のベントレーの旗艦を務めるには申し分ないだろう。
■関連情報
https://www.bentleymotors.jp/models/flyingspur/new-flyingspur/
文/金子浩久(モータージャーナリスト)